実は『ぼんやり』な戦姫聖女は、敵国でも願望成就にワガママ ~「何もするな」と脅されたけど、もちろん全部諦めない~
野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中
第一章:戦姫聖女、同盟の礎に選ばれる
第1話 戦姫聖女はボーッとしがち
砂埃と爆炎と、飛び散る鮮血。
そんな景色が日常の戦場で、ひときわ目につく騎士の姿がある。
レイピアの細い剣先で鋭く戦場の突破口を切り開く、軽装の甲冑を着た女騎士。
名を、セルフィン・アルコット。
アルコット公爵家の令嬢にして、ユスティ王国にいる二人の聖女のうちの一人でもあるその人は、苛烈な魔法で、鮮烈な切っ先で、敵味方に関わらず、戦場の人を魅了する。
皆、彼女が女であることも、令嬢であることも、聖女であることさえも忘れる。
一人の魔法騎士として、彼女は完成されていた。
彼女を見た者は皆そう言って、心のどこかで「また見たい」と、思わずにはいられないのだという。
「そんな騎士様が、まさか戦場を離れると、こうもボーッとした残念な奴になるだなんて、一体誰が思うんですかねぇ?」
「え?」
向かいに座る男性・ゼントにそう言われ、私は思わずキョトンとした。
隣国との戦闘区域の最前線には、仮設置されたテントがいくつかある。
そのうちの一つ、休憩テント。
そこには雑談している者もいれば、静かに読書している者もいる。
私たちも、そういう人たちの一人だ。
最前線から戻ってきた私たちは、二人で食事を摂っていた。
質素だけど、食べるには十分の量の食事。
それに口を付けている時だった、突然そんな事を言われたのは。
一体何の話だろうか。
そう思い小首をかしげると、可笑しさ半分仕方がなさ半分の苦笑じみた声で「お前の話だよ」とゼントに返される。
「人が話をしているのに、すぐにボーッとして聞き逃す。考え事をし始めるとすぐに飯の手が止まるし、挙句の果てにはロッカーとごみ箱を間違えて、危うく備品を捨てそうになる。戦場を魅了する『戦姫』ともあろう人間が、何で戦場を離れただけに、こんなにポンコツに?」
「うぅ……」
チクチクと指摘される数々に、残念ながら言い返せない。
どれもこれもが、つい先ほど起きた事ばかりだからだ。
……もちろん起こしたのは、私なんだけど。
「大体俺、散々『セフィには、考え事をしながら何かするのは向いてない』って言ってますよね? それこそ耳にタコができるくらい。……はぁ、そろそろ言ってる俺の方が、口にタコできそうなんですが」
「それなら私が治癒魔法で!」
「治せるんだろうけど、治す前にどうにかしなよっていう話をしてんの! あとこれただの例え話だから!」
口にタコなんて、本当にできる筈がないだろ?!
腰に両手を当てた彼に胸を張りながらそう言われ、私は少し背中を丸めてシュンと小さくなる。
「はぁ。セフィの事だ、どうせまた負傷兵の事でも考えてたんだろ」
「……ちょっとこの後、救護テントに顔を出そうかなって考えてて」
観念して素直に答えれば、彼は呆れを隠さない声色で「ほんの三十分前に最前線から撤退してきたばかりでしょう?」と言ってくる。
「散々付与魔法を使ってきたのに、今度は治癒魔法を使うつもりですか。休憩時間に」
「だって、魔力たくさん余ってるし。魔力保有量が他より多いのが、
別に無理をしているつもりはない。
休憩中に休憩していない訳でもない。
魔力保有量が多いという事は、魔法を使っても疲れにくいという事だ。
多分今の状態なら、普通の治癒魔法くらい、一ミリの体力も消耗しない。
私と入れ替わりで戦場に立ってくれている騎士とまた交代する時にも、ちゃんと万全でいられる。
それに。
「もちろん自分の体調管理も騎士の義務のうちだけど、だからこそ、こうしてちゃんと先に食事を済ませたんだし」
本当は救護テントに直行したかった。
その気持ちを押し込めて、騎士の義務を果たしたのだ。
ならあとは、自由時間である。
好きに過ごしていい筈だ。
「読書をしたり、同胞と話したり。それが私にとっては、治癒魔法を使うっていうだけだと思えば」
「貴方くらいにしかできない芸当ですけどね」
「今も苦しんでいる騎士や負傷してくる騎士がいるって分かっているのに、何もしないなんて。精神衛生上、悪いもの」
自分にできる事があるのに何もしないのは、私のやりたい事じゃない。
私は、自分が無力なせいで大切なものを失うのが嫌だし、誰かが大切なものを失って悲しむところを見たくない。
そうならないために力をつけて、今敵国との戦争の最前線にいるのだ。
体力に十分余裕のある今、本当はたったの一分だって、休んでいる時間はないとすら思う。
「騎士としての休憩時間に聖女の職業病が出るとか、最早末期というか――」
「いたな、セルフィン・アルコット」
耳心地のいい低めの声が、後ろから私にかけられた。
振り返ると案の定、スラッと背が高い切れ長の目の持ち主、表情の変化に若干乏しい美丈夫がそこに立っていた。
ミュリー隊長。
この人は、この場の誰よりも強くて勇敢で仲間思いな、私たちの目指すべき目標。
現場では小隊長という地位を拝命している私や、小隊長補佐の地位にあるゼントにとっては、直属の上司という立場でもある。
「隊長」
「ここに来るなんて、珍しいですね。一体何があったんです?」
何かあったんですか? と聞かないあたりが、ゼントの有能さの証明だ。
単刀直入なやり取りを好む隊長も、小さく頷き口を開く。
「アルコット。お前宛に王城から書状が届いている」
「王城から?」
「これまで幾ら救援の人員や物資を求める手紙を出しても反応なかったのに、今更何の用事ですか」
突き放したような物言いをするゼントの気持ちも、分からなくはない。
国のために前線で耐えている私たち騎士からの進言に、王城はほとんど応じない。
彼らは、王都での貴族たちとの攻防――社交に忙しいのだ。
時間も手間も予算だって、大半は王城で消費する。
ここの騎士たちの中に「彼らを守ってやっている」だなんていう傲慢な物言いをする人はいないけど、自分たちが半ば蔑ろにされている事への不満をまったく感じていない人もいないだろう。
しかし、それにしても。
「私個人宛なのですか?」
「あぁ」
「珍しい事もあるものですね」
少なくとも、最前線に来た二年前から今日まで、王城から私個人宛に書状が来たことなど一度もなかった。
社交場にまったく顔を出すようなこともなければ、たかが王太子の元婚約者候補のうちの一人である公爵令嬢になど、きっと興味もないのだろう。
だから今まで、王城から私個人に書状が届かなかった事に関して、不満を抱いた事なんて一度もなかったのだが。
「むしろ、何だか嫌な予感しかしませんが」
「詳しい話はここではできない。ゼント共々、ついてこい」
隊長は端的にそう言うと、すぐさま踵を返して歩き出した。
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