第7話 また、あなたですか

「―また、あなたですか」


 薬屋の件で月華から「お礼がしたい」と言われて案内されたデカい屋敷に入った俺を迎えたのは、ついさっき以上に不機嫌な顔をした夜波だった。


 俺は再会して開口一番そんなことを口にする夜波にため息を吐くと、やれやれと肩をすくめながら声を返した。


「偉く嫌われたもんだな……道案内させたのは悪かったけど、ちゃんとお礼を言ったし、何もそこまで怒らなくても良いじゃねぇか」

「別に怒っているわけでは……」

「そうか? さっきの言い方だと、どう聞いても怒ってるようにしか聞こえないんだが」


「怒っているわけではなく、別れて早々にあなたの顔を見ていることがただ単純に不思議だから言っただけです……それに、嫌う、嫌わないの問題ではありません。私に関わらない方が良いとお伝えしましたよね?」


「いや、ここに来たのは成り行きつーか……月華に誘われて来ただけだ」

「月華に……?」


 俺の言葉に夜波は俺の横で不安そうな顔を見せる月華へと視線を向けた。


「姉上様……突然、お連れしてしまってすいません。母上様の薬を薬屋へ買いに行っていたのですが、薬屋の方に『沙羅神の人間には売れない』とお断りされてしまって……それで困っていたら、この方が母上様の薬を私の代わりに買ってくれたんです」


「彼が母上の薬を……?」

「はい。それに、この方は姉上様のお知り合いのようでしたので……」

「そう……でも、薬は私が買いに行くから月華は無理しないで良いのに……」


「申し訳ありません、姉上様……ですが、薬が切れてしまって母上の容態が良くなかったので……」

「ごめんなさい、責めているわけじゃないから安心して。私はただ、月華につらい思いをして欲しくなかっただけだから」

「姉上様……」


 妹を慰める姿は姉というよりは母親のようだ。夜波は俺の前ではまったく見せることのなかった慈愛に溢れた笑みを月華に向けると、今度は俺の方に真剣な表情を向けながらゆっくりと頭を下げてきた。


「この子の代わりに母の薬を買って頂いたようですね……母に代わりお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」

「気にすんな。なんか知らねえけど、薬屋がその子に薬を売りたがらなくてな。代わりに俺が買ったって扱いで売ってもらっただけだしな」


「ありがとうございます。おかげで母を安心させてあげることができます。ただ、今回の件であなたが都で生きていくのは難しくなるかもしれません」

「大袈裟だな……というか、どっちにしろ、そもそも何の身寄りもない俺が生きられるのかって話だし、大した違いなんてないだろ」


「いえ……あなたの身寄りについては、この都を治めている朱天寺の一族がその身を保証してくれますから、その点は大丈夫だと思います。あなたのように『神隠し』にあった者達は彼らが保護してくれるんですよ」

「そういや、門番のおっさんもそんなこと言ってたな。そのシュテンジ? って奴らのとこに行けば、当面は生きてけるって」


「ええ……その後は都の者として他の『神隠し』の人間と同様に生活できるでしょう。しかし、そうだとしても薬屋に目を付けられたのは厳しいと言わざるを得ません……いえ、薬屋だけではありません。例の薬屋は人通りの多い場所にありますから、他の店の人や通行人にあなたの顔が覚えられてしまった可能性があります」

「ま、要は風邪引かなけりゃ良いって話だろ? 大丈夫だって、怪我だって唾付けときゃ大抵は治るしな」


 俺がそう言うと、夜波は呆れた様子で額に手を当てていた。なんか変なこと言ったか、俺?


「本当に最初の印象から変わらない人ですね、あなたは……そういう問題ではなく、都の人達に私達と関わりを持っていることを知られるのがまずいと言っているんです」

「なんだそりゃ? よく分かんねぇけど、薬屋のおっさんとか門番のおっさんが言ってたことか? 沙羅神の人間に関わるとどうとか言ってたが」


「……すでに聞いているようですね。なら、なおのこと私達に関わるべきではないことが分かったと思います。なので、今後はもう関わらないのがあなたのため―」

「それが分からないんだよな」


 困惑した様子を見せる月華の頭を撫でながら寂しそうに呟く夜波に思わず俺はそう返す。そして、俺の言葉に視線を向ける夜波に正直な気持ちで話を続けた。


「お前ら沙羅神は元は帝って奴だったんだろ?」

「……ええ、そうですね」

「それが『妖』の襲撃の時に色々あって帝じゃなくなった、と。で、その時に朱天寺って奴が活躍したから今度はそいつらを帝って扱いにしてここで一番偉くなってるらしいな。でも、結局はお前ら沙羅神だって元とはいえ帝なんだし、普通は敬われてもおかしくないと思うんだが……そう簡単に態度を変えられるもんかね?」


「……都の人々が私達と関わらないのは私達が元とはいえ帝だから、ですよ。長年、帝として生きてきた私達、沙羅神は普通の人よりも強い『妖力』を持って生まれてきます。そんな人間と正面から争うつもりなど彼らにもありません……だから距離を置き、関わらないようにしているんです。彼らにとって沙羅神という存在は疎ましいものであると同時に、恐怖の対象でもあるということですね……」


「恐怖の対象、ね……確かに、薬屋のおっさんや門番のおっさん、それに周囲の奴らも関わり合いたくない雰囲気がぴんぴんしてたな。ったく、いい歳して何してんだかって感じだよ」

「……この世界ではそれが普通です。『神隠し』によって向こう側の日本から来たあなたには分からないかもしれませんが、ここではそれが当たり前であり、彼らの反応こそ普通なんですよ」


 そう淡々と口にする夜波の目はまるで人形のようだった。

 諦め―そんなものが見て取れる夜波の顔を見た月華は悲しそうに視線を落としており、まるでお通夜のような雰囲気が流れる。


「―そんなもん、向こうが勝手に決めたことだろ」

「え……?」


 しかし、俺はそんな空気を振り払うようにそう口にする。

 突然の俺の言葉に驚く夜波達に視線を向けられると、俺は頭を軽くかきながら正直な心境を口にしてやった。

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