17


「ありがとうございましたー」


 店員さんの見送りとともに、カフェを出る。

 昼も過ぎ、陽射しは穏やかになり、外を歩くにも丁度いいぐらいの空気だ。

 カフェ代は一応、割り勘ではあるけれど「こう見えても社会人だからね」とのことで、ユリが少し多めだ。レジの前で、二人でお財布を出して会計していたけど、店員さんの無言の「アレ?」と言うなんともいたたまれない空気はいなめなかったが。


「さて、このあと、どーすんだ?」


 俺の問いかけが終わるか終わらない内に、ユリからは口元を軽く押さえて、ムフフと口籠るような音を漏らした。 


「ど、どうしたんだ? 何か面白いことでもあったか?」


 一瞬、挙動不審っぽい行動だが、全身から溢れ出す上機嫌な音楽。なにかしら、面白い出来事があったと、予測するのが打倒だろう。だが、思い返したところで、会計から店の外に出るまで、数分。変わったことも、おかしなことがあったような心当たりがまったくない。分からなすぎて、眉間にシワが集まりかけた時、ユリはやっと口を開いた。


「もぅ! なんか、アオハルしてたなぁーって!」


 ・・・急にどうしたんだ、ユリ。

 まったく予想もつかなかった言葉ワード狼狽うろたえつつ、なんとか言葉を繰り返す


「アオハルって……」

「あら、良ちゃんってば、イマドキっ子なのに、知らないの? アオハルっていうのはーー」

「いやいや、知ってるわ。青春のことだろ?」


 お笑い芸人のように手のひらを横に振る、いわゆるツッコミ体勢をしてしまった。

 自分的には「あっ、やっちまった!」と後悔と、気づかれたくない気持ちが湧き上がる。しかし、なにも指摘されずスルーされるのも恥ずかしい。一瞬、自己嫌悪に走る自分の行動に、急激に顔が熱くなった。

 と言うか、聞きたいのはそういうことじゃない。

 あれこれ考える自分に気合を入れて、冷静さを取り戻していく。

 ユリは、被せるように言葉を重ねた俺に対して、機嫌が悪くなることなくその表情は緩い。口角は上がったままだ。よくわからないけど、その様子から察するに、ユリが興奮するようなスイッチがONになったのは確かだった。


「はぁー。キュンキュンしてもだにしそうだったわ。良ちゃん、気付いていなかったなんて……もったいないわねぇ。もー……反対側にいた、学生さんのカップルっぽい、友達以上恋人未満みたいな。一見、爽やそうに見えて、あっまーい空気感に、あの表情。くっー! まさに、ア・オ・ハ・ル。これだけで脳内ムービーが作れちゃうわ」


 映画の感想同様に、息継ぎを感じさせない語りに圧倒されながらもなんとか解読する。


「は? えーと、要するに? 俺たちがいたカフェの近くにいた”学生カップル”と思わしき学生が”アオハル”してて興奮したってことか?」

端的たんてきにいうと、そうねぇ。……なんだか良ちゃんがいうとアオハルのキラキラが激減だわ。もードキドキぐらいしないと! 良ちゃんもまだまだ若いんだから、アオハルしなさいよー?」


 そういうユリの発言は、抽象的でムダが多いし、ユリも社会人とはいえ、ぶっちゃけ若い部類に入るので、色々、問題がある発言ではないだろうか。


 そんな不満げな顔が出ていたのか、ユリは、あからさまにため息をついた。


「言っとくけど、アオハルイコール恋愛。だなんてことじゃないからね。

 今回は、そういう要素っぽい空気だなって思っただけのこと」


 いつものように腰に手を当てると、再び口を開く。


「アオハルって、恋愛がピックアップされがちだけど、友情もそうだし、冒険というかチャレンジすることもそうだし、若い頃にしかできないムチャが、そうだと私は思ってるんだよねぇ」


 なるほど。正直、”アオハルしてるか?”と聞かれた時は、恋愛面を聞かれたと思ってムッとしてしまったところがあったけど、言葉を重ねられると、そういえば、そういうのもアオハルか。


「アオハルって意外と範囲広いな」


 感心して思わず口から言葉がこぼれた。


「まぁ、私が聞いたのは、恋愛面だけどね」

「おいっ」


 突っ込みにしては、鋭い声が出てしまうのも仕方がない。

 それにも関わらず、ユリの表情は変わらず口角は下がらない。しまいにはクスクスと笑い声を立てている。


「ごめんごめんって。女子という生き物は、恋バナが好きなのよ。許せ、少年」


 どの立ち位置から言っているのかよくわからないけど、それがユリという人物であって、色々考えていくのが面倒になってきたと思ったら、一瞬にして、肩の力が抜けた。


「はぁ」


 そのやりきれないため息に、ポンとなぐさめるように肩に手を置いたのはユリ。

 犯人はお前だ。


「良ちゃん、彼女ができたら、これぐらいの恋バナ妄想ぐらい付き合ってあげなさいよぉ。理由はさっき言った通り、女子は恋バナが好きだから」


 ・・・女子の定義とは?


 さっきは、若くないみたいな発言もしてたし、かと思えば、女子と言ったり、言葉言葉で変幻自在なことだ。

 ユリとの会話に真剣に考えすぎても、答えが分からなかったり、理解できなかったりすることを徐々に学んできてきた俺は言葉を流すことにした。


「わかった」 

「あぁー。また、どうでもいいと思ってるでしょぅ!? 結構、マジメなのにぃー」


 ずいっと距離を詰めてきて、俺の胸に痛くもないパンチをドコドコと繰り返す。俺の体を太鼓か何かかと思っているのだろうか。


「……聞いてる、聞いてる。ほら、買い物するんだろう? 行きたい店、巡れなくなるぞ」


 ユリの握った手を軽く受け止めつつ、本来の目的を伝える。


「べ、別に。買い物のこと、忘れてたわけじゃないし」


 悔しそうに声を上げながらも言葉尻は消えかかるような小さい声だった。

 あんまりにも分かりやすいね方だったので、胸の近くにある頭を撫でててやる。


「っ、こ、こども扱い……私はお姉さんなんだから……」


 少し冷静になったらしく、頬を染めながら恥ずかしそうに言うもんだから、くしくも笑ってしまったことを許してほしい。


「ほれ、じゃあ、どこ行く?」


 そう語りかければ、火照った顔を隠すように「こっちよっ」と勢いよく向きを変えた。そのまま振り返らず、前へ前へと突き進むユリにまた一つ、笑いが溢れてしまった。

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