第20話 絡まったステップで

「一緒に踊るのはいいけど、フォークダンスなんて踊ったことないんだよな、俺」


 林間学校のキャンプファイヤーは強制参加だが、ダンスを踊るかどうかは任意だ。

 前世でもそんな感じだったのを思い出す。

 まあ、前世じゃそもそも踊る相手がいなかったんだがな。


 しかしリア充どもに恨みがましい視線を向けていたのが一転、今世じゃそういうイベントに恵まれてるんだから人生わからんよな。

 死因がNTRゲーをプレイさせられて脳破壊からの憤死という末代までの恥なことを除けば、悪くないんじゃないか。

 いや、マイナスがデカすぎるしそもそも俺が末代だったわ。ははは。


「なに、緊張してんの?」

「そりゃするだろ、初めてなんだから」

「……ふーん、あんたの初めての相手があたしってわけね」

「なんだその誤解を招きそうな発言は」


 確かに女の子と手を繋いで踊るなんて経験は人生で一度目でも二度目でも初めてだけどさ。

 なんとなく千夏の言い方が恣意的というか、意図的に強調して言ってるように聞こえたのは気のせいだろうか。

 ……あんまり自意識過剰でも気持ち悪いからな、気のせいだってことにしておこう。


「ダンスなんて周りに合わせてノリで踊っとけば大体どうにかなるわよ」

「周り見ながらお前も見なきゃいけないのか、忙しないな」

「ええ、そうよ。あたしから片時も目を離さないでちょうだい。リードはしてあげるから」


 ふふん、と得意げに千夏は鼻を鳴らした。

 こういうときはこいつの自信家なところが頼もしく見えるな。

 そういや、原作でフォークダンスを踊っていたのも一季と千夏だったか。


 その傍らで京介はただ、見たこともないような蕩けた顔をしている千夏のことを、指を咥えて見ているだけというシナリオだ。

 人の心とかねえのか。

 なんでこう細かい仕草でじっくりと人の脳を破壊してきやがるんだこの製作陣は。


「どうしたの、キョースケ?」

「いや、ちょっと思い出し怒りがな」

「……ふーん、あたしと踊るってときに、あたし以外のこと考えてたんだ」

「ごめんって」


 じとっとした目を向けてくる千夏を宥めながら、俺たちは手を繋いで、煌々と燃え盛るキャンプファイヤーへと近づいていく。

 柄にもなく緊張していた。

 舞台に登るべきは本来俺じゃないっていうのもあるし、なによりも。


「……ねえ、キョースケ。キョースケはさ、嬉しい?」

「なにが」

「それ女の子に言わせるの? 察しなさいよ、バカ」

「……そりゃ嬉しいさ」


 どことなく艶っぽい流し目を千夏に向けられているのがこそばゆい。

 その、熱を帯びた視線を向けられることにそもそも慣れていないから。

 例えこれが一時の盛り上がりによる吊り橋効果と似たようなものなのだとしても、前世じゃただの哀しき社畜でオタクくんだった俺は、青春というものに耐性がないのだ。


「……あたしもよ。さぁ、踊りましょ!」


 音楽がかかるのに合わせて、千夏は俺と繋いだ手を引いてステップを踏む。

 本当にリードしてくれているようだ。

 あとは千夏との目配せや、周りを盗み見ながら、硬い動きでそれっぽいことをする。


 周りから見たら失笑ものの、絡み合ったステップ。

 それでも今この世界の中心は、この蒼い惑星をディスコにして、月のミラーボールと炎の照明に映し出されているのは、俺たちの影だけなのだという不思議な錯覚があった。

 こんな思い上がりを本当のことだと思えてしまうのが、信じてしまうのがきっと青春の二文字が持つ魔力というやつなのだろう。


「あっはは! 本当にヘッタクソね!」

「悪かったな、これでも精一杯やってんだよ!」

「あは……そうね、一生懸命やってるのはわかるわ。だからあたしが、リードしてあげないと、ね!」


 一季と違って、魅惑のダンスで千夏の心を溶かすような真似は俺にはできない。

 だから、引っ張られるままに、導かれるままに、気ままで気性が激しくて、泣くときだって火がついたようなお姫様についていくのが精一杯だ。

 それをわかっていて、千夏は心から楽しそうに笑っている。


 原作とはまるで違う、憑き物が落ちたような笑顔。

 原作とはまるで違う、情けないダンスの相手。

 なにもかも、知っているものとは違うはずの今という時間が、そこで得られたものや見られた全てが愛おしい。


 そう思うのはきっと、俺もまたキャンプファイヤーの熱に当てられて浮かれているからだろうか。

 おかしいな、いつかは手放さなきゃいけないものだから、いつかは離れていくものだと知っているから、俺はただ真っ当に、一人でも後悔しないような生き方を選んだだけなのに。

 今は、手放したくない。


 じわり、と瞳の奥に熱が滲んで、鼻の頭に塩辛いものが込み上げてきたような気がした。

 孤独じゃないことがこんなにも嬉しいなんて、知らなかったから。

 孤独でいようと願っているはずなのに、いつかまた孤独に戻ってしまうのが怖いから。


 そんな、どっちつかずで情けなくて、不甲斐ない俺だとしても。


 千夏は、笑って手を取ってくれるのか?


 問いかけるように、くるりと回る千夏の瞳を覗き込む。

 答えなんて、最初から決まっていた。

 瞳が物語る。俺がなによりも知っているその言葉を。


 ──バカね、と。


「なに泣きそうな顔してんのよ、そんな要素あった?」

「うっさいな、気のせいだ気のせい」

「ふふん、あたしと踊れて感動しちゃった?」

「……そういうことにしといてやるよ」

「ふんっ、素直じゃないわね」

「お前にだけは言われたくない!」

「なんですって!?」


 もー、とツインテールを逆立てて今度は怒りを露わにする千夏の表情は、さながら万華鏡だ。

 くるくると回る。くるくると変わる。

 それでも、綺麗なことには変わりない。


 キャンプファイヤーについての噂を思い出す。

 どこの学校にもあるような、そこら中の物語で使い潰されたような、陳腐でありふれた伝説のことを。

 ──キャンプファイヤーの前で踊ったカップルは、一生結ばれるんだったよな。


 残念なことに俺と千夏はカップルじゃない。

 だから、結ばれるなんて気が早いどころか自意識過剰もいいところだ。

 それでも──その願いが、友情にも適用されるなら、俺は神様を信じたっていいと、そう思った。


 千夏だけじゃない。

 小春とも、秋穂とも、真冬とも。

 俺はずっと一緒にいたいと、今は本心からそう思えるから。


 だから、願いをかけるのだ。

 八百万はいるらしいこの国の神様の誰かに。

 そうじゃなければ、銀盤のように輝く夜空の星々と、それを照らす文明の火に。

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