第8話

「そう言えば、お前名は何という?」

 はぐらかしてきた。言えないのはプライドもあったりするのだろうか。なら必要以上に追求するのは賢明とは言えない。相当気になるが美風は一旦頭の脇へと置くことにした。

「名前を聞くなら、まず自分から言うのが礼儀だろ? 悪魔に礼儀なんてないかもしれないけど」

 とは言え、やはり質問を無視された事が少し引っかかったこともあり、美風の口調は僅かに刺々しいものになった。つい感情的になってしまう自分は、もう少し冷静さが必要だった。

 案の定、男は瞠目する。やってしまったと思っても後の祭りでしかない。

 しかし男は何故か肩を揺らして笑い始めた。

「な、なに笑ってんだよ」

「いや、そのように言ってくる者が初めてでな。普通なら八つ裂きにしてやるが、何故かお前に言われるとそう腹も立たない」

 八つ裂きと聞いて流石に美風は肝を冷やしたが、男の空気が柔らかいと感じ、少し安堵する。

「俺の名はアリソンだ」

 外国人のように手を差し出したりはしないが、好意的な眼差しに一瞬相手が悪魔であることを忘れた。ボーッと見惚れつつ、美風は頭の中でアリソンと名前を反芻する。

「えーっと、オレは美風だ。天堂 美風」

「テンドウミカ。ではミカと呼ぼう」

 まるでこれからも付き合いがあるかのような言葉。出来ればもうご遠慮願いたい。

「アンタ……いや、アリソン……さん」

「アリソンでいい」

 魅惑的な笑みを見せられ、美風の頭の中は疑問符だらけになる。突然名前を訊いてきたり、柔らかい空気を醸し出したりと、何を考えているのか。

「じゃ、じゃあアリソン。これからどうするつもりなんだ? このままではマズイでしょ」

 ここから直ぐにでも立ち去ってくれ。空気を読んで立ち去ってくれ。そういう意味を込めたが。

「俺は暫くここにいる」

「え……え?」

 頬がひくりと引きつる。

 冗談じゃない。なぜ空気を読まない。遠慮をしない。美風は脳内で地団駄を踏む。

「暫くって何言ってるんだよ。早く帰った方がいいって。友達とか仲間が待ってるだろうし」

 笑顔で諭すように言う。

「帰りたくてもこのなりでは帰れない。魔力が足りない」

「足りないって……。どうすれば元に戻れるんだよ」

 まさにオーマイガーといったように、美風は手で額を抑え天を仰いだ。

「魔界へ戻る程の魔力を補おうとすれば、人間二十人くらいは犠牲になってもらわないとな」

「に、二十!? そんな……」

「人間の血と生気エナジーを全て吸い取ってな。吸われた人間はミイラのような──」

「わ、分かった! とりあえず何かいい案が出るまで居てもいい」

 アリソンの口を慌てて手で塞いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る