本編
1 回想
吐く息が時折、白くなる。
ガラス越しに木々を揺らす風景をみて、体がぶるりと震えた。
まだまだ肌寒い。暖房の効く場所に避難すべく、縁側に転がる色とりどりの酒缶を避けながら、足早に移動していると、ふと、白い影を視界の端で揺れた。思わず足をとめて視線で追えば、月明かりに照らされた梅だった。
「
隣町に住む
さっきまで伯母さんがいたと思われる場所には、片手では足りないほどの酒缶がフタを空けて転がっている。
「……ヒナ鳥って、俺、もう少しで大学生なんだけど」
酒は呑んでも、呑まれるな。
どこかで聞いたフレーズが頭の中で浮かび上がった。
目の前の伯母さんは呼吸からアルコールが漂うほど、ご機嫌だ。
父を含めた大人の輪でお酒を楽しんでいた伯母は、ふらりと立ったかと思ったら、隣の椅子に腰を下ろしていた。
「細かいことは気にしない、気にしなーい」
「はぁ……」
ほろ酔い以上になった大人ほど面倒な生き物はいないので、これからどうしようかと考えながら、なんとか言葉を返す。
今日は、俺の大学の合格祝いだ。田舎ではごくごく一般的な平屋の我が家。ちょっとばかし時代を感じる木材は、気温の変化で時々、鳴ることがあり、原因がわかっていても心臓に悪いのでやめていただきたい。
とにかく、この辺りではごくごく一般的な我が家で開催される合格祝いは、大人たちの格好の酒飲みの場となる。建前なりにも、テーブルの上に並べられた料理は、好物の唐揚げからはじまり、普段は食べれない出前のピザに、お寿司と、
今回の主役であり、育ち
ーーはずだったけれど、
「あ、そう言えば、大学はどうするの。通うの? それとも、本当に飛んでっちゃうのかしらー」
「……えっと、人間は飛ばないって言うか」
戸惑う俺なんておかまいなしに、肩を大きく揺らして笑う伯母は話をぐいぐい進める。
「あ、もし、そうなったらサチ、寂しがるわね。はぁー。もうね、大学生なんて、私たちにとったら、まだまだ子供なのよ! 大人だなんて思っているのは本人と図体だけよ。でも、伝わらないこの想い! 親の想い! どんな時代でも、親離れより子離れの方が意外と大変だったりするのよー!」
「お、おぉ……」
サチとは母の名前だ。年の離れた姉妹である母と伯母さんは仲が良く、母のことだけでなく、家の事情もなんでも筒抜け状態だ。
ちなみに俺は、伯母さんのテンションについていけていない。口には出しはしないけれど、やっぱり、お酒は呑んでも呑まれるな、以下略。
「ねーねーどうするのー?」
だがしかし目の前でだらりと肩を崩した伯母さんは、まさしく呑まれている。
それでも俺はこぼれそうになったため息を飲み込んで口を開く。
「……多分、通うと思う。しんどいけど」
お酒を飲んでいる途中の会話なんて覚えていないかもしれないが、テキトーに嘘をつけば「それは嘘」などと、遠慮なく指摘されることも学んでいる俺は、おとなしく質問に答える。
伯母さんはゆるゆると浮かべていた笑みを引っ込め、目をまん丸にしたかと思うと、意外そうな声を出した。
「あら、そうなの? 寂しがるとは言ったけど、一人暮らしとか憧れあるんじゃないの?」
「伯母さんの言う通り、一度というか二度以上、一人暮らしはしてみたいって思ったけど……ダメだって、さすがにそこまで余裕ないって」
地方と言われる場所に住んでいる若者は一度は憧れるであろう”一人暮らし”
もちろん、俺だって例外はなく、憧れはあった。が、親の負担を考えれば……駄々をこねたりすることなんてできないし、それほどの労力かける理由も熱量はない。納得できるので理由なので不平不満はなく、ただ通い続けるにはしんどいことが不安要素ではあった。
「まーそうねぇ。そうよねー……あっ! 私、イイコト思い出したわ!」
頬を染めた伯母さんはクスクスと楽しそうに声を漏らしている。
大人のイイコトって、子供にとって大概、イイコトではない。若干、不安を感じつつ、言葉を発さずに耳を傾け、続きを待つ。
「そう、実は、私、マンションの一室、東京にあるのよ。そこをねー、
あ、でも、部屋だからルームシェアになるのかしら……まぁ、どっちでも変わらないから
「・・・はい?」
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