授業が終わった。鞄に教科書を詰め、席から立ち上がる。
「南くん」
隣の席の女子だった。業務的な会話しかしたことがない、ほとんど他人。
「この後、空いてるかな。よかったら–」
「部活、あるから」
彼女の周りに友達と思わしき女子が集まる。鞄を持って教室を出ると、誰かの泣く声がした。
美術室の扉を開くと顧問と男女一人づつ。教室を突っ切って準備室に向かい、画材とキャンバス、イーゼルを担いだ。
「南、今日も海で描くのかな」
準備室から顔を出すと何か作業をしていた顧問が手を止めて、こちらを見ていた
「いつも通りです」
「そう。一八時過ぎには戻ってきてね。ここの鍵、閉めちゃうから」
「わかりました」
扉を閉めて美術室を出る。ケースの中で絵の具や瓶がカチャカチャと音を立てる。廊下からは海岸を挟んで、反対の丘に立つ病院がよく見えた。
靴を履き替え、校庭を通り抜ける。陸上部が走り抜け、四人のサッカー部がボールを取り合う。そんな風景を横目に校庭脇の階段を降りると、視界は青で埋め尽くされた。少し湿り気のある風が肌を撫で、まだ沈まない陽が砂浜を照らす。耳に入るのは波の音だけ。放置された椅子の前にイーゼルを立て、キャンバスを置く。シートを引いた上に絵の具やらを並べ、筆を握った。陽のあたりや風の強さ、波の大きさで毎秒違う顔を見せる海をいかに美しく残すか。青だけでなく、赤や緑も重ねながらキャンバスと向き合う。誰にも邪魔されないこの時間、場所が好きだ。
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