第17話 シレンツィオの憤懣


「もうすっっっっっかり入れ込んどるではないかァ!!!!!」


 少女が退室して数分沈黙していた二人のうち、レアーレが大きな声を出して机を叩いた。

「落ち着いてくれ、レアーレ」

「お前は落ち着き過ぎだ!!娘が心配ではないのか!?」

 ダンダンと机を叩く義兄に、ティーレは眉間に皺を寄せる。


「どうしたものかと考えているところだ」

「一度会って話しただけで、惚れてしまっているとは…好印象だろうとは思っていたが、警戒心が強いあの子が」

「仕方がないだろう、素顔の状態で同世代と交流出来たのが初めてなのだぞ」

「あれだ、タンタシオ公爵の息子とは話せたのではなかったのか?あちらは嫡男だから諦めたが…」

「話せたといっても、挨拶を交わしてほんの少し会話をしただけで限界だったのだ。今にも卒倒しそうな顔色だったのですぐに切り上げた。ユリウス殿下に至っては…」

「あ―――…泣いて漏らして大変だったな、あの時は……」


 レアーレが溜息をついて背もたれに体を預けずるずると姿勢を崩した。

「……得難い令息だが、いかんせん不安要素が多い」

「貴殿もそう思うか」

「大急ぎで調べてきた。情報を擦り合わせようか」

 レアーレの侍従が薄い板を差し出した。取り急ぎ集めた情報が書いてある。


「演奏の腕が天才的とのことで、令嬢達の人気が高い。外見もなかなか発達の良い美男子だし、明るく人当たりも非常に良い…少々変わり者だとも言われているが…貴族院入学試験の成績も手に入れたが、まあまあだ。これだけなら文句なしなのだが」

「…昨年に、メイドが二人解雇された件か」

「そうだ。表向き、メイドが誘惑して無理矢理迫ったとのことで内密に処理されているが、こんなものは令息が部屋に連れ込もうとして抵抗されたからクビにしたと相場が決まっている。一口に女誑しといっても、紳士的かそうでないかで大きく違う。貴族の間に悪い噂はないが、見えないところで素行が悪いということだろう、悪賢いぞ」

「しかし、スカルラット伯爵がそんな所業を許すとは思えんのだがな」

「あぁ、ティーグ・スカルラットか…人格者として知られた男だったが、流石に子には甘いということだろう」

「アマデウスはティーグの実子ではない」

「え?」

「…ロッソ男爵家からの養子だ」

「――――は?実子で息子がいたはずでは?」

「一つ下にな。お披露目の時に目をつけて養子に迎えたそうだ…元々はロッソ男爵家の第二夫人の子だ」

「は?……まさか」

「アマリリス・アロガンテの息子だ」

 レアーレは驚いた顔でしばし固まった。

「…アロガンテ公爵令嬢か!あの女の息子!?」


 アロガンテ公爵令嬢アマリリスは、今のアマデウスの親世代の貴族ならば知らない者のいない令嬢だった。


 美しく華やかだったが冷酷で、先代の王太子――現・国王陛下―ーーの婚約者の座を二人の侯爵令嬢と争い、一人を心の病に、一人を命を落とす寸前まで追い詰めた。証拠はほとんど掴ませなかったが、最後の嫌がらせで侍女に裏切られて証言され、王族の婚約者候補の資格なしとされた。その後証拠はなくとも様々な証言が上がった結果、男爵家の第二夫人として嫁ぐという冷遇措置に落ち着いたのである。

 その嫌がらせで命を落としかけた侯爵令嬢が現王妃殿下だ。


「あの性悪女の息子だったなんて、ますます信用ならん!公爵家に息子を送り込んで何かしでかそうという魂胆ではないか。あの女、王妃殿下を逆恨みしているだろう」

「そう考えるのは自然だが…スカルラット伯爵がそんな悪巧みに力添えをするとは思えん。養子の素行不良を許すのもらしくない、アマリリスの影響など全く受けていないただの無害な令息である可能性もある」

「そんな訳あるかァ!!騙されているんだよ、お人好しのボンボンどもが!!」


 金持ちのボンボンであるのはレアーレも同様だが、レアーレは政略渦巻く中でこれまで地位を守ってきた自負があった。


「大体、あの子の素顔を見ながら庭園に連れ出して楽器を披露して口説いて見せるなんて、下心しかなかろう!怪しいことこの上ない、あの女の差し金だとしたら納得だ。そんなろくでなしを婿にしたらとんでもないことになるぞ!!」

 ダンダンと机を叩くレアーレをうるさそうに横目で見たティーレは溜息を吐いた。

「しかし…あの子が望んでいる」


 男二人は渋い顔で再び黙り込んだ。


 レアーレは渋い顔のまま呟く。

「……あの子は構わんと言っていたが、何人も愛人を囲われて平気な訳が無かろう。恋している相手なら尚更だ。結局あの子が苦しむことになる。誠実な男を慎重に選んだ方が良い」

「ほう、あの子の顔を見ても平気で、優しく笑いかけることも出来て、家柄も申し分ない誠実な貴公子か。貴殿が見つけてきて下さるのか?」


 皮肉気に口を歪ませたティーレに、レアーレはウッと呻いて目を伏せる。


「…あの子は、ジュスティーナの忘れ形見だ。幸せにしてやらねば妹が浮かばれん」


 ジュリエッタの母・ジュスティーナは産後の肥立ちが悪く、赤ん坊の娘の顔の痣の責任を感じ、娘の行く末を心配しながらこの世を去った。

 ジュリエッタの妹・ロレッタは後妻・ロレンツァの子で、後妻はジュリエッタを疎んじていた。後妻の影響を受けてロレッタも姉を疎んじている傾向がある。ジュリエッタと違い美しく育ったロレッタには縁談の心配はない。後妻はロレッタに婿養子を取らせて公爵位を継がせたいと考えている。公爵家全体がジュリエッタに婿が望めないかもしれないと思っているからだった。


 ジュスティーナの兄であるレアーレは姪のことをずっと気にかけていた。今回お茶会の翌日に駆けつけてきたのも、ジュリエッタの侍女の一人にレアーレが差し向けた者がいて報告が届いたからである。


 ティーレが呟くように溢す。

「しかし、貴殿も言っていただろう。アマデウスを逃して今後婿になれる貴公子が現れるかわからないと。…爵位も、好きな男と添う機会も、あの子から取り上げるのは、それこそ酷というものだ」

「……あ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 レアーレがぐしゃぐしゃと髪をかき乱して呻いた。


「わかった、いいだろう!!いざ婿に来てジュリエッタを悲しませるようなら私が直々に教育してやる!!覚悟していろよアマデウス!!!!」

「いや…まだ婚約も決まっていないからなレアーレ」


 一人盛り上がるレアーレを見てティーレ公爵は何度目かわからない溜息を吐いた。



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