転生エルフ師匠さんじゅうろくさい
カラスバ
第1話
転生したらエルフだった。
悲しいかな、この世界の文明レベルはどうやらかつて日本でエルフ転生物語を楽しんでいた俺が満足出来るようなそれではなかったが、しかし文句を言っていても仕方がない。
俺にとって幸いだったのは、エルフと言っても森の民って感じではなくむしろ普通の人間種よりも文明的な生活を送っていたという事だ。
俺にとって嬉しかったのは、エルフは重度な風呂好きだったという事。
いや、どちらかというと綺麗好きだろうか?
どうやら過去に危険な流行病が発生した際、それが多くのゴミを漁る鼠を媒介として広まったという事が研究から分かっているらしく、だからそれ以来病気の発生を抑える為に綺麗である事をエルフの国自体が推奨しているのだそうだ。
ちなみに、エルフと言う存在がいる事からも察する事が出来る様にこの世界には魔法というものが存在する。
ただ、剣と魔法の世界ではない。
むしろ魔法主体な文明である。
近接戦闘ならば普通に剣で叩き斬る方が早いという理由で衛兵達は基本的に帯剣しているが、それでも基本的には魔法を攻撃手段としている。
更に言うのならば魔法は生活基盤にもなっていて、例えば風呂も魔法によって温度を調整されているし、料理なども魔法を用いて行われている。
ちなみにエルフは炎魔法に長けている種族であり(例によって森の民と言うイメージが強かったのでそうなんだ、意外だと思ったが)、だからこそお風呂文化が根付く事が出来たのかもしれなかった。
さて、そんな訳でこの世界にエルフとして産まれた俺だったが、悲しい事に性別は女だった。
ちなみに男女それぞれ得意な魔法の種類が異なっており、男性のエルフはエンチャント系を得意としているのに対し女性のエルフは出力系を得意としている。
この、出力系というのは言葉の通り何かを生み出す魔法である。
例えば炎魔法だった場合、エンチャント系だとものに炎を纏わせるが出力系はそのまま炎そのものを発生させる。
火力という面ではエンチャント系の方が強いが、その代わりエンチャントは何か媒介がないと使う事が出来ない。
そこら辺はやはり長所短所といった感じだろう。
……ちなみに元々俺は男だったからエンチャント系が得意になるのかと思われたが、普通に出力系の方が得意でした。
なんか、残念。
そんな訳で俺はエルフの女として産まれ、名前はテレジアと付けられた。
テレジアちゃんはとても見目麗しいカワイイ女の子エルフであり、得意な魔法は電磁力だった。
電磁力。
いわゆるフレミングとか右ねじとかのあれである。
応用力の高い力だとは思うが、如何せん本人の脳みそが低スペック――というか前提知識がほとんどゼロなためほとんど宝の持ち腐れも良いところだった。
こんな事ならもっと前世で勉強しておけば良かったと思ったが、こればかりは完全に覆水盆に返らず。
いやまあ、正確に言うのならば盆に水を注いでいなかったって感じではあるが。
その上、困った事に磁場を何かにエンチャントする事はなかなかに難しいため鉄棒に磁場をエンチャントして磁石を作成、みたいな事が出来ない。
鉄に電流を流す、なんて事は出来るが。
今のところ、俺がこの世界で作ったものの中で一番立派なものと言えば、鉄の弾丸を磁場の力ではじき出す、いわゆるレールガンだ。
ただ、例によってエンチャント系ではないのでレールガンはあくまで現象の一つ、あるいは魔法の一つとしてしか使えない。
攻撃手段としてはなかなかに強力だが、鉄の塊という弾丸となるものが必要であるがためにコストが高いのが難点だった。
と、まあ。
それはさておくとして。
俺がこの世界に産まれてきてから為した事というと、魔法と言うより紙幣を流通させたという点の方が大きいと思う。
紙幣、というか信用券という名前ではあるが、兎に角それは紙幣と呼べるものだとは思う。
とはいえこれも親の力を利用したものであり、俺はあくまでそのシステムを説明しただけ。
……信用券という名前が付けられたそれは、元々農民相手に配られたものだった。
それは農民が作った農作物の支払いの時、硬貨の代わりに支払われた。
そしてそれらは期日になって両親の商人ギルドに持って行くと、その金額が支払われる。
ぶっちゃけこの信用券はこちら側にとっては「借金手形」と言い換えても良いものだ。
……まだ紙を使う借金の証明はこの世界では前例がなく、だからそれこそ信用券を利用した契約には「信用」が必要だったが、そこはエンチャントで紙自体に価値を与える事によりクリアした。
紙は時間が経つと魔力を込める事によりエンチャント「錬金術」が発動し、金になる。
このエンチャントの発動するための第一条件は時間経過だったので、ある意味都合が良かった。
そして俺の目論見通り、信用券と物の交換が行われているのを確認され、その時点でこの信用券は文字通り「信用」となり、農民達の間で利用される一つの資金となった。
農民達は既に「存在しない」ものに価値を見出し、それを用いて取引を行っている。
それどころか商人ギルドに来て、わざわざ硬貨を信用券に変える者もいる。
この時点で既に貨幣と信用券の価値が逆転している訳だが、それはさておき。
ちなみにこの段階で他のギルドとかもこの信用券に目を付ける様になるが、しかし信用券は文字通り「信用」券なので両親の商人ギルドからしか発行されない。
その上、そもそも父親が施したエンチャントにより偽装はほぼ不可能であるがため、だから信用券を利用したいモノはルールに則り物を「売って」信用券を得るか、あるいは両親の商人ギルドで「換金」しなくてはならない。
さて、これで俺達になんの得があったのか。
それはやはりモノを「存在しないもの」で買い取れるという事にある。
もちろん、父のエンチャントがあれば無限に金は増やせるが、これにはもちろんいろいろな制約がある。
エンチャントの付与自体は簡単だが、それを実際に発動するのには時間と魔力が必要になるのだ。
とはいえ、手順を踏めばそれらは金になるのは事実であり、だからこそ最低限の「信用」が得られた。
そして、「ないお金」でモノを買って何をしたのかというと、もちろん売買である。
安く買って高く売る。
商売の基本だ。
それで負債を消してまた信用券を刷り、その繰り返し。
商人はモノを転がして富を増やしてなんぼなのだ。
もちろん、使い道がないのに信用券を刷りまくって持て余さないよう注意はしながら。
「借金手形」はもはや貨幣に成り代わり、そしてそれは国の女王の耳にも届いた。
というか無視出来なくなるレベルで流通してしまったと言うべきだが。
その頃になると国中で信用券を利用されるようになっていて、王都の店ですら利用出来るところも増えていた。
ちなみに俺にとってこの事態は想定外である。
……元々は一部の農作物の流通ルートを確保しよう、したいというレベルで始めた事だったので、まさかここまで大事になるとは思ってもみなかった。
両親的には割と予想できていた事だったらしい。
マジかよ。
まあ、なんか自分の期待する場所に「投資」とかしてたけど……
「このシステムを構想したのは貴様か」
エルフの女王、アンブロシアに尋ねられた俺はがくがくと頷くしかなかった。
「善き哉。この者に褒美を――その褒美の価値の基準をたった数年で築き上げた者なのだ、湯水のようにくれてやるが良い」
「あ、ありがたき幸せ」
そんな訳で、俺は邸宅を貰いました。
この時点で14歳の時である。
……エルフ的には小童も良いところであるが、とはいえ人間的には十分一人で考え歩き出せる程度の年齢ではある。
なので俺は……しばらくこのエルフの国を離れて旅をしようと思った。
ぶっちゃけた話をするのならば、この国にいると「今度はどんな驚きの発想が飛び出すのか」と期待の眼を向けられるのでかなりつらいのだ。
だから両親に死ぬほど頭を下げ、そして外の国に旅立つ事を許可して貰った。
「我が血肉、すべてを賭して貴方を守ります」
そしたら王城から騎士が派遣された。
マジかよ一人旅のつもりだったのに。
……少々不満ではあったが、とはいえ俺はようやっと悠々自適な旅を始める事が出来たのであった。
外の世界、異世界、ファンタジー世界。
エルフの国の外は、一体どのようになっているのだろうか――?
■
それから、大体20年くらいが経過した。
「テレジア陛下、ばんざーい!」
「「「万歳! 万歳! 万歳!」」」
……なんか、とある小国で王様になっちゃったんだけど、これマジでどうすんだ?
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