アラサー聖女は帰りたい

紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中

異世界に召喚された件

 皆様こんにちは、高坂こうさかみのりです。OLです。仕事帰りです。


 あ、なんで説明口調なんだって思いました? すみません、今めちゃくちゃ混乱してまして、状況整理の為にも回想中なんです。うん、落ち着け自分、誰よ皆様って。


「お待ちしておりました聖女様、世界をお救い下さい!」


 ん-、おかしいおかしい……。だって私、買い物帰りだったはず。


 レジ袋を提げて信号待ちしてたところで、クラっと立ち眩みが起こったのは覚えてる。

 やだなぁ貧血かなぁとか思いながら目を開けたらすでに異世界召喚は完了してたとか、ちょっと導入が雑すぎやしませんかねぇ。


「聖女様!」


 さっきから話しかけてきてるこの人とか、明らかに神官っぽい服着てるし。

 聖女って誰? わたし? 他に誰かそれっぽい人が居れば、まだ「気のせいかなー」で済ませられたのだけど、残念な事にこの地下室っぽい儀式場には彼と私の二人だけだ。これ以上考え込むふりをして無視し続けるのも心理的にちょっとキツい。


「え、えぇと……」


 ようやく薄目からまぶたを開けて、眼下の青年を観察する。

 なんとなく見えてはいたけどめちゃくちゃ美形だ。アニメばりの水色の髪に聖職者みたいな帽子をかぶっていて、黒ぶちの眼鏡が知的な感じ。そんでもって、白いローブが汚れるのもお構いなしに跪いている。

 彼は、私がようやく反応したことに感激したようで金無垢の瞳をキラキラと輝かせた。


「おぉ、聖女様!」


 聖女様botか。思わずツッコミたくなる気持ちをグッと呑み込み、話を聞く。


 まとめるとこうだ。ヘクターと名乗った青年は思った通りこの国の神官で、この世界はそれっぽい危機に陥っていて、それっぽい魔王の手から人々を救うために、異世界から聖女をそれっぽく召喚したのだとか。


 またまた御冗談を。と、笑ったら魔法を見せてくれた。それを見た私は真顔で3回は壁に頭を打ち付けた。それも回復魔法で治してくれたけど、頭は別の意味で痛かった。

 まぁあれだ、設定がベタすぎるとかそういうのは置いといて、


「困ります! 私、聖女ってガラじゃないし……それに、その……」

「何か問題でも?」

「……そういうヒロインを名乗るには、もう結構いい年齢だし……」


 アラサー聖女って、響きがなんかもうやばい。

 あっ、もしかして、隣で信号待ちしてた大人しそうな女子高生と間違えたとか?

 ですよねー、どう考えてもこんなレジ袋からネギ生やしたOLより、美少女JKの方が映えるもんねー、アハハ……、ハハ……、はぁ。


「正直、もっと可愛い子の方がよくないですか……」


 聖女ってことは否が応でも注目を集めるのだろう。民からの期待を一身に集めるのなら、それなりに整った容姿が必要とされるはずだ。ガッカリされるのも嫌だし、私じゃなくても良いのなら……。

 一人で勝手にネガティブ思考に陥っていた私だけど、ヘクターは何の迷いもないまっすぐな視線で言い切った。


「いいえ! ミノリ様は美しい御方です!」

「へぁ!?」


 予想外の発言に、思わずのけ反ってヘンな声が出てしまう。ここまでドストレートに褒められる事なんて現代日本じゃまず無いから、カァァーっと熱が頬に集まる。

 何も言えずにいると、ヘクターはどこかうっとりとした眼差しのまま、こちらを一心に見上げて来た。


「幼い頃より思い描いていた何万倍もの神々しさです、ずっと貴女様をお待ちしておりました……あぁ、なんてお美しい……」

「え、えぇぇ……」


 これ、褒められてるというよりは、なんていうかその……崇拝されてない?


「貴女様が現れた瞬間から、わたくしの世界は光り輝き始めました。これまでの人生など無彩色も同然だったのです」


 うっすらと涙がにじむ狂信的まなざしで見つめられ、私の腕にぶわぁと鳥肌が立つ。

 こ……怖い怖い怖い! 美形だけどなんかヘンだよこの人!


「ああ、この感動を何かにしたためなければ! 文……そう、ミノリ様を崇める聖典の序文として――」

「いやでもっ、ホントむりなんです! 魔王になんてとてもじゃないけど立ち向かえませんっ!」


 ンな恥ずかしいもんしたためるのはやめろ!と、思いながら叫ぶと、ヘクターは笑顔のままで静止した。なんだ、次は何が飛び出すんだ。


「それは、怖いからですか?」

「う、うん」

「でしたらご安心ください! すでにこちらに下処理を終えた魔王が」

「いや下処理って料理じゃないん――ラスボスぅぅぅ!!」


 いい笑顔を浮かべたヘクターが手を軽く振り降ろすと、空中から赤黒いツノを付けた男性が現れてドサッと床に叩きつけられた。

 魔王(?)は、手足をグルグル巻きにされて昏倒しているようだ。こちらも相当な美形なんだろうけど、白目を剥いて口を「ぱかっ」と開けているもんだから二枚目『半』感が凄まじい。

 私はもう状況に頭が付いていかなくて、クラクラとしながら尋ねる。


「え、なんで魔王……この人を倒しに行くんじゃないの?」

「万に一つでもミノリ様が傷つくことがあっては困りますからね、前もって服従させておけば安心でしょう!」

「ねぇ、それさ、聖女要るのかな……本当に必要かな……」


 もうここで完結してるやん。物語が始まる前からエンドロール流れてるやん。

 思わず脳内で下手な関西弁になっていると、ヘクターは超いい笑顔のまま魔王を小突いた。


「もちろん必要ですとも! 彼には聖女様の輝かしい未来への踏み台となって貰いましょう!」

「誰が踏み台だぁぁ!! ぐぇ」


 ガバッと起き上がった魔王が、縛られていることに気づかずバランスを崩してゴチンと顎を床にぶつけた。うわ、痛そう。


「おい、おいこら! 何があった!? ここはどこだ! お前らは誰だ!」


 まるで芋虫のようにもぞもぞとのたうちまわる姿に、私は同情を禁じ得なかった。っていうか、異世界に来て5分で簀巻きにされる魔王を見せられてるって何事よ。

 魔王からの問いかけを完全にスルーして、神官は私のプロデュース案を嬉々として挙げ連ねた。


「魔王ヴロンを華麗に倒し浄化した暁には、魔王城を『ミノリの塔』として改装・聖地化し、全国各地にミノリ像を建立いたします。そしてゆくゆくは永久女神として奉るのです!」

「やめて恥ずかしい」

「無視してんじゃねー!!」


 思わず素で呟いた私に被せるように、魔王ヴロンからのツッコミが入る。彼は深紅の長髪を振りたくりながら叫んだ。


「思い出したぞ、貴様いきなり俺様の寝室に殴りこんできた奴だな!? 盤石の警備の中、どうやってあそこまで入ってきた!」

「あぁそれは、四天王である土属性ノームさんに連絡を取りまして、直通の回路を敷いて貰ったんですよ。すでに魔王城はわたくしの庭みたいなもの、ほぼ別荘ですね」

「べっ……!? いや待て! なんでお前がノームの連絡先知ってんだ!? 俺様も知らないのに!」


 知らないんだ。業務連絡とかどうしてるんだろう。


「地元のパン作り教室で意気投合したんですよ」


 パン作りて。


「あいつパン捏ねんの!? 自分がパンみたいな見た目してるくせに!?」

「あー、そういう事いっちゃうところがマジ無理って愚痴こぼしてましたねー」

「チクショー!! あいつ絞める!」


 ……なんだろう、この世界、放っておいても平和な気がしてきた。


「あのー、私そろそろおいとましたいなー、なんて」


 魔王ヴロンが四天王はおろか魔王軍全体からもハブられてると明らかになった辺りで(なんでそんな人望ないの?)私は愛想笑いを浮かべながら小さく挙手をした。勢いよくこちらを振り向いたヘクターが両手をパチンと合わせる。


「そうですね、お待たせ致しました! それでは早速、聖女ミノリ様の盛大なるお披露目パーティーを開き、いよいよ全国行脚を――」

「いや、しないから」


 反射的にツッコむと、暴走神官は「?」と頭の上にでも浮かんでいそうな顔で首を傾げた。なにその無垢な表情。

 私は、言い負かされて背中を丸めてシクシクと泣いている魔王を指しながら言った。


「だって魔王そこに居るじゃん、平和になってるんじゃ……私が旅に出たとして、いったい何と戦うの?」

「……」


 そもそも、倒すとか倒されるとか、そんな血なまぐさい話はゴメンなのだ。せっかく敵の大ボスがここにいるんだから、後は勝手に話し合って平和的解決を目指してくれればいい。

 まっとうな事を言ったとばかり思った私が、論破どころか決定的に口を滑らせたと気づいたのは、この30秒後だった。目を瞬いた神官は手をポンと叩く。


「なるほど、確かに」

「でしょ?」


 だから元の世界へ返して――と、言いかけたところで、ヘクターは自分の帽子をパッと取り上げた。何をするのかと聞く前に、しゃがんだ彼はその聖帽を魔王の頭にぽすっと乗せる。


「ちょっ、熱い! 聖防具乗せんな!」

「ヘクター?」


 返事の代わりに、魔王の立派なツノに手をかけた彼は――勢いをつけてそれをもぎとった。


「ぎゃあああ!!?」

「わぁぁぁ!!? なっ、取れるのそれ!?」

「俺様も知らん!!」


 何!? どういうこと!? と、混乱する中、くるっと踊る様に一回転したヘクターは、そのツノを自分の頭につけて晴れやかに笑った。


「わかりました! ならばわたくしが魔王を継いでイベントを設置して参ります!」

「は?」

「はぁっ!?」


 ベタな物語りから一転、大暴投をブッこんできたヘクターは、まったくブレない心酔しきった表情でこう告げた。


「なるほど、それならばミノリ様の輝かしい軌跡の礎になれる! 今ようやく分かりました! わたくしの産まれてきた意味はそれだったのですね、天命です!!」


 あっけに取られる私たちなどお構いなく、新生魔王は元気よく宣言をした。


「それではこのヘクター、不肖ながら魔王を務めさせて頂きます! ミノリ様はご安心して魔王城までお越し下さいますよう!!!」


 できない! 何一つ安心できない!!


「そうと決まれば計画の練り直しが必要か……効率を考えると各地に散らばっている魔族の再編成を……毒……疫病……」


 ウェイウェイウェイッ!! なんか物騒な単語が聞こえる! なんで!? どうしてそうなった!?


「ちょっと待――」


 手を伸ばしかけたその先で、彼の足元に魔法陣が出現する。透けていく神官は私を見やり、恍惚の笑みを浮かべた。


「最期は貴女様の手によって討ち取られる……ああ、なんと甘美な。わたくしは最期のその一瞬まで貴女様を見つめ続けると誓いましょう。それではお待ちしておりますよ、聖女ミノリ」


 掴もうとした手が空を掻く。バランスを崩し、何とか踏ん張って顔を上げた時にはもう、彼の姿は消えていた。

 や、やばい、本気だ……あの目は、何がなんでもやりとげるって顔だった。


「ど、どうしよう。あの人、下手な魔王より極悪な計画立ててるんじゃ……私のせいだ……」

「知らん……もう俺様しらん……みんな嫌いだ……」


 ツノをもぎとられた魔王ヴロンはぐすぐすと泣き続けている。

 キュッと眉を吊り上げた私は、彼を拘束する縄を躍起になってほどいた。うろんな顔つきでこちらを仰ぐ彼に向かって手を差し伸べる。


「立って! しっかりしてよ! 魔王の立場を奪われたままでいいの!?」

「……」


 ヘクターが居なくなった今、帰る手段は分からなくなった。お偉いさんに説明したところで『魔王と神官が入れ替わりました』なんて荒唐無稽な話、誰が信じるだろうか。仮に話を聞いてくれたとしても、ヘクターを(言葉の取り違えとは言え)焚きつけたのが私だとバレたら……うわぁぁ!!


「こんな事情を知ってるのはあなたと私だけしか居ないんだから!」

「俺様と……お前だけ?」


 そうだ、『ヘクター被害者の会』として、私と彼の目的は一致しているはず。


「私はもう、あなたしか頼れないのよ!」


 涙目で訴えると、こちらを見上げていた彼の頬がポッと赤くなる。立ち上がった彼は、無駄にカッコつけて前髪をかき上げた。


「ふ、フン。そういうことならば仕方あるまい、魔王としてここまでコケにされて黙っているわけにはいかないからな。勘違いするなよ女、俺様は仕方なく――」

「今ならまだ近くにいるかも、行くわよ!」

「聞けや!」


 かくして、異世界に召喚された聖女ミノリ(仮)の、旅は始まったのである。



 ……なんて、綺麗にまとめようとしてるけど、この先ほんっと~~に、色んなトラブルが待ち受けていた。


 レジ袋に入れていた1本98円のネギが、いつの間にか『聖女の杖』として、とんでもない魔力が付与されていたり(振り降ろしたら地面が割れた)


 ヴロンは魔王のクセして、ゆく先々で魔族からケンカ売られてるし(これに関しては人間の私が横に居るからっていうのもある)


 何より、ヘクターがふらりと町や村に現れてはシャレにならない悪事を働き、私がそれを仕方なく阻止する事で知名度がどんどん上がっていっちゃうし……。


 もうこれ、完全なるマッチポンプじゃない!


 ごめんなさいごめんなさい。私ほんと、聖女なんかじゃ無いんです!

 自分でやらかしたことの後始末つけてるだけであって……崇めるな! 姿絵とか描かなくていいからっ……「なぜ俺様が人助けを」とか言ってないで、助けてよヴロン!


 あーもうっ、こうなりゃヤケだ!


 さっさとヘクターを捕まえて、元の世界に戻ってやるんだから!



 おわり…?


+++


最後までお読みいただきありがとうございました。

この作品は現在、カクヨムコンテスト10【短編】に参加中です。

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アラサー聖女は帰りたい 紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中 @tana_any

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