5.可愛いのもたいがいにしなさいね

 お茶の後、ロイは井戸に向かった。アリスはマリアに頼まれた商品を用意しておく。中級は、患部にかければぱっくり裂けた傷口も塞がるし、痛みもすぐ消える。

 魚屋の奥さんに渡した普通の回復薬は、包帯を巻いて、一日安静にしておく。それで傷がくっつく。効果がまったく違う。

 お値段も金貨一枚と高価だ。ただし、集める素材も色々とあって大変なのだ。作る手間も格段に違う。

 髪の濡れたロイが、井戸から帰ってくるのと同時に、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」

 ロイのパーティー仲間たちだ。

 事前に言われていたものはカウンターに集めている。

「中級二つに低級一つ」

 金貨二枚と銀貨一枚。どちらも手のひらより小さな、細い瓶に入っている。傷にかけて残ったら飲んでも良い優れものだ。流しすぎて足りなくなった血を補ってくれる。

「いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」

 マリアから代金を受け取る。

「こちらこそ」

「でも、マリアさんはそんな怪我をしたりはしないよね?」

 後衛で魔法使いのマリアが怪我をする事態は、かなり危険な状態にならないとまずありえない。

「ふふ、あなたの回復薬、首都の知り合いに評判がいいのよ。少し高く売りつけるの。で、差額代はこれ」

 ポーチの中から渡されたのは、飴だ。

「今首都で流行ってる、口の中ですぐ溶けちゃう飴なんですって」

 またもやお土産をもらってしまった。


 その後メルクやフォン、キャルもそれぞれ必要なものを買っていった。

 この売り上げが少し前にあれば……。

「ロイ、次の依頼は一週間後になった。ヤドック商会の護衛だ。首都までの往復。どうする? うちの実家に泊まるか?」

「いや、いつもの宿にするからいい」

「わかった。また呼びに行く」

 ロイが頷き、フォンは軽く頭を下げて先に店を出ていく。

「ねえロイ、今日の夜は飲みに行こうよ」

 だがロイの返事は変わらない。

「行かない。キャルももう家に帰れ」

 躱して、背中を出口に向かって押す。

「そうそう、今日くらいしっかり休め」

 さらにメルクに肩を押されて扉の前だ。

「じゃあね、アリスちゃん」

 マリアがすかさずその後ろについて、店を出ざるを得ない流れにされていた。


 残ったのはロイ。

 服も中庭ではたいたのか、多少埃っぽさは軽減されていた。

「とりあえず俺も実家に顔出してくる。着替えもらわないとだし」

「うんうん、おばさんも喜ぶよ」

 着替えだけは家に保管してもらってるのだ。末っ子のロイはなんだかんだと可愛がられる。ただ、寝る場所がない。


 街の暮らしなんてそんなもんだ。店舗を持ち、部屋を余らせているアリスが珍しいだけ。

 少し前に、マリアに宿ではなくうちに泊まるか聞いてみたら、断られた。軽々しく人を泊めるなどと考えてはいけない。そのまま定住されたらどうするのだと。一緒にいたロイにもしこたま怒られた。

 スミレさんも言っていた。家の権利書はあるのか、と。

 一応あるにはあるが、紙切れ一枚。住み着かれたら、それで終わり。

 マリアはもう二年以上ロイと組んでいるし、信用しているから提案したので断られるとは思っていなかった。

「アリスちゃん、可愛いのもたいがいにしなさいね」

 とよくわからない言葉でしめられた。






 低級回復薬は、低級と言えども街中での怪我には立派な役目を果たす。その効果が少しでもよくなるよう、先ほど湖で下処理した物をさっさと調薬してしまうに限る。

 キッチンのテーブルの上に、調薬用の陣を広げる。これは祖父から受け継いだ、大切な調薬陣だ。この上に調薬釜を置いて、均等に切り刻んだモリス草を入れ、中庭の井戸で汲んできた水を、精製し、それを注いだ。精製のやり方も、手順が細かく決まっていて、祖父からたたき込まれている。

 陣に魔力を通し、よくかき混ぜると量が増え始めるので、混ぜ続ける。やがて色が落ち着いてくるので完成だ。買い付けておいた専用の瓶に専用の容器で注ぐ。蓋をしっかり閉めて箱に立てて行く。

 箱には瓶同士が触れ合わないような工夫がされていた。細い割れやすい瓶を、きれいに収めるため、板に穴が空いている。出来上がった回復薬ががずらりと並ぶ。祖父はカンと呼んでいた。

 今日よく出た中級を作るには素材が足りない。使う薬草も違うし、それ以外の細かい素材も全部揃っているわけではない。

 ロイに甘えて森に採取しに行かなくてはならないだろう。


 できあがった回復薬を倉庫にしまおうとして、そこにあるタッパーに目が止まった。

 ロイが帰ってきたから、彼はたまに家に来るし、素材で足りない物をチェックしたりもする。昔からのことなので咎める理由がない。もう少し奥に隠しておかねば。いっそのこと、空になったタッパーは自室に持って行った方がいいかもしれない。

 祖父が亡くなってから、ロイは家の二階には上がろうとしない。彼のことも祖父はとても可愛がっていた。どうしても兄弟が多いロイに、親は愛情を与え続けることはできなかった。なんといっても忙しい。五人に食べさせるため、彼の両親は本当によく働いていた。決して邪険にしているわけではないが、構うにも時間の限界があったのだ。

 その分、彼はよくうちで一緒に店番をして祖父と話していた。なついていた。

 彼にとっても二階の祖父の部屋は思い出が多く近寄りがたい物になったのかもしれない。


 回復薬を戸棚に置いて、タッパーを手に取る。まだ中身が入っているそれにはメモがくっついている。スミレさんがどんなものか名前と一緒に書いておいてくれたのだ。

 が、読めない。

「あれ?」

 あちらで説明とともに聞いていたときには読めた文字が、訳のわからない模様でしかなかった。

「ええ……」

 どういうことだろう?

 あちらでは確かに読めたのだが。

 悩ましいが、とにかく今は隠す方が先だ。中身があと少し入っているニモノとやらは、火を通せば今夜くらいまではいけるだろうと置いてある分。今日はもう来ないだろうけど、ロイに見つかる前に食べてしまった方が良さそうだ。

 少し早いし、基本的に昼は食べないのだが……今日はこれを食べてしまおう。

 白いのと、オレンジ色のと、お肉。あと、細いの。全部メモに名前が書いてあったはずだが、今となってはわからないこれは、暖めると白いのがほくほくだし、この共通して使われている味が美味しい。名前を覚えていなかったのは残念だなぁと思う。

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