第六章 「黒き盟約」──深まる闇の連鎖
王都ヴェイルブルグの南区は、華やかな中心部とは対照的に、古い路地や木造家屋が立ち並ぶ落ち着いたエリアだった。ここには古書店や手工芸の工房、そして知識人たちの集まる小さなサロンが点在している。
アルトはセリアから聞いた手掛かりをもとに、小さな書店兼サロン「トリスの灯」という場所に向かうことにした。そこには旅の学者や奇人変人が集うらしい。賢者クレリアもそこで情報を得ている可能性がある。
石畳の裏路地を進むと、淡いランプの光を掲げた木製看板が見えた。「トリスの灯」と書かれたその店は、こぢんまりとした扉を構え、奥へと誘う雰囲気を醸し出している。
扉を押し開けると、カラン、と鈴が鳴った。中は思ったより広く、古書がぎっしり詰まった棚と、低いテーブル、そして革張りの椅子が幾つか並ぶ。常連客と思しき老人が本をめくり、吟遊詩人風の男が静かにハーブ茶を啜っている。
店の奥にはカウンターがあり、金髪の女性が眼鏡をかけて立っていた。彼女はアルトが入ってきたのに気づくと、微笑んで会釈した。
「いらっしゃいませ。『トリスの灯』へようこそ。何かお探しの本はありますか?」
アルトは周囲に人がいることを考え、慎重に言葉を選ぶ。「少し珍しい学者を探しているんだ。賢者クレリアという名前に心当たりはないだろうか?」
女性は眉を上げる。「クレリア……最近ここに顔を出していないが、確か以前は『シェイラの小部屋』という別のサロンで古代語解読会に参加していたと聞いたことがあるわ。私は詳しくないけれど、ここにいる常連さんなら何か知っているかもしれないわ。」
アルトは礼を言い、店内を見渡す。老人が座るテーブルに近づくと、彼は微笑みながら手招きした。
「お若いの、クレリアをお探しか。ふむ、前にここで彼女と話したことがあるよ。確か、彼女は闇の封印術について調べていると言っていたな。『シェイラの小部屋』は北西区のほうにある小さな文学サロンだ。だが、最近その辺りは物騒な噂が多いから気をつけるんだね。」
アルトは老人から簡単な道順を教えてもらい、感謝して店を出た。
次の目的地は北西区のサロン。だが、王都の中をこれだけ歩き回れば、闇に通じる者たちに気づかれるかもしれない。そもそも、アルトを監視する黒い影があることを忘れるべきではない。
アルトは路地を抜け、少し広めの大通りへ出る。大通りには人々が行き交い、露店が並び、雑多な活気が残されている。ここなら尾行がいても紛れやすいかもしれない。
ふと、背後に気配を感じて振り返ると、人混みの中に黒いフードを被った人物が見えた。こちらをちらりと見て、すぐに人波に紛れる。その人物の背中には、不気味な紋様が刺繍されているのが一瞬見えた。
「……やはり、付けられているか。」
アルトは唇を噛む。ここで尻尾を掴んでやるべきか? しかし、追いかけても闇に溶けるように逃げられる可能性が高い。今はクレリアを見つけ、情報を得ることが先決だ。下手に騒ぎを起こせば、王都の治安部隊や宰相派に怪しまれる恐れもある。
大通りをしばらく歩き、北西区へと進む。建物がやや古めになり、職人街や小劇場が点在している。その一角、看板も質素な建物が「シェイラの小部屋」だった。
入口は引き戸になっており、暖色の光が中から漏れている。アルトが戸を開けると、中は文人風の男女がテーブルを囲み、詩や古代語の文献について語り合っている空間だった。ほのかな茶葉の香りが漂う。
中に入り、近くにいた男性にクレリアのことを尋ねると、彼は微笑んで答える。「クレリアなら、先週まではここで古代語の書を解読していたけれど、最近見かけなくなったな。確か彼女、闇に関する研究で王立アーカイブに近づこうとしていると話していた。王立アーカイブへのアクセスが難しくなって、研究者仲間と口論になっていた気がする。」
「研究者仲間? どんな人だ?」
アルトがさらに踏み込むと、男性は少し思い出すように首をひねる。「名前は……『フォルツァ』とか言ってたかな。彼女と同じく古代の魔術に詳しい人物で、王都郊外の廃寺院跡で遺物を発掘していたらしい。最近その廃寺院跡で不可解な事件が起きて、フォルツァが行方不明になったという噂もある。」
フォルツァ、廃寺院跡……新たな手掛かりが出てきたが、どこまで遠回りすればクレリアに辿り着けるのか。
アルトは溜息をつく。「要するに、クレリアは王立アーカイブに行きたがっていたが、宰相の妨害や許可問題で進めず、その仲間フォルツァとも行き違いになっている……と。」
男性は頷く。「ええ、そういう話でした。クレリアは一筋縄ではいかない人物のようで、正面突破が無理なら裏口を探すと言っていましたが、その後の動きは分かりません。」
裏口……王立アーカイブには、古くから隠し通路や密室があるという噂がある。クレリアはそれを探しているのかもしれない。
思考を巡らせていると、ふいに店内が静まり返るような気配がした。扉が開き、黒いフードの人物が二人、店内に入ってきたのだ。
「……まずい。」
アルトは咄嗟に壁際へと体を寄せる。どうやら尾行していた者たちが接近してきたらしい。客たちは二人の不気味な装いに気づいて落ち着かない様子だが、彼らは客に構わず、店内を見渡している。
「ここにはいないようだ。あの女(クレリア)は別の手がかりを掴んだのかもしれぬ。」
低い声が聞こえる。
「賢者クレリアを探している……こいつらもか……」
アルトは息を殺し、テーブルの下に膝を屈めるようにして隠れる。黒いフードたちは店内を一周し、舌打ちして出て行った。客たちは困惑しているが、彼らは特に暴れるわけでもなかったため、さっさと退散したようだ。
アルトはホッと息をつくが、同時に闇勢力がクレリアを探していることを確信した。闇側もアーカイブへのアクセス、封印術の情報を欲しているのだろう。
「クレリアと闇勢力が同じ目標物(禁書や古代資料)を求めているとなれば、なおさら急がなければならない。」
男性に改めて礼を述べ、店を出た。廃寺院跡について、少しでも情報を集めなければならない。
外へ出ると、日が傾き始めていた。そろそろガルムとも情報共有したいところだ。彼は騎士団本部へ行くと言っていたので、アルトは一旦王都中央部の騎士団詰所へ足を向けた。
王都中央部はやはり人通りが多く、闇の存在も紛れにくいかもしれない。詰所は石造りの堅固な建物で、門番たちが厳重に警備している。
門番にガルムを呼んでもらうと、しばらくしてガルムが姿を現した。「アルト、無事だったか! 俺の方も少し分かったことがある。」
「そっちから先に聞かせてくれ。俺はまだ情報が断片的だ。」
アルトが促すと、ガルムは腕を組み、声を潜めて言う。「宰相グラーティア卿が、最近王立アーカイブの管理を異様に厳しくしている。理由は『王の治療に必要な古文書を守るため』とされているが、実際には闇魔法に関する禁書を誰にも見られないようにしている可能性が高い。」
「闇魔法の禁書……つまり、魔王や魔族の血脈、封印術に関する記録か。」
「そうだ。さらに、宰相の側近たちの中に、黒いローブの集団と内通している者がいるという噂もある。今、王城内部で得体の知れない儀式が進行しているらしい。」
アルトはギョッとする。「王城内部で闇の儀式? それでは、ニア・フォルテリアの手下たちが宰相と手を組んでいる可能性がある。」
ガルムは頷く。「そうかもしれない。宰相が闇勢力を利用し、王子を傀儡にして実権を握ろうとしているとか、世界の秩序を再構築するために魔王を復活させようとしているとか、様々な憶測が飛び交っている。」
アルトは拳を握りしめる。「そんなことはさせない。俺は魔王になどならないし、世界を再び闇に落とすわけにはいかない。」
自分の情報も共有する番だ。アルトはクレリアを探している経緯と、彼女が王立アーカイブへの裏口を探しているらしきこと、そしてフォルツァという研究者や廃寺院跡のことを話した。
ガルムは目を細める。「廃寺院跡というと、王都から少し離れた北方の森に古い遺跡がある。かつて魔族信仰が行われていた場所と聞いたことがあるよ。フォルツァがそこで発掘中に行方不明……闇勢力が絡んでいる可能性が高い。」
「そこへ行けば、クレリアへの手掛かりがあるかもしれない。彼女がフォルツァを探しているか、あるいは遺された何かがあるはずだ。」
アルトは決断する。廃寺院跡へ向かおう。このまま王都内で堂々と捜索しても埒が明かない。ニアの手下たちに先を越される前に動く必要がある。
ガルムは渋い顔をした。「危険だが、俺も同行したいところだ。しかし、今は騎士団として王城内外を警備する任務がある。宰相と闇勢力を睨み続けないと、何か大きな事件が起きる恐れがある。」
アルトは理解を示し、微笑んだ。「分かった、ガルム。王城内の様子を見張っていてくれ。俺は廃寺院跡に行く。戻ったら、また報告しよう。必要とあれば、セリアや他の仲間を引き込んで、アーカイブ潜入の計画を立てるんだ。」
ガルムは肩に手を置く。「気をつけろ、アルト。お前は奴らの狙いの中心にいる。」
アルトは短く頷く。「大丈夫だ、そう簡単には屈しない。」
そう言い残し、夕暮れの王都を後にした。門を出て、北方の森へ向かうには馬か徒歩か。アルトは馬を借りる金が乏しいが、時間との勝負だ。貧しい村人から受け取った乾パンしか残っていないが、何とか節約しよう。
王都の郊外へ抜けると、薄暗い林に入る。道は細く、下草が生い茂っている。かつて魔族の信仰が行われた廃寺院は、闇の気配が残っていそうな場所だ。
草葉を掻き分け、木々の間を進むと、不意に鳥が飛び立ち、アルトは剣の柄を握る。「誰かいるのか?」
応答はない。ただ風が低く唸る。黒い影がいないか警戒しながら進む。
日が沈み、薄青い月光が木漏れ日に代わる頃、朽ちた石造りの建物が見えた。崩れかけた塔、苔むした壁、割れた石柱……ここが目的地の廃寺院跡だろう。
敷地内に入ると、不気味な静けさが支配している。足元に不揃いな石畳が残り、中央には円形の祭壇らしきものがある。その祭壇には古い紋様が刻まれ、闇を孕んだ形に見える。
アルトは耳を澄ます。僅かに、人の息遣いのようなものが聞こえる気がする。慎重に近づくと、祭壇の裏で倒れている人物を発見した。痩せた中年の男で、浅黒い肌と灰色の髪。
「大丈夫か!」
アルトが声をかけると、男はうめき、薄く目を開く。「た、助けてくれ……フォルツァ……俺はフォルツァだ……」
探していた名がここにあった。アルトは驚く。「フォルツァ! クレリアの仲間か? 一体何があったんだ?」
フォルツァは苦しげに息を整えながら話し始める。「クレリアは、封印術に関する禁書を求めてアーカイブへ入ろうとしていた。だが、宰相グラーティア卿の手先が動き、彼女は裏道を探し求めた。俺は彼女に協力して、この廃寺院跡で古代の石板を発掘したんだ……その石板には、王立アーカイブへの秘密通路に関する手掛かりがあった。」
アルトは目を見開く。「秘密通路だと?」
「そうだ……アーカイブは、古代の地下迷宮の一部と繋がっていて、その迷宮はこの寺院跡から伸びる地下道と連結しているらしい。だが、俺たちがそれを突き止めかけた時、黒いローブの連中が襲ってきた。俺は彼らに囚われ、拷問され、石板を奪われたんだ……。」
石板はすでに闇勢力の手中か。彼らはアルトやクレリアに先んじてアーカイブへ潜入するつもりかもしれない。
「クレリアはどうした?」
アルトが焦るように問うと、フォルツァは目を伏せる。「クレリアはここから逃げたはずだ。黒いローブが来る前に、何かメモを残していた。俺はそのメモをこの床下に隠したんだ……」
フォルツァは震える手で地面を指し示す。
アルトが石畳を少し動かすと、そこには油紙に包まれた小さな巻物があった。巻物には古代文字と幾つかの図が描かれている。
「これがクレリアの残した手掛かりか? 古代文字……解読には知識がいるな。」
セリアに見せれば分かるだろう。あるいはクレリアが王都内に潜伏しているなら、これを使って接触できるかもしれない。
フォルツァは弱々しく微笑む。「これを持って、クレリアを探してくれ。彼女は必ず王都に戻って、禁書を手に入れ、封印術の秘密を暴こうとするだろう……。闇勢力より先に手を打たなければ、世界は再び魔王の闇に覆われる……」
アルトはフォルツァを助け起こす。「その傷は深い。王都の外れに治癒士がいるはずだ。俺がそこまで連れて行く。大丈夫だ、放っておかない。」
夜風が冷たく、寺院跡は闇に沈む。
闇勢力は石板を握り、アーカイブへの潜入を狙う。クレリアはどこかでその動きを警戒しているはず。
そしてアルトは、この巻物を手に、王都へ戻り、セリアやガルムの助けを借りてアーカイブ潜入の手段を探らなければならない。
「黒き盟約」──フォルツァが呟いたその言葉が、頭にこびりついて離れない。
闇勢力が魔王復活を目論み、宰相グラーティア卿が裏で糸を引いている中で、アルトは魔族の血を秘めた自らの宿命に立ち向かう。
深まる闇の連鎖が世界を脅かす中、アルトは剣を握りしめ、決意を新たにした。
「俺は絶対に、魔王になんかならない……世界を闇から救ってみせる。」
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