雨と、土の匂いが立ち込める。

 外へ出たリィゼンとミツナギを待ち受けていたのは、武装態勢を完全に整えた白装束の男たちだった。人形を並べたようなズレのない隊列を作り、身じろぎ一つせず、感情を持ち合わせた様子もない。

 そんな彼らを率いていたのが、村長だった。


「お客人。どうかおとなしく、その身を我らに委ねてください」


 もはや言い訳は不要ということで、村長はリィゼンに捕縛されるよう要求する。

 やはりこうなってしまうか、と密かに覚悟を決めたリィゼンは、とりあえず理由を聞いてみた。


「マヒナさまと同じく、黄金の瞳を持つあなたを、次の太陽の姫として迎え入れます」

「ほう。ならば夕食に睡眠薬でも混ぜておけばよかったものを。わざわざ浴場を勧めたのは、一度身を清めさせるためか?」

「それもありますが、夕食のときはその奇妙なぬいぐるみもいましたからね。一時的にでも分断させたかったのです」

「結局、私を捕らえにきた者はミツナギが対処してくれたがな。それにあいにく、私の身体は男だ。そして背中には火傷もある。君の手下には、穢れた身体だと言われてしまったよ」

「おや、そうでしたか。では目玉だけをくり抜きましょう」

「……」


 にこにこと微笑む村長は、さも当然のように言ってのけた。


「目玉をくり抜いて、聖なる祭壇に捧げ、マヒナさまが再臨される日を待ちます。……この腐敗した世界をご覧になられたマヒナさまは、さぞお怒りになり、そして嘆かれることでしょう。しかし、それこそが世界再生の一歩となるのです。ヒース大陸はマヒナさまによって創られる楽土らくどであり、民は皆、ひざまずく義務があります。死獣しじゅうという悪を今度こそ地上から祓い、煌炎師こうえんしという顔汚しを粛清させる。つまりマヒナさまはまだ、お役目を果たしておりません。あのお方は、未だ世界から必要とされているのです。なので我々が、その助力をしなければならない。お客人、あなたも、またしかりですよ」


 だから助力の証として目玉を差し出せと、村長はそう言っているようだった。

 ゴキゲンな理屈だぜ、と雨の音にまぎれてミツナギが呟く。そのとなりではリィゼンが、話の途中でうつむいていた。だがその右手は、爪が食い込むほど強く握りしめている。


「……どいつも、こいつも……」


 呆れと、かすかないきどおりが込められた独り言が震える。

 そして顔を上げたリィゼンは、村長と、そのうしろに控える多数の者たちに届くように、大きな軽蔑をはらんで告げた。


「どいつもこいつも、恥を知れ。所詮はただの小娘でしかない〝マヒナ〟にすがって、無駄な祈りを垂れ流す無能共が。今生きているのは君たちのほうなのに、どうして尚も故人の威光に泣きつくんだ。死獣しじゅう煌炎師こうえんしがどうこうと言い訳をする前に、まずは自身の現状を見直せ。そして大人として情けないと実感しろ。君たちの人生は、本当に醜い」


 全員が、言葉を失った。

 ミツナギだけが笑っていた。


「あ……あぁ……」


 しわに潰された村長の両目が、みるみるうちに開いていく。それに比例して眼球が充血し、まるでカエルのようにぎょろりとひん剥く頃には、もう、穏やかな姿は消えていた。


「あああああっ! きさ、きさまっ、貴様ぁあぁぁあぁ! よくも、よくもよくもよくも! よくも、よくもぉぉおおおぉ!」


 痙攣けいれんしながらわめきたてる声は、笛の吹き方を知らない幼児が、いたずらに奏でる騒音に似ている。リィゼンは厳しく睨みつけた。


「マヒナさまの御名みなを、無礼なっ、侮辱ぶじょくを! 貴様のような、小僧が、このわたしの前で、偉大なるあのお方を、よくも穢し、あぁ、ああぁぁああおぉのれえぇえええぇぇ!」


 まとまらない憤怒ふんぬを撒き散らして天を仰ぐ村長は、杖を持たないほうの手で自分の頬や首、厚く重ね着をした白装束をかき乱していく。

 そして、


「殺せえええっ! 四肢ししを斬れ、首を斬れ! 目玉をくり抜けええぇえぇぇっ!」


 村長の狂った号令がやかましく響き、村の者たちが一心不乱に襲いかかってきた。

 その瞬間、リィゼンは彼らに背中を向けて走る。一度跳んで扉のドアノブに足を乗せると、素早く壁を垂直に駆けて、宙に身を大きくひるがえした。

 その場にいる者たちの視線が、途端に奪われる。暗く淀んだ空を背に煌めく、どこまでも美しい二つの黄金。リィゼンのまっすぐな瞳は、眼下の人間の心に深く色づいた。


「ああっ!」

「ぎゃあっ!」


 頭上から放たれた数本の矢が、村人に当たる。

 リィゼンは足元にいる者らの顔や頭を踏みつけて跳び、難なく着地した。

 ハッと我に返った男たちが再度突進するが、振り向きざまに引かれた弦が矢を飛ばし、身体のあちこちに鋭く命中する。痛みにもだえる者や、そのまま絶命する者が泥の上に転がった。


「言い忘れていた。もし女や子どもがいればすぐに下がれ。……子どもは特にな」


 あくまでも殺す対象は大人の男だけだと、リィゼンはそう言って次々と射る。着実にこちらの数が減らされていると悟った村長は、リィゼンのその言葉を聞いて、したり顔を浮かべた。


「お前たち! いけぇえぇぇっ!」


 村長に指示されて前に出たのは、複数の女性たち。包丁やなたを握る彼女らは、勇気と無謀の判別もできずに、ただ命じられるままに攻撃を始める。それを見たリィゼンは、たまらず舌打ちをした。



 ザシュッ、



 銀色の一閃が、女性たちの身体を繋ぐように横に走る。そしてその線が赤色を帯びると、血飛沫が彼女らの白装束を派手に染めた。


「……俺は女だろうと子どもだろうと、関係なく殺すけどな」


 リィゼンが手を出せない相手を、ミツナギが殺す。ばたばたと倒れた女性たちは、何かを求めて口を動かす。しかしただ血の泡が吹いて割れるのみで、そのうち永遠に動かなくなった。

 リィゼンの顔が、少し歪んだ。だが、どうしようもないと結果を受け入れて、気持ちを振り払うように他の男たちを射殺した。

 たった一人と、よくわからない謎のぬいぐるみによって、武装していた村人たちのほとんどが死体に変わった。そうして襲いかかる者の声が途絶え、雨の音で静まり返った【なみの村】の中に立つリィゼンは、最後に残された人物のもとまで歩く。


「あ、あ……」


 村長は、まさかこんなことになるとは思いもしなかったと、表情だけでそれを物語っている。

 ぶるぶると杖で支えながら両膝をつく村長の前で足を止めたリィゼンは、君の信仰もここで終わりかな、と言ってみせた。


「君の人生は、ただマヒナの残光にすがるだけだったのか。これだけ長く生きて、もっと他の生き方を選ぶことだってできたはずなのに、何故そうしなかった」


 無駄とわかっていながら、つい問いかける。ミツナギも近づいてきた。

 村長は、呆然とリィゼンを見た。そして、既に雨で濡れている頬の上に、ぼろぼろと涙がつたった。


「ああ……、マヒナさま、マヒナさまぁぁ……! あなたさまの微笑みを、わたしはっ……!」


 暗い曇天どんてんの世界へ向けて、村長はなおも太陽の姫の名を叫ぶ。リィゼンは、実に不愉快そうにした。


「わたしはっ! 幼き頃にあなたさまのお姿をこの目に映して以降、ずっとあなたさまをお慕い申し上げていた! 風に流れ、光に溶ける長く美しい御髪おぐし! 全てを虜にする黄金の瞳! 聡明さと凜々しさを宿し、永遠に輝くかんばせ! その全てが、あまりにもまばゆい!」


 そう語りながら、杖を握る両手が、段々と上下に動いていく。


「この世に生を受けて八十余年、マヒナさま以外の女などただの豚であると、わたしは身の清らかさを守り、心の純潔さを証明し続けてきた! あなたの玉のような肌と花の香りが、わたしの心を掴んで離さず、ずっと残っていた! しかし、どの女でも満たせなかった……。あなたでなければだめなのです、あなたでしか果たせないのです! わたしはっ……、わたしが男として生まれた意味を、あなたで証明したい!」


 雨によってよくすべる杖を、上下にさする速度と力が増していく。舌を垂らし、だらしなく呼吸を乱す村長は完全に正気を失くし、もはや目の前のリィゼンとミツナギなど入っていなかった。


「はっ! 本音が出やがったな。これがこのジジイの〝信仰〟だとよ、小僧?」


 声音こわねだけは愉快そうにしているミツナギだが、内心では唾を吐き捨てているだろう。

 この村長はマヒナを崇拝しているその裏で、マヒナを手に入れたいというよこしまな思いをいだき続けていたのだ。災禍が過ぎ去ってから、何十年もずっと。

 再臨を願うのも、口では世をうれいている様子だったが、それ以上に己の欲望を満たしたい気持ちのほうが強かった。追い詰められて吐露とろされたものは、もはや一介の信者ではなく、単なる穢れた男の劣情だった。

 お前も何か言ってやれ、とどこか人の悪い笑い方をしながら、ミツナギは尻尾でリィゼンの背中を軽く叩く。

 リィゼンは、



「…………」



 リィゼンは、心の底から気色の悪いものを見るような目で、〝それ〟を見おろしていた。





「……君の言いたいことは、よくわかった」


 桜の弓を、ゆっくりと前に出す。そして矢筒から一本だけを取り、慎重に構える。


「思いをいだくのは自由だ。誰かに言われて抑えられるものではないし、それが君の心を支える安らぎだとしたら、いつまでも味わっていればいい。そして……」


 ぎ、ぎ、と弦を引く音が鳴る。まるで今回の騒動を終わらせるためのカウントダウンのように、確実に両者の間へ刻まれていく。


「これが、マヒナからの返事だと思え」


 リィゼンの手から離れ、降りそそぐ雨粒を綺麗にさえぎった矢は、一直線に村長のひたいへと刺さる。


 その瞬間、年老いた男の顔は、絶頂を迎えたときと同じ笑みにまみれた。


 静かにうしろへと傾き、大の字で倒れる。

 太陽の姫を手中に収めたいと夢みた男は、太陽を拝めない闇の中で、最期の命を終えた。


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