第25話 化粧する女

 帰ってから俺はロージーとバドルとラナド、ついでにポーターにも“君を美しくするもの”をリュープで弾いて歌って見せた。アンヘンは昼休憩に入ってもらったのでいない。

 そういえば、前世の話をする前に一旦この曲の所感を聞きたいと思ったからだ。この国で楽譜に出来るのかどうか。


「以前弾いていたものですよね。聴き慣れない調子というか…どこの言葉です?」

 ロージーがバドルに尋ねるように視線をやったが、バドルは首を左右に振った。

「…私にもわかりません」

「師匠にもわからないというと、東洋の国でしょうか」

「まぁ、それは一旦置いといて、どう思った?私は良い曲だと思うんだけど」


 俺が気になっているのはこの国の人に受け入れられるのかどうかだ。馴染みが無さすぎるとなると、プールに入る時足から水をパシャパシャかけて慣らすように、クラシックっぽい曲から徐々にポップスっぽくしていく方がいいかもしれないので。


「とても甘美な旋律です、良いと思います。しかし…やはり歌はこちらの言葉に訳さないと楽譜を売るのは厳しいかと」

「訳せるかな?大体の意味はわかるんだけど」

「少々難しいですが、今までも外国語の歌はこちらの言葉に直して歌ったりしていましたから。お時間は頂きたいですがやれないことはないかと」

 バドルが頼もしい。バドルはこの国の近隣諸国の言葉は数か国語話せるらしい。書くのは難しいらしいが。絶対どっか良家の出身だよな……。

「師匠程ではありませんが俺も手伝えるとは思います」

「私も!私も手伝わせてくださいいとし子…アマデウス様!!」


 ラナドが顔を紅潮させて元気よくハイ!と手を挙げた。元気だな…アラサーだけど多分俺より体力ある。

 この曲を訳してもらって上手くいったら、俺が弾けるピアノ曲や前世の名曲もどんどん楽譜にして売っていきたいと思っている。色々考えている野望の為に資金はあればあるだけ安心なのだ。


 曲をどんどん出すとなると、一番の協力者達には前世のことをある程度開示しなければならないと思う。

 でも大きな声じゃ言えないことだから、知らせる人員は絞りたい。頭がおかしくなったと思われても仕方ないことを打ち明けるのだ。ロージーとバドルには話すとしても……

 ラナドは俺の専属楽師じゃない。しかし人柄と音楽馬鹿振りは信用できるしこれまでも色々と協力してもらった…うーん、迷うところだ。


「アマデウス様、外国語の歌詞を訳すのには御力になれますぞ! 老師はともかくロージーは平民ですので貴族が好む言い回しには不慣れです。貴族に売る楽譜ですから私の語彙がお役に立つかと」

「ちょ、ちょっとラナド様、俺の座を奪おうとしないでください!」

「ええい早いもの勝ちだ!」

 いや早い者勝ちじゃないが。

「うーん…じゃぁ、皆に一回それぞれ歌詞を書いて来てもらおうかな…?」


 俺は急いで楽譜を書き、英語の歌詞をこちらの文字でざっくり書いたものとこちらの言語で訳した歌詞を書き込む。直訳なのでこれだけでは歌にならない。それを歌えるように言葉を組み立ててきてもらうのだ。


「一番ぴったりの歌を組み立てた者の歌詞が採用、ということですかな?」

 目を爛々とさせたラナドが言う。真面目な顔のロージー、興味深そうなバドルが顔を突き合わせて書き上げた一枚の楽譜を見ている。

「まぁ、そうかな。それか皆の書いた歌詞で良い所は組み合わせるとかかな…歌詞担当者には売り上げの何割かを分けるようにして…」

 俺は三人に渡す為に大急ぎでザクザクと同じものを二枚書く。

「婦女子にうけそうですね、流石です」

「う…恋歌か…いや、俺だって…」

「ふむ…」

 三人三様に考え始めた。するとロージーとラナドが同じタイミングで少し眉を寄せた。バドルは驚いたように眉を上げていた。何だ?

「何かわからないところがありました?」

「いえ、あの…」

 え、いつも淀みなくペラペラ喋るラナドが言いにくそうにしてるの何?こわっ。


「…“化粧なんていらない、素顔のままでいい”という歌詞は当り前過ぎて不自然と申しますか。唐突に出てくるというか…化粧という単語は削っても?」


「ーーーー――……化粧という単語を削る?」


 不自然?唐突?

 ラナドが何を言っているかよくわからなくて首を傾げると、バドルもロージーも少し困ったような、何と言っていいか迷っているような顔で黙っていた。

 ……化粧が……不自然…?


 ――――――――――――――待てよ。


 ちょっと待って。


 俺、また何か気付いてなかったことが……


「…化粧って、普通…しないものなの…?」



 もしかして。

 今まで会った女性で――――――――――…………?



「…普段からアマデウス様は女性に化粧を勧めているのですか?最低ですね」

 黙って後ろに控えてたポーターが不愉快そうに言った。

「化粧をしている女性を不自然に思わないということは、そういう女性と深いお付き合いがあるということでしょう? やはりそういう人だったんですね貴方は。…不潔な。その年齢で娼婦通いだなんて」

「ポーター!口を慎め」

 ラナドがポーターを咎める。俺は突然向けられたポーターからの強い軽蔑の眼差しに面食らっていた。


 何だ?何で娼婦通いとかいう話が出てきたんだ??


「だってそうでしょう、つまりは。汚らわしい娼婦達と付き合いが深いからそういう、」

「……け、汚らわしいとかいうのやめなよ、人間を」

 まだ頭が回ってなかったけど反射的にそう言った。ポーターはカチンときたようで口を開こうとして、

「話を逸らさ…!?っ…」

「黙れ」

 ロージーがポーターの胸元を乱暴に掴んでいた。

 周りは皆ぎょっとして固まった。ロージーがこれ以上ないくらい怒りを湛えた顔で言う。


「化粧をするのは確かに娼婦や大道芸人くらいだな。その汚らわしい女達と、俺は一緒に旅をしたこともあるし何度も助けてもらったよ。まぁ酷い目に合わされそうになったことだってあったがな」


 あぁ、ロージーが語る旅の話にはたまに旅芸人の一座が出てきたな。小さなサーカス団みたいなイメージだった。ぼかされてたけど娼婦っぽいお姉さんやら女将さんが出てきたこともあった…

 って暢気にそんなこと思い出している場合ではない。


「その商売女達を粗雑に扱うのは決まっててめえみたいな下級貴族の坊だったよ、女に世話になっといて汚らわしい娼婦って見下して。化粧で誤魔化した不細工女どもがって言ってな。貧民街の人間を鞭で打って楽しんでるのも、異国に売り飛ばすのも貴族のお仕事だと思ってたぜ俺は。平民で、売れるもんを売って生きて、化粧してるくらいでてめえらに汚らわしいなんて言われる筋合いはねえんだよ。…デウス様や伯爵様やラナド様が親切だから忘れてた。貴族ってのにはてめえみたいなクズ野郎もいるってことをな!!」

「お、おちおち落ち着いてロージー!タイム!!!」


 俺が落ち着いてない。タイムって言っても通じないよ。

 ポーターは俺にだったらともかくまさかロージーにここまで強く非難されるとは予想してなかったのだろう、ショックを受けた顔で固まっている。


「まぁ、ほら、ポーターがクズ野郎かどうかはまだ決まってないじゃん?!ロージーだって貴族全員クズって思ってた時期があったんでしょ?でも今はそう思ってないんでしょ?」

「…デウス様」

「ポーターだって意見を変えるかもしれないんだからさ…」

 流れで今のポーターは紛れもなくクズ野郎であるかのようなことを言ってしまったな…。

 ロージーは少し冷静な顔になって睨みつけながらもポーターから手を離した。

「…娼婦通いしたって、デウス様は女達に酷いことなんてしないってわかる。てめえよりよっぽどマシだ、人間として」

「…貴様…っ黙っていれば、無礼な!」


 固まってたポーターが起動してカッと赤くなって怒った。

 待って、俺が娼婦通いしてる前提で話を進めないで!? 通ってないんですけど??


「先に主に無礼を働いたのはポーター! 君でしょう」

 ラナドがぴしゃりとポーターを叱った。ポーターが気まずそうに俯く。ラナドは普段はしゃいでいることが多いから忘れてたけどちゃんと大人だったんだな…意外な所で頼りになってびっくりだよ…。


「独身の主が娼婦を買っていたからといって、侍従がそれを責める正当な理由などありません。アマデウス様が寛容だからといってさっきの態度は何ですか」

「………申し訳ありません…」

「…ロージー。貴方も、言葉が過ぎますよ。謝罪なさい」

 バドルがロージーを静かに窘めた。

「師匠…。はい。………申し訳ありませんでした」

「――――ま、まぁまぁ。そうだね、良くなかったね…私も紛らわしいことを言ってしまったみたいだからごめんなさい!ハイ!おしまい!!あと私はまだ娼婦を買ったことはありません!!!!!!」


 ぱんぱんと手を叩いて重い空気を霧散させようとしたが難しかった。

 思わぬ揉め事が起きたのでひとまず解散した。歌詞はそれぞれが書いて来てくれるのを待つということで。


 俺はこの日この出来事で、この世界での化粧というものの意義を知り。

 ―――――美醜の謎の解明にまた一歩近づいたと知った。

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