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「あ、やっぱり、小鳥遊じゃん」

「ホントだー」


 見上げた先には、あゆかと宇汐がいた。

 普段、学校でみるギラギラとした雰囲気とは違う、シンプルな装いで少し柔らかい印象になったあゆかと、これまた、いつもより動きやすそうな服装、スポーツカジュアルな宇汐。


「あれ? どうしたんだ、二人とも?」


 予想外の出会いに驚きつつ、二人が一緒にいる疑問を返事の代わりに返した。

「え? 近くの映画館でミュージカル映画観てきたのよ」

 あゆかは後ろに指を向け、場所を示した。


「そうそう。ここの映画館は音響がいいシアターがあるんだー」


 そう言われて、二人には”音”という共通点があることを思い出した。


「あぁ。なるほど」

「ついでに、次のライブの衣装探しにブラついてたら、妙に目立つ場所に男子がいるー!ってね。で、それがなんとなーく、見たことある気がするなぁーって……」


 肩にかかった紙袋が音を立てた。再現ドラマのように身振りを加えながら、最後、俺を発見したところでニヤリと笑うあゆか。


「俺は、全然、気づかなかったんだけどねー。

 あゆかが”あれは小鳥遊よー”って、ついてきたら、ホントに良でびっくりした」


 そして、善とも悪とも感じない宇汐の笑顔に、どっちの味方か判断がつかない。

 あぁ、宇汐だけだったら、どうにかできただろう。

 しかし、現状、あゆかの狙いの定まった強い視線からは逃れられない。


「へー……ソウナンダ」


 俺の口からは乾いた言葉しか出ない。

 実際、口の中が乾いて舌がうまく動いていないと思う。

 ここにいる理由。後ろめたいことなんてない。

 むしろ、正当な理由ではあるけれど、じゃあ、ユリを紹介するのか?

 それもそれで、誤解を招く予感しかしない。

 どうにかユリが出てくる前に、なんとかして、二人との会話を終わらせるしかない。


「小鳥遊が下着屋さんかぁ。まぁ、プレゼントするような仲の良い女友達っていうか、彼女なんていないはずだから・・・噂の同居してる”規格外のお姉さん”かなー?」


 推理をする探偵のような素振りで一気に距離と共に、確信を詰めてきたあゆか。

 背中にジワリと嫌な汗が流れる。


「あぁ。ま、そのなんだ。俺の姉ちゃんは、その、人見知りするから、ちょっと移動しようぜ」


 引くつきかける頬を無理やり動かして、それとなく、移動を促してみる。

 その言葉にパチリと瞬いたのは、宇汐だった。


「あれ? 良の話を聞く感じでは、そんな風なキャラには思えなかったけど」


 大きくも小さくもない、素朴で純粋な声色がこぼされ、広がる。

 宇汐。お前は、あゆか側なのか。


「そうよねぇ。何、照れてんの? それとも、見せたくないとかの独占欲的なやつとかー?」


 あゆかの笑みはどんどん深くなる。


「いや、いやいや。そういうんじゃなくてっ」


 俺のイメージダウンは必須ではあるが、せめて、最小限に納める方法はないものかと脳内をフル回転させる。

 だが、そんな俺の悪あがきは虚しくも、あの甘い音色によって、終わりが告げられた。



「良ちゃん?」



 少し舌足らずさを感じるとろみの混じった甘い声を奏でたユリは、ショッピング袋を片手に頭を傾げている。

 俺は瞬時に”本日のユリ”を分析した。

 待ち時間に「今日のファッションは綺麗めのワンピースです」と言っていたけれど、小花柄が全体に散るそれは、俺からすれば、大人の女性とは言い難いもの。正直なことを言ってしまえ、可愛いワンピースだし、下手したら高校生ぐらいに見えてしまうのは、その童顔ゆえだろう。

 そして、最後のトドメと言わんばかりの甘い声は決定的だ。

 うん。ギリギリセーフは余裕で乗り越えてのアウト案件である。


「えっ!」

「ん?」


 血の気が引いてクラクラとする俺と同時に、ネガティブ要素を確実に含んだ友人達の戸惑う声が聞こえてくるのも当然なことだろう。


「えっーと、良ちゃんのお友達かなぁ?」


 二人のリアクションに戸惑いを見せながらも、大人の社交性をみせるユリ。

 正解なんだけど、違う。

 そもそも、いろんな意味で条件が悪いんだ。俺にとって!


「あ、え、はい。良くんのお友達です」

「そうですー」


 宇汐の動じなさはさすがであるが、あゆかは思いっきり、挙動不審だし、人当たりの良さそうな笑顔を振りまきつつ、チラチラと俺にはさげすむ鋭利な視線がザクザクとぶっ刺してくる。


 ちょっと、待て!

 俺は変態なんかじゃないからな!!

 ほんと、違う。誤解だっ!!

 誰にも届かないと分かっていても、心で叫ばずにはいられなかった。


「ぅち、じゃなくて……私、あゆかって言います」

「僕は、宇汐です」

「あゆかちゃんに、宇汐くん。よろしくね。私はユリって言いますっ」


 まるで食事会のように向かいあった3人は、初対面らしく軽く挨拶した。

 俺はというと、その光景を温かく見守るという穏やかな状態でいられる、はずもなく、肩にかかる重みと同時に軋む骨。


「あーすみませーん。ちょっっと、良くんとお話しがあるので、少ぉぉし、待っててくださいねぇー」


 貼り付けたような笑顔をしたあゆかに不釣合いの骨の悲鳴が体内で響く。

 あゆかの目は標的を見つけた狩人の目をしている。


 ・・・絶対、誤解してるだろっ!?


「へっ!? は、話っ!? はっ! あ、ま、まさか。アオハ……いえ、なるほど。わかったわっ!」


 またもや首を傾げていたユリは、くるくると表情を変え、途中で、目を大きく開いた。そして、俺と目線が合うと大きく頷いて、右手でガッツポーズをしてきた。


 ・・・絶対、勘違いしている。


 誤解と勘違いのコラボは最悪すぎる組み合わせだ。

 この俺を救う救世主はいませんかー!?

 顔は固まっているが、心で泣きながら叫ぶ俺と目が合った宇汐はふっと柔らかく口元をゆるめる。

 俺は一筋の希望の光が見えた。

 宇汐! 俺にはお前しかいない!


「うん、わかったよ。ユリちゃんのことは俺に任せてー」


 片手を上げてひらひらと手を降る宇汐。

 俺の状況を絶対、なんとなく察しているはずだが、ユリの隣で宇汐は俺たちを送り出した。


 ーーそして、こうなる。

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