「太陽の姫の炎」
1
一人の若者が、目を覚ました。
窓から光が透き通っていた。カーテンを柔らかく揺らす風が陽の匂いを運んで、部屋の中いっぱいに満たす。瑞々しい空の青が世界を潤わせ、幻想的な美しさが窓辺を輝かせる。
若者は、怪我をしていた。身体のあちこちに包帯が巻かれ、ベッドに横たわっている。
若者は、おそるおそる呼吸をする。自分が息をしているのが信じられないとでもいうように、何度も何度も、ゆっくりと繰り返す。
そうしてしばらく
そこは質素ではあるが、清潔感のある小さな部屋だった。宿屋の客室というよりは、よく掃除が行き届いた個人の自室という印象だ。
「……」
自身の置かれている状況が、まるでわからない。
そんな心情が明白に理解できるほど、その者は困惑していた。
若者は、手当てがされている両手をじっと見つめたあと、自分の身体を一つずつ確かめる。
爪先を動かし、太腿を撫で、腕や胸を触る。
「……?」
違和感を覚えた。何度か胸をさすったあと、今度は頭に手を置く。するりと、髪を
「……え?」
横目で見える髪の先を
黒。瞳を通して脳が認識したのは、黒い髪の毛だった。
違う、違う。自分の髪はこんな色ではない。そもそもこんなに短くもない。もっと腰まで伸びていて、そして、ベージュ色だった。
心臓が胸を叩き始める。ここは一体どこなのだ、という疑問も改めてつきまとう。
怪我をしている理由は、まだわかる。何せ、大陸を巻き込む災禍と戦っていたのだから。むしろ不思議なのは、今、自分が生きていることだ。
「私は……、死んだのでは、なかったのか……?」
決戦の場で、たった一人きりで戦った。つらくて、痛くて、苦しくて、逃げたくて。そして、身体の力がふわりと抜けた。
災禍の元凶を討ち、ああ、これでもう役目は終わりなのだと、全てから解放された、心地よい気持ちになれた。それは、自らの死も意味していた。
唯一自分を心配してかわいがってくれた隊の女性が駆けつけ、倒れて動けない身体をぎゅっと抱きしめる。あなたは本当に、よくがんばったわ。そう、涙を流しながら言ってくれた。
姉のように慕っていた彼女からの言葉に、こちらの視界も滲む。報われた気がした。
そのまま、体内に残されたほんのちょっとの力を精いっぱい喉まで押し上げ、命を懸けて守った未来を託す。
「あとは……頼んだ」
……自身の命の炎が消えかけていると悟ったとき、揺れる涙の中で、ただうっとりと願った。
自分のような子どもが戦わなくていい世界を。子どもが安心して大人になれる世界を。
そしていつかまた、天から命を与えられたとき。今度こそ、自由に歩ける人の道を。
(どうか、生きてゆけますように)
そこで終わった。終わったはずなのだ。
なのに……。
「まさか、本当に……?」
本当に、新たな命と人生が始まったとでもいうのかと、若者は震える。
だが、それにしては、既に身体が成長しきっているように見えた。老けてはいないようだが、ある程度の歳をとった男の身体だった。
性別については、この際無視できる。元が女だからといって、次も女であるとは限らない。
しかし、もう一つ疑問が湧いてくる。前世の記憶があるということだ。
ヒース大陸で生まれ、幼少期から鍛錬を受け、災禍と戦い、死ぬ瞬間までの記憶を全て覚えている。逆を言えば、それしかない。
つまり、この新しい身体での人生……。両親や友達、今度はどこで生まれてどんな環境で育ったのか。そういった記憶が一切なかった。
そもそも、自分の名前は……。
「リィゼン……!」
ハッと、うつむいていた顔を上げる。
いつの間にか部屋の扉が開いており、そこには一人の若い
彼女は、酷く驚いた顔をしていた。そのままこちらへ向かってきたかと思うと、勢いを落とさないまま抱きついてきた。
「ちょっ……!」
「リィゼン、リィゼン! ああよかった! 本当によかった! あなただけでも目を覚ましてくれて……!」
なびく髪から、ほのかに良い香りが漂う。
見知らぬ者に飛びつかれて動揺し、反射的に引き離そうと、娘の肩に手を置く。
「……」
けれど、誰かから強く抱きしめられる感触が懐かしくて、温かくて、ふつふつとつらくなってきた。
抱きしめてもらえたことなど、片手でかぞえるほどしかなかった。周りの皆は自分を、災禍を滅ぼす英雄〝としか〟見ていなかったから。
本当はもっと、子ども扱いをしてほしかった。
自分も大人に守られる対象なのだと、認識してほしかった。
ずっと隠していた思いが、急に波のように押し寄せてくる。涙が、こぼれてしまいそうになった。
「……っ!」
娘の肩に置いていた手を離し、宙で握って必死に涙を耐える。人を救う英雄が、人の前で泣いてはいけない。そう、教えられてきたから。
やがて、娘がそっと離れる。こちらと違って感情のままに泣いていた彼女は、鼻をすすりながら照れくさそうに笑う。
「ごめんね、びっくりしたね……。でも私、ずっと祈ってたから。リィゼンが目を覚ましますようにって、ずっと、信じてたから……」
涙を
見知らぬ娘に釘づけになっていると、あれ? と娘が何かに気づいたように動きを止める。それからじっと見つめてきたかと思うと、急に顔を接近させてきた。
「なっ」
「リィゼン、あなた……。そんな目の色してたっけ?」
「……え?」
少女特有の大きな瞳に戸惑うこちらなど知る由もなく、堂々と覗き込んでくる彼女は、やがて見惚れたように呟いた。
「綺麗な黄金の瞳……。まるでマヒナさまみたい」
「……」
みたいも、何も、ない。
私がマヒナだ。マヒナ本人だ。
窓から差し込む光が、より強くなる。
淡い風によってずっと揺れていたカーテンは、そこから気まずそうにぴたりと止まり、音を立てずに二人を見守っていた。
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