第35話 闇の裂け目
扉が開いた瞬間、優子は深い闇の中へと吸い込まれる感覚に襲われた。足元はどこまでも沈んでいきそうで、目の前には何も見えない。
「ここは……どこなの……?」
震える声が闇に消える。その答えを返してくれる者は誰もいないようだった。だが、優子がふと足元を見ると、赤黒い液体がじわりと広がり、彼女の足をゆっくりと浸していくのが見えた。
「何これ……血……?」
優子は恐怖で足を動かそうとしたが、その液体はまるで生きているかのように彼女を捉え、逃れることを許さなかった。動けないままの彼女の耳に、遠くからささやき声が聞こえてくる。
「思い出せ……」
声は低く、不気味で、けれどどこか彼女にとって馴染み深いもののように感じた。その声が頭の中で何度も反響するたび、優子の視界には過去の断片的な映像が浮かび上がった。
小学校時代の教室
優子は机の上に顔を伏せて泣いている。周囲には笑い声が響き渡り、誰かが彼女の机を蹴っている。
「泣き虫優子!泣いても誰も助けてくれないよ!」
優子は顔を上げようとするが、その先には誰の顔もはっきりと見えない。ただ、ひとりの子どもの影が笑いながら彼女に向かって何かを投げつけてくる。その瞬間、映像がかき消され、また闇に戻った。
「もっと見ろ……」
再び声が響く。次に浮かび上がったのは、優子が高校を辞めた日だった。両親にすがりつき、「学校に行きたくない」と泣き叫んでいる彼女の姿。その隣で、母親が厳しい声で彼女を叱りつけている。
「逃げてばかりじゃ何も変わらない!どうしてこんな弱い子になったの!」
「違う、違うの……!」
優子はその映像に向かって叫び声を上げたが、過去の記憶は止まることなく流れ続けた。
「全て、お前のせいだ。」
その言葉が、次第に佐藤の声と重なり、彼女の頭を締め付けるように響く。
現実に引き戻された優子は、再び目の前の闇を見つめた。その中から、一人の人影がゆっくりと現れる。それは佐藤だった。だが、佐藤の顔はこれまでの彼の表情とはまるで違っていた。口元には不気味な笑みを浮かべ、その目は何かを知っているように優子を見つめている。
「佐藤さん……どうして……?」
震える声で問いかけると、佐藤は冷たく笑った。
「どうして?それは君が一番よく知っているんじゃないか?」
「私が……?」
優子は必死に記憶を探るが、それでも何も思い出せない。彼女の混乱に気づいたかのように、佐藤はさらに一歩近づいてきた。
「君はずっと逃げてきた。過去からも、罪からも。だけど、それももう終わりだ。」
「……何のこと?私が何をしたっていうの?」
その問いに佐藤は笑みを深め、彼女の耳元でささやくように言った。
「君が見たくない真実は、すべてここにある。」
そう言いながら、佐藤は彼女の足元に置かれた箱を指さした。その箱は、まるで彼女を待ち構えていたかのように、彼女の視界に突然現れていた。
優子は恐る恐るその箱を拾い上げ、蓋を開けた。中に入っていたのは、彼女が決して見たくなかったものだった――モモの最後の姿を映した写真だった。
写真の中のモモは、血だらけで倒れている。その隣には、優子自身の姿が写り込んでいた。
「……嘘……こんなはずじゃ……!」
優子は写真を床に叩きつけ、顔を覆った。だが、佐藤の冷たい笑い声が止むことはなかった。
「これは君の記憶だ。隠そうとしても無駄だよ。全部、君がやったことだ。」
「違う、違う……!」
優子は頭を抱え、叫び声を上げた。だが、その声はどこにも届かず、ただ闇に吸い込まれるだけだった。
その後、佐藤の姿は徐々に闇に溶け込むように消えていった。だが、優子の手にはまだ写真が握られていた。それを見つめるたび、彼女の中に罪悪感と恐怖が渦巻いていく。
「私は……何を……?」
優子の目から涙がこぼれる。その涙は、やがて血のように赤く染まり、彼女の顔を伝って床に落ちていった。
遠くで、またあの声が響く。
「これが、君の選んだ道だ。」
優子の心に闇が広がり、希望の光は完全にかき消されていった。
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