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「ーーいかがだったでしょうか?
ぜひ、感想を教えてくださいね。Tbitter《ツヴィッター》のフォローなどもぜひぜひよろしくお願いします。それでは、次は、アユカちゃんです」
ステージで歌った人が次の出演者を紹介するというスタンスで進んで行き、それから数人がステージで歌ったあと、あゆかの出番になった。
ステージを照らす照明の明るさが落とされ、薄暗くなる。そうしてステージから人がいなくなったと思ったら、スタッフらしき人が出てきて、端に寄せてあった電子ピアノを中心にセッティングして立ち去る。
「次、あゆかちゃんね」
ぼんやりと眺めていた耳元で、ユリが囁きかけてきた。
結局、俺たちはステージ近くにの座席を探すのも、前にいく勇気もなく、ただ立っていたところ、そのことを気にかけたバーテンダーから、ステージが見えるカウンターの席を案内されて、今に至る。
歌っていないとはいえ、ただ誰かの身動きするわずかな物音しか聞こえない、静かな雰囲気の中で声を出すことがはばかられる中、どうしてもこのようなひそひそ話しのような密接した感じになってしまうのは仕方がない。決して、望んでこのような体制で話しているわけではない。
誰に言うわけでもない、言い訳を頭の中で並べながら「そうだな」とユリの耳元に返した。
照明に明るさが戻ると、ざわつきが消えた。
あゆかがステージ上に現れた。
「わぁ……素敵っ」
ユリの興奮が抑えきれない声が聞こえた。
その言葉には声に出さずとも同意するところがあった。目線の先にいるあゆかは、普段、目にしているようなトラのような鋭さが消え、ふわふわとした白いワンピースを着ていた。そのワンピースは小さな光の瞬きが散らばり反射していた。
そして、頭には大きなレースをかぶり、客席に向かって軽く会釈したあゆかは柔らかく幻想的だった。
「……こんばんは。シンガーソングライターのあゆかです。今日は新曲を初披露するので、少し緊張しています。よろしくお願いします」
言葉の通り緊張しているのか、少しぴりりとした口数の少ない挨拶をすると、電子ピアノ前に設置された棒にマイクをつけると椅子に腰をおろした。マイクを口元に近づけると、カタカタと硬い音を立てながら、マイク位置を微調整をした。そうして定まったのか、客席に目線を向き直すと静かに口を開いた。
「では、聞いてください『星明かりの消えた街』……」
わずかに息を吸う音がマイクを通して聞こえた。
次に、繊細なピアノの旋律。そこに優しく乗る歌声。奏でる寂しげなメロディーと絡み合い、ステージから客席へと広がり、一番離れているはずの俺へと届く。
知り合いだからと言って甘くみているつもりはないが「いい曲だな」と自然に思っていた。
そのあとは、緊張から解放されたのか、普段に近い、落ち着きながらも軽快なトークを間に挟みながら、2曲ほど歌を歌った。どれも、普段のあゆかからは想像つかないほど温かく優しい音色だった。
「ーーありがとうございました。新曲の感想とか、今日、はじめて知ったって方も、名前だけでも覚えて言ってください。次はこのライブを主催されたスピカさんです」
ステージにマイクを残して、あゆかはステージから去った。
主催、と言われていたスピカさんのステージが最後だったようで、そのステージが終わると、それぞれ立ち上がって出入口へと向かっていく人の波が出来上がる。出入口付近には出演したアーティストたちが並んでいるようで、時々「ありがとう」「応援している」などの会話が聞こえてきた。
そのことで少し詰まり気味の出入り口をみて、何も知らない俺が場所と時間をとって話すのは違うかも、と思った。あとでRAINで感想メッセージでも送ろうかな、と考えていると不意に、袖を引っ張られた。
「ん?」
振り向くとあゆかがいた。ステージ側から出てきたであろう衣装を着たままのあゆかは下を指差して「ここで待ってて」と言うと、俺たちを追い抜き出入口の方へ吸い込まれて行った。
ひとまず、帰りの流れから外れて、あゆかを待つことにした。
「いやぁ。あゆかちゃん、すごいわねぇ」
「それ。俺、宇汐から聞いていたけど、本当に全然雰囲気が違ってた」
以前、宇汐が言っていたことが真実だったと言うことと、その予想を超える歌声にただただ感心のため息が出る。
「え? あぁー、そっか。良ちゃん知らないんだもんね。言うべきか、言わざるべきか……ってところだわ」
しかし、そんな俺の反応がユリは予想外だったようで、口早に言葉を紡ぐと、難しそうな顔をした。
「何がだ?」
「んーと。せっかくの機会だから説明するんだけど、これから私が説明することは基本的な話だけど、例外もあるし、なにか、その優劣つけるようなことじゃないからね」
何かの防波堤のように言葉を重ねたユリは、ライブの順番について説明してくれた。
「でね。こういうライブって基本、最初の方が初心者だったり、駆け出しの子がやるのよ。まぁ、ざっくり言っちゃうと、後半の方が上手い人ってことになるの」
「え、じゃあ。順番が上手下手ってことか?」
そう言うと、ユリは渋い表情を浮かべた。
「……どストレートねぇ。でも、ざっくり言っちゃうとそうなの。でも、実力関係なく、そのライブ会場にはじめて出演する場合とかも最初になったりって、例外もあるし、ステージの構成や主催者の考え方によって変わるけど、トリ、つまり最後の人は実力があることが多いわね」
「へー。なるほど……って、ん? ってことは!?」
驚く俺の反応が予想通りだったのか楽しそうに笑みを浮かべた。
「気づいてくれた?」
「最後から二番目、と言うか、主催の前ってことある意味、最後。
……あゆかは、それなりに実力が認めれている?」
「そう! なんかさ、ついつい知り合いだから欲目で見ちゃう時もあるけど、自分以外にも、評価している人がいるって、すごく嬉しくなるわよねぇ」
ふふと息を漏らしながら言葉が弾んでいる。
「えーっと、それはつまり、自分の判断が正しいってことで、か?」
そんなに嬉しいことなのだろうか、俺には理解が出来ず聞いてみると、ユリはあっけらかんと否定した。
「まっさか。違うわよー。んーっと」
「?」
すこし頭を傾けてから口を開いた。
「えっとー。例えば、良ちゃんが興味があることが少なくて、結構ドライに見られがちなんだけどさ、私からしたら、こーんな面倒なお姉さんの考えにもなんやかんや付き合ってくれる、真面目で優しい子なのに、”ドライで冷たいー”なんて聞くと悲しくなる、”良ちゃんはそんな子じゃないぞー”って、でも反対に、”優しい、素敵な子だよね”って言われると嬉しくなる。好きな人の魅力を誤解されずに理解してもらえたら嬉しいってことよ」
想いを語ってすっきりしたのか、腰に手を当て頷くユリ。
いつもだったら、一人で完結してるんだよとか、そんなツッコミを入れているかもしれない。
けれども、俺の体は異常をきたしていた。
ユリの語った言葉が頭の中で反響して、じわじわと頬に熱が集まる。
俺に”どストレート”と言いつつも、ユリだって”どストレート”じゃないか。
その言葉はなぜか、口出すこともできず、火照った顔を冷ますように手をそよ風を精製すべく動かした。
「ん? どうしたの良ちゃん。暑いの?」
「……そうだな、暑い」
「人口密度高かったもんねぇ」
そう笑ったユリには
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