6話 氷で人間ホイホイ

 とうとう待ちに待ったこの日がやってきた。やっと屋台を出せる準備が整ったのだ。


 屋台を出すことをジョゼフ父さんに許してもらってからというもの、やらなければいけないことはたくさんあった。

 商業組合に商人登録して、かき氷を売るならそれを食べるための皿、スプーン、日よけのテント、そもそも売る場所。

 決めること、買うものがたくさんあったわけだ。

 テントとか台は、ジョゼフ父さんにお願いしたら昔屋台で商売をしていたという知り合いから借りてきてくれた。

 さすが氷室の管理人。アブドラハの人とのつながりが広い。

 

 皿とかスプーンについては、木製のものを買って大量に購入して、食べ終わった後に回収するつもりだ。

 屋台として出す以上様々な問題があったが、それらをジョゼフ父さんに相談しつつ、何とかクリアしていった。


 一番大きかった問題はどの場所に屋台を出すかってことだ。アブドラハの商業区画は、主に「屋台通り」と「店舗通り」に分かれている。

 将来的には店舗を持ちたいとは考えているが、その話は置いといて、かき氷はその場で食べるという性質上、スペースを取らなければならない。

 よく考えてみれば、アブドラハの屋台通りは串焼きや、パンに具材を挟んだサンド等、持ち歩きながら食べられるものばかりだ。

 立ち止まらなければならいない飲み物とかは、人通りが少なく目立たない端のほうに寄せられてしまうらしい。


 持ち帰りできる料理なら人通りの多い通りでも交通の妨げにはならないが、かき氷はすぐに溶けてしまうし、早く食べるのも難しい。

 屋台通りの商業区画を担当している組合員と相談した結果、周りに屋台がなく、通りから外れているが、スペースがそれなりにある場所を選んだ。

 近くに井戸があるため、洗い物が楽なのもすごく良い。

 組合の人からは、「人が立ち寄りにくいですけど大丈夫ですか?」と何度も聞かれたが、俺には一つ策がある。


 そんなこんなであっという間に数日が過ぎ、いよいよ俺は氷売りとして活動を始めることになったのだ。

 まずは、かき氷を売りながら、氷も売っていることを宣伝していく。

 価値がなくなる前に稼げるところで稼いでやる。


 あっ、そういえば、かき氷機を作ってくれた職人さんに会ってみた。

 鉱人ドワーフだったよ、鉱人ドワーフ

 小説とかでよく出てくるけど、本当に鍛冶が得意な種族らしい。

 ガルダさんというらしく、背は俺と同じくらいだったけど髭がすごかった。

 本当に俺が考えたのか? とか、かき氷機を使った感想は? とか聞かれたかな。

 職人気質なところはありそうだけど、普通に優しい人だった。

 ガルダさんに、酒をかけたかき氷をごちそうしたら気に入ったようで、いつでも仕事を受けてやると言ってくれた。


 そして、屋台のあれこれを準備しているうちに、かき氷機も完成した。

 前よりパワーアップしたかき氷機は、安定性もかき氷を削るスピードも向上しており、刃の長さの調整で出来上がる氷の食感も変えられる。

 最高のかき氷機だ。値段は、驚きの金貨3枚。

 金貨1枚あれば、一人のひと月当たりの食事代にはなる。

 金貨3枚なんて簡単に払える金額ではないはずだ。

 父さんありがとう。


 ちなみに、エリーラ母さんには問い詰められて白状してしまったらしく、ジョゼフ父さんは機嫌を取るために頑張っていた。

 ジョゼフ父さんは後ろめたいことがあると、分かりやすく癖に出るんだよなぁ。

 俺にできることは、怒りの矛先がかき氷機に向かないよう隠しつつ、レモレの蜂蜜漬けと蜂蜜煮を量産することくらいだった。


 ……本当にごめんよ。父さんのことは忘れないから。




 *****




「僕、こういう屋台は初めてだから緊張するな」

「緊張するのはいいけど笑顔は忘れずにな。こういう客商売は、第一印象がリピーターの獲得につながるんだ。……多分」

「あはは、なにそれ。でも、かき氷は売れると思うよ。おいしすぎてびっくりしちゃったよ」


 開店準備が終わり、俺たちは雑談しつつ、緊張をほぐしていた。

 約束通り、アミルにかき氷をお披露目した日に、一緒に屋台で販売しないか誘ってみた。

 一緒に売れたら楽しいだろうなと思っての誘いだったので、断られるだろうなと思ったが、意外に乗り気だった。

 父親の病気が治ってからは、店番もやらせてもらえず、暇をしていたようだ。


 ちなみに、アミルが売るのはコーヒーだ。

 アブドラハというか、この世界のコーヒーは薬湯的な扱いらしい。

 かなりマイナーな存在なので、これを紅茶と同じように普段から飲めるものだと認知してもらう機会になるんじゃないかと考えた。

 他の薬草とかは混ぜない、コフの実だけの水出しコーヒーに俺が作った氷を入れて販売してみる。

 そう提案したらアミルの行動は早かった。

 いろいろと自分でコフの実を焙煎して味を追求し、俺も何度も試飲した。

 ようやく満足できる出来に仕上がり、今日にいたるという感じだ。


 こういう行動力のある人物はどこでもやっていけるんだろうなーなんてことを思ったり思わなかったり。俺もアミルを見習おう。


「そろそろ始めますか」


 俺は、屋台の周りに氷を魔法で生成し、冷気を発生させた。


「涼しい。やっぱ魔法ってすごいね」

「便利だよな。これで良しと」


 街の通りに冷気が行くようにして、準備は整った。

 これが俺の秘策。名づけて、氷で人間ホイホイだ。

 

 まだ朝だというのに、気温が高いアブドラハの街中で、涼しい場所があったらどうするだろうか。涼みに来るに違いない。

 そういった人たちに向けてかき氷やコーヒーを売りさばいていく。

 かき氷のお値段は攻めに攻めての銅貨5枚。

 しかし、かき氷なんてものはここでしか買えないし、涼みに来てしまった負い目がある。

 この心理を利用し、購入していただく。

 

 とは言いつつも、銅貨5枚はかなり妥当な値段だ。

 銅貨1枚で大きなパン1個が相場だが、甘味が少ないこの世界において、スイーツは高い。

 中央のケーキは1切れで銀貨2~3枚もすると新聞の記事で読んだ。ケーキ一つで20~30個分のパンが買えるって何事だよ。


 ケーキの話は置いといて、氷についての価値としては現状、夏場に作れるのが氷魔法使いくらいしか見当がつかない。

 また、貴族が買うもので高価だという世間的なイメージもある。

 商業組合の人に聞いても、値段設定が難しいということで、何度も相談した結果、銅貨5枚がいいんじゃないかという感じで決まった。


 この世界の貨幣は銅貨10枚=銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚といった感じだ。

 そのさらに上には、大金貨、白金貨とあるが、平民である俺はまだ見たことがない。

 

 かき氷の良いところは、メインとなる氷が俺の魔法によって無料で作ることができ、原料費も果物と蜂蜜くらいなので、1杯当たりの原価率が10~20%と破格なところだ。

 それに加えて氷も売ることができたら、俺の懐は潤ってウハウハです。

 飲食の商売において売り上げがほぼ利益の料理なんて夢のような代物だ。

 ま、結局はそれを売れたらの話だし、その夢も冷魔庫が現れたら、一瞬で終わる儚いものですが……。


「なんだ? ここだけやけに涼しいな」

「いらっしゃいませ」


 さて、人間ホイホイにかかった一名、さっそくご来店です。

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