第15話 噂の貴公子

 ジュリエッタ様の侍女がいそいそと近付いてきて彼女に目配せした。そういえば、お茶会もそろそろお開きの時間かもしれない。


「名残惜しいですがそろそろお暇しないといけない時間でしょうね」

「あ…そう、ですわね…」

 俺は楽器をアンヘン(ずっと目線がどっか行ってる)に預けて立ち上がった。

「私は一度会場に戻りますが、ジュリエッタ様は戻られますか?」

「…はい、カリーナ様が心配しておられるかもしれませんので、一度お会いしなくては…」

 ジュリエッタ様はベールをきっちりと被り直して、立ち上がった。


 皿やグラスはこういう場では使用人が片付けてくれるものなので置いていく。手が空いた俺は習ったことを思い出しながら、手を差し出した。

「よろしかったら」

 エスコート。

 ちゃんと習ったし義姉相手にはちょくちょくしているのだが、まだ慣れない。さりげなく出来ていたらいいな…

 俯きがちな顔から「あ、ありがとうございます…」という小さな声がして、恐る恐る白い手袋をした手が俺の手の上に重ねられた。


「私もアルフレド様達に挨拶しておきたいです、中途半端な別れ方をしてしまいましたから…」

「…申し訳ないことをしました、お三方の気分を悪くさせてしまって」

「え?あぁ、いえいえ、アルフレド様がお願いしたようなものですから向こうが申し訳なく思ってますよ。お気になさらず。…結果的に退散してしまいましたが、アルフレド様だけならあのままお話し出来ていたでしょうし、悪く思わないであげて下さい」

 アルフレド様だけ庇っておく。他の二人はいいだろ。

「悪くなど…アルフレド様は勇敢な方ですし、感謝していますわ」

「それは良かった…あ、いらっしゃいましたよ、カリーナ様」


 会場に戻ると、ざわりと空気が変わり注目された。見られてるな~。見られることには大分慣れたが。

 ヴェント侯爵令嬢カリーナ様と視線が合うと俺達の方へすごい早さで寄ってきた。走ってないのにすごい早かった、何だ今の。

「ジュリエッタ様!アマデウス様!まぁ…!今までお二人で…?」

 カリーナ様は目を輝かせてジュリエッタ様と俺を交互に見た。


 カリーナ嬢はオレンジの長い巻き髪を後ろの高い所でまとめている美少女だ。黒い瞳はこちらでは珍しい気がする。薄いそばかすとキリッとした眉で、ジュリエッタ様とも他の令嬢達ともコミュニケーションを気さくに取っていた。率先して仕切ってくれる体育会系リーダー女子っぽい。この女子に嫌われたら女子全員から総スカン食らうタイプな予感がする、気を付けよう。

 俺とジュリエッタ様を見てわくわくしてそうなところをみると、将来噂&お節介好きおばさんになるかもしれない。

 味方にいると心強いタイプだけどね。雑談している時ジュリエッタ様はカリーナ嬢の名前を何度か出していた。あまり同世代と交流出来ていないと言ってたが、カリーナ嬢というお友達はいるようで勝手に安心した。


「庭園でお話しさせて頂きました。ジュリエッタ様を独り占めしてしまいまして、申し訳ない」

「そっそんな、わたくしの方こそ、アマデウス様を…お引き留めしてしまいまして…」

「楽しかったです、またお話し致しましょう」

「は、はい!こ、こちらこそ、その、よろしくお願い致します…」

 手をそっと離して胸に当て、ジュリエッタ様とカリーナ様に目礼してから歩き出す。


 あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 ジュリエッタ様可愛かったな~~~~~~~~~!!!!!!

 どこか恥ずかし気で、初心な反応しかしない、男はこういうのに弱いんだよな……例え演技だとしても釣られてしまう、十代の男なんてイチコロだわ。多分。知らんけど。


 アルフレド様達と、リーベルトとリリーナには一言挨拶してから帰りたい。

 俺が通り過ぎると大人も子供もひそりひそりと何か言っている。ジュリエッタ様と噂になっちゃってるのかな、クラスメイトが男女二人でいつの間にかいなくなってたから あ、あいつら付き合ってんじゃねーの!? とキャッキャした高校生時代を思い出す。気恥ずかしいけどまぁ、皆すぐ別の話題に気が移るだろう。


 リーベルト達を見つけた。俺とリーベルトがアルフレド様達と話していた時は友達の令嬢と話していたリリーナもリーベルトと合流している。帰り支度を始める頃なのだろう。

「リーベルト、リリーナ、お疲れ様です」

「デウス!どこ行ってたんですか、さがしたけど全然見つからなくて心配しましたよ」

「アマデウス様!あの、……シレンツィオ公爵令嬢とどこかへ消えたってお聞きしましたが…本当ですの?」

「消えたって。一緒に庭園に行っただけですよ」

「えっ!?本当に!?」

「シレンツィオ公爵令嬢のお顔を見た後逃げたのではなくて?」

「逃げてませんよ!あぁ、ハイライン様が腰…ちょっと気分を悪くして退散なさいましたけど。そうだ、アルフレド様達を見ませんでした?」

「いえ…あ、それなら休憩室にいらっしゃるのかも」


 リーベルト達に挨拶して、休憩室の場所を案内係に聞き行ってみると簡易ベッドにハイライン様とペルーシュ様が横たわっていた。アルフレド様は近くに座っている。


「具合はいかがですか?」

「!アマデウス、戻ったか…無事か?」

 戦場に行ってきたみたいな感じで聞かれた。俺はずっと無事だが。

「私は大丈夫ですよ。アルフレド様は顔色が戻ったようですね、よかった」

「ジュリエッタ様はどうされた?」

「しばらくお話していましたがそろそろ時間ですから、お別れしてきましたよ。アルフレド様達のことを怒ってはいらっしゃらないようでしたから、安心してください」

「そうか…お前を連れて行って正解だった。礼を言わねば…」

「いえいえ、アルフレド様は悪くありませんとも」

 アルフレド様はね!

「う…アマデウス…」

「ハイライン様、もう少し休んでいた方がいいのでは」


 顔色がまだ少し悪いハイライン様とペルーシュ様が体を起こして座った。

 そのまま馬車に乗ったら酔って吐きそう。だがここはシレンツィオ公爵の城だし、お茶会が終わるのにあまり長居も出来ないか……

 お二人は望んで付いて来て大口叩いたのにこのザマなのだから反省した方がいいと思うが、こんなに具合が悪そうだと責めらんないな…悪気はなかったんだろうし。自信満々だったもん。


「アマデウス…私は、お前の事をずっと、信用ならない男だと思っていた」

 誰の声かと思ったらペルーシュ様だ。短めの濃い紅茶色の髪をかき上げ同じ色の瞳を伏せて、呟くように語り出した。クールな美少年が悩ましげにしているところ、令嬢達に見せたらめっちゃ喜びそう…とかいらんことを考えた。


「楽器と歌で婦女子を惑わせて楽しむ、軽薄でいけすかない男だと思っていた…… でも、今日わかった。お前が決して軽い気持ちではなく、心から女性という存在そのものを敬愛していることが。芯が強くなければ出来ないことだ。お前を尊敬する……」


 無口なペルーシュ様がこんなに長く話しているの初めて聞いたかも。12歳にしては低音のイケボである。

 いけすかないと思われてることは何となく知ってたけど。何か誤解されている、天性の女好き説が採用されとる。


 だからそういうんじゃないんだよなぁ~~~!

 でももうそういうことでいいか?!?


「そうだな…今回は私の負けだ…」

 ハイライン様も負けを認めた。何か知らんが勝った。

「アマデウス貴様…ジュリエッタ様が恐ろしくなかったのか?」

「……私には皆様が何故そんなに恐ろしく思うのかわかりません。少し人と違う所があるだけの、普通のご令嬢ではないですか」

 ほんとにわからん。どうすればわかるのやら。


 困ったように笑ってみせると、アルフレド様は満足げに微笑み、ペルーシュ様には尊敬するような目で見つめられ、ハイライン様にはドン引きみたいな顔をされた。


 アンヘンは特に今日の事には触れず、馬車に揺られながら俺はのんびりと寝てしまった。

 帰り着いてからいつも通り夕食を食べて風呂に入って、つつがなく就寝した。



 翌朝、セイジュとティーグ様が朝早くに突撃してくるとは知らずに。


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