ダウナーな鬼の若君によるありきたりなアオハル
阿井 りいあ
第1話
基本的にすべてにおいて、やる気がない。
今も休み時間になったというのに席も立たず、何かするわけでもなく、ただ頬杖をついてぼーっとしている。
そんな彼の平和を乱したのは、同じクラスの小柄な女生徒だった。
「垂井くん! 暇!? 暇だよね!?」
「……忙しい」
「うっそだー、暇だって顔に書いてあるよ? ねー、お願いがあるんだけど!」
「断る。だりぃ……」
「あのね、私、新聞部なんだけどさ」
一切話が通じないタイプの女生徒、
瑤は彼女と目も合わせず、完全に無視を決め込み、ひたすらやる気なく頬杖をついているというのに、まったく意に介さない。
羽咲は、かなりウザ絡みをするタイプの人間だった。
「垂井くんってお寺の息子でしょ? なんかさ、こう、ネタを持ってそうだなって!」
「はぁ?」
「例えばさー、霊現象とか、妖怪退治とか。あるでしょ、そういうネタがっ」
「寺に何を期待してんだよ」
くあっと欠伸をしながら律儀にも返事をしていると、羽咲はそれを好機ととらえたのかますますテンション高く言葉を連ねていく。
「えーっ、なんかあるでしょ? あっ、もしかして。実は妖怪退治はしてるけど一般人には内緒にしなきゃいけないとか? だったらごめん! でも誰にも言わないから大丈夫だよ!」
どこにも大丈夫な要素などない。妄想もここまで現実に持ち込むと痛々しい。
瑤は無反応を決め込んだ。
「黙るってことはやっぱり!?」
「寺に住んでるだけのヤツに期待すんな」
しかし、うっかり突っ込んでしまった。
そんな瑤の反応にニヤッと笑った羽咲は、さらに質問を重ねてくる。
将来、厄介なジャーナリストになる素質があると瑤はぼんやり思った。
「でもずっと住んでるんでしょ? 不思議なことの一つや二つくらい経験してない?」
「してねぇ」
「えぇぇぇぇ」
大げさに落胆されても、瑤は一切動じない。
勝手に期待して勝手に落胆しているだけの相手にいちいち構っていられなかった。
それよりなにより、瑤は頭を無にしてぼんやりしていたいのだ。
一方、勝手に落ち込んでいた羽咲は突然バッと顔を上げると、突然どこからともなく商店街で人気のパン屋の紙袋を取り出した。
まだ昼休みでもないというのに羽咲はそこからメロンパンを取り出すと、パクッと一口頬張って幸せそうな顔を浮かべる。
ふと、なにやら思いついたらしい羽咲はメロンパン片手に再び話し始めた。
「わかった。それじゃあ、今日は垂井くんの家に行こ!」
「なんもわかんねぇわ」
「いいじゃん、いいじゃん! ほら、メロンパンあげるから!」
「食いかけじゃねぇか、……むぐ」
「美味しいでしょー? うちのお店自慢の一日限定20個のメロンパンだよぉ!」
無理矢理口に突っ込まれたメロンパンだったが、瑤は条件反射で咀嚼してしまう。
サクッとしたビスケット生地の下にはふわっふわのパン。それでいてもっちりとした噛み応え。
瑤は無言でメロンパンを一口、また一口と食べ続けた。
「パン屋の娘特権で形が崩れたやつとかを毎日貰えるんだー。味は変わんないよ!」
自慢げに話す羽咲を見ることもなく、瑤はぺろりとメロンパンを平らげた。
羽咲はニヤリと先ほどよりも悪い笑みを浮かべている。
「ね、不思議な話一つにつきメロンパン一つあげるからさ、協力してよ」
「なに勝手に」
「今メロンパン食べたし。一つは聞いてもらうし。今日は絶対にお寺に行くし」
「罠じゃん……」
実際、食べかけとはいえ羽咲のお昼ごはんをほぼ一つ分平らげてしまった瑤は大きくため息を吐いた。
「じゃ、放課後に靴箱で待ち合わせね! あたし少し部室に寄らないといけないから、絶対に待っててよ? じゃなきゃ自力で押しかけるから!!」
羽咲は最後にそれだけを言うと、休み時間終了のチャイムとともに自分の席へと戻って行った。
「くそめんど……」
瑤は羽咲を見送ることなく再びぼーっとし始めた。
🍈 🍈 🍈
「なんっで先に帰っちゃうのー!?」
ぜぇぜぇと息を切らし、開け放たれている寺の三門で羽咲が叫んでいる。
メロンパンを食べたからといって、面倒ごとが嫌いな瑤がわざわざ彼女を待っているわけもなかった。
「……へー、よくここまで来れたな」
「新聞部の情熱を舐めないでよねっ! っていうか垂井くん、袴似合うね。すごい。妖怪退治してそう」
確かに瑤は髪が長めのボサボサ頭で目が完全に隠れてしまっているし、ダウナーな雰囲気といいそれっぽい雰囲気がある。
賽銭箱付近の階段に座って足を組み、ぼーっとしている姿も相まって余計にそれっぽい。
「家ではいつもその恰好なの? お仕事の手伝いとか?」
「や、楽だから」
「袴が? 手伝いじゃないんだ。部屋着みたいなものなのかな。あ! ねぇ、お寺の写真撮ってもいい?」
「はぁ。外観だけなら」
「中はダメね。了解っ」
マナーを守るタイプではあるらしい羽咲は、許可が下りた途端カメラを構えて寺のあちこちへと足を運んだ。
境内全体が見えるように撮ったり、建物だけを撮ったり。
何が楽しいのか一人できゃっきゃとはしゃぎながら写真を撮りまくる羽咲を、瑤はその場から動くことなくぼんやり監視している。
しかし羽咲が灯篭の写真を撮ろうとした時だ。
瑤はピクリと眉を動かすとうんざりしたように舌打ちをした。
「チッ」
次の瞬間、急に羽咲の身体がふらりと傾いでいく。
瑤は倒れていく彼女に一瞬で駆け寄ると、地面すれすれのところで受け止めた。
羽咲のいる場所まで、20メートルは離れていたというのに。
瑤は羽咲をそのまま自分に寄りかからせると、大きくため息を吐きながら雑に髪をハーフアップに結う。
普段は長い髪で見えない整った顔が露わとなり、鋭い金色の瞳が灯篭に向けて威圧を放った。
「おい、灯篭。何を見せた」
瑤の声にゆらりと歪んだ灯篭は、次第に痩身の男の姿へと変化していく。
男の姿となった灯篭は、辺りをゆらゆらと漂いながらにやけた顔で答えた。
「こわやこわや。若様、ただの夢さぁ」
「こいつは遊び相手じゃない。お前のせいでこの場所に執着されたらどうする……だりぃだろ」
「えぇ~? また来てくれるなら楽しいからいいじゃ~ん」
心底うんざりしたように告げる瑤に対し、灯篭は楽しそうだ。
瑤は苛立った。
「は? くそめんど……」
「わ、わかったよぉ~、もうしないよぉ~。忘れさせるから許してよ、若様ぁ」
先ほどよりも鋭い瑤の視線に怯えた灯篭はすぐに羽咲の周りを飛ぶと、そのままぐにゃりと歪んで再び元の灯篭に戻っていく。
数秒後、呻き声とともに羽咲が目を覚ました。
瑤は慌てて結んでいた髪を解いて髪をぐしゃぐしゃと乱す。
「あ、あれ? 私、なんで?」
「あー……急に倒れた」
「ええっ!? 嘘!? 健康だけが自慢なのに! ごめんね、垂井くん。迷惑かけちゃったね」
「それは最初からだろ」
「んへへ」
「……なに笑ってんの、だりぃな」
「え? いやぁ、垂井くんってさ。優しいなーと思って!」
思わず瑤は黙り込んだが、彼女は変わらずにやけたままだ。
「だってさ、なんだかんだ言って拒否しないし、こうして助けてくれたし?」
「あんたが言っても聞かないだけだろ」
「まー、そうなんだけどー。でもね、なんていうかさ」
羽咲は珍しく少し言い淀んだ後、照れ笑いを浮かべて告げた。
「面倒くさそうにはするけど、うざいとか、近寄るなとか、言わないじゃん?」
「言われてんのか」
「そこは聞かないのが優しさだよ、垂井くん」
つまり、羽咲はそのウザ絡みする性格のせいで色々とあるみたいだ。
瑤もそれ以上は面倒なので聞かなかった。
「あたしたち、いいお友達になれると思わない?」
「思わねー」
「えー? いいもん、あたしはもう友達のつもりだもん」
あらゆる角度から顔を覗き込もうとしてくる羽咲と、絶対に見ないように顔だけ逃げ続ける瑤の攻防が続く。
「やば、もう暗くなるね。そろそろ帰らなきゃ」
いい加減にしろと言いそうになった頃、羽咲の方から切り出してくれたことで、瑤もほっと胸を撫で下ろす。
「んじゃ! また明日ね、瑤くーん!!」
「……勝手に呼ぶなし」
まるで嵐のような羽咲が寺の境内から完全に姿を消すと、瑤は再び髪を雑に結う。
と同時に、今度は寺のありとあらゆる場所から妖怪たちが這い出てきた。
「若様ぁ! お疲れ様でございやしたぁ!」
「かわいい子でしたなぁ? ウヒヒヒ」
瑤を囲むように親しげに集まってくる妖怪たちは皆、家族のようなものだ。
羽咲が求める妖怪退治などとんでもない。
むしろこの寺はとっくの昔に妖怪たちに乗っ取られている、いわば彼らの住まいなのだから。
その昔、この寺には悪業ばかりを積み重ねる住職が住んでいた。
見かねた鬼は住職を葬った後、自身の息子である瑤がいつか人間界で修行する際の拠点として使えるよう、少しずつ妖怪たちを住まわせ始めた。
妖怪が集えば、人間たちはその場所を認識しにくくなる。
それを利用したというわけだ。
騒がしい妖怪たちに囲まれてムスッとしていると、世話係である天狗がにこやかに近づいてきたので瑤はさらに嫌そうな顔を浮かべた。
「この場所を一人で見つけるなんて、なかなか見込みのあるお嬢さんでしたな」
「灯篭にあっさり惑わされてたけどな」
「では若様。もう客人は呼ばないおつもりで?」
人間がこの寺にくるなど、面倒ごとの気配しかない。
特に羽咲はうるさい類の人間だ。普通だったら二度と関わりたくないし、認識阻害の術をかけようと思えばできる。
しかし。
「メロンパン、くれるし」
どうやら羽咲は、またこの寺に来ることができそうだ。
「ほほう、お気に召されたようでなによりですな」
「メロンパンを、な」
「わかっておりますとも」
「……あぁ、もう。くそだりぃ」
わずかに頬を赤くした瑤の意外な姿にふむと顎に手を当てた天狗は、すぐにでも父君に伝えてやらねば、とにんまり笑った。
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