第14話 別ルートに入るための分岐点になる選択肢
「なお」
フレデリク王が高らかに歌うような声で話を続ける。
「宰相カーティヤ伯アルベールの聖女アリスの教育が不十分であった罪について」
セシルの実父、アリスの養父の話だ。
「彼女の養育を申し出て三年間養育費と教育費を負担した功績と相殺し、今年一年間去年度の一割を減俸とすることで落着とする」
カーティヤ伯爵家はすでに巨万の富を築いているので、たった一割減俸になったくらいでは生活に支障は出ないだろう。これを機に罷免されるならばともかく、今の仕事が続けられるのであれば、無罪も同然だ。
「今後とも政務に励むように」
アルベールが「は」と返事をして礼をする姿勢を取った。
「その息子セシル」
名前を呼ばれて、思わずびくりと肩を震わせてしまった。
王の顔を見た。
目が合った。
彼は、なぜか、にやりと笑った。
「妹のしつけができなかったそなたの罪も重い」
「……は――」
「二週間の停学と謹慎を命じる。復学後は今まで以上に勉学に励むように」
罰があまりにも軽すぎる。
「以上、この件の裁きはこれにてしまいである。皆の者、下がれ」
場が騒然となった。
それを、王の護衛官が「静粛に! 静粛に!」と言ってコントロールしようとする。
だが誰も聞かない。
ややあって、痺れを切らした王が「下がれと言っておる!」と怒鳴った。
大人たちが混乱しながらも謁見の間を出ていき始めた。
謁見の間の中央で、恥も外聞もなく泣き喚くアリスが、衛兵たちにエルンストから引き剥がされている。エルンストは穏やかに微笑んでいるだけで何も言わず何もしない。
セシルはしばらくそんな二人の様子を見守っていた。
どう声を掛けたらいいのか、わからなかった。
これ以上王に食い下がるのは得策ではない。王に逆らって良いことはない。
でも、どうしても、受け入れがたい。
視界の端を、金の美しい巻き毛が通り過ぎようとした。それを見たセシルは、鬼の形相で振り返った。
美しい金髪の少女――ヴァルトラウトの、肩をつかむ。
「これで満足?」
セシルがそう問い掛けると、青い顔をしたヴァルトラウトの唇が震えた。
「キャラを破滅させたいんだったよね? 見事なざまぁだったね。僕と僕の父もおまけにつけてくれたんだ?」
原作を三回読んだセシルは、原作のカーティヤ親子がどうなるかもおぼえていた。実は、伯爵は宰相を辞めさせられ、息子のセシルは退学処分となる。それに比べるとこのたび与えられた罰はないも同然である。
「情状酌量をありがとう。アリスのいない学園生活を満喫する気にはならないけどね」
そんな嫌味を言ったセシルの顔が、よっぽど怖かったのだろう。ヴァルトラウトはぎこちなく首を横に振った。
「そんなつもりはなかったのよ」
「どういう意味?」
「確かに、わたくしは陛下にカーティヤ伯爵家の減刑を嘆願したわ」
セシルの唇もぴくりとひくついた。
「先の展開がわかっていたから。わたくしはどこでどういう選択をすれば分岐点を切り替えられて別ルートに突入するか知っているの。忘れているかもしれないけれど、この話、おおもとは乙女ゲームで、選択肢次第でエンディングが変わる設定になっているので……わたくしにはここを押さえればルートが変わるという確信が持てるポイントがわかる」
セシルは乙女ゲームなるものをやったことがないので、選択肢次第でエンディングが変わる、という設定にぴんと来なかったが、ようするにキャラクターの行動いかんで話の筋書きが変化するということなのだろう。冒険もののRPGでもハイとイイエの選択次第でNPCの台詞や戦闘の状況が変わることがある。
「あなたに感化されたアリスが、自分の言動に不安を抱き始めていた。これを改心しようとしているものとみなして、わたくしは行動を取ったわ」
「そう……なの……?」
「それに、アリスを北ビュルトブルクの教会に預ける案はわたくしが進言したとおりよ。ふくすべ本編では第二部での話になるから一巻しか読んでいないあなたは知らないと思うけれど、地方の教会には女子修道院が付属していて、精神修行をしながら魔法の訓練ができる。イメージとしては、女子校の寮に入れて厳しく管理された学生生活を送る感じかしら。スマホは取り上げられるし買い食いもできないし門限も厳しいけど、刑務所に入るのとは違うわ」
セシルは大きく呼吸をして上がっていた肩を下げた。
魔獣の出る辺境で開墾生活を送らされることと比べれば、格段に優しいざまぁだ。どちらも王都からの追放には違いないが、修道院で生活をするならばなんらかの学びもあるだろう。現代日本にも、広い世の中には、由緒正しいお家柄のお嬢様が全寮制の女子校に入るケースがあると聞いたことがある。それを思えば、非常に寛大な処置だ。
「今後も学園にいてヘイトを溜めるよりは王都を離れたほうがアリスのためよ」
「それは……まあ、そっか……。アリスには荒療治が必要そうだもんな。修道院にぶち込むかぁ……」
思わずその場に座り込んでしまったセシルを見て、ヴァルトラウトも「大丈夫!?」と言いながらしゃがみ込む。
「でも、じゃあ、エルンスト殿下は……? 殿下もどこか、修道院とか、なんかそういう……」
「それは――」
ヴァルトラウトが視線を逸らす。
「おかしいわね……。どうしてこんなことに……」
エルンストのことは予定外のようだ。胸がざわつく。
「確かに……アリスは安全なところに隔離されるわけだけれど、エルンスト殿下のほうは危険なところに追いやられるのはどうして……?」
作者であり神であるヴァルトラウトが、そう呟く。
「どうして東ヒルデリアに……。わたくしにも……わからない……」
セシルは思わずヴァルトラウトの手首をつかんでしまった。
「殿下の件も陛下になんとか言ってくれないか」
ヴァルトラウトが首を横に振りながら「そう何度もできるものではないわ」と答える。
「それこそオルファリア王国の王政を揺るがしかねないわ。ナタニエルが王位につく前にわたくしが反逆者として首を刎ねられるわけにはいかないの」
第二部、二巻の展開の話だ。その先になると読んだことのないセシルにはお手上げだ。
「なんでふくすべ二巻まだ出てなかったの? 一巻が出てから一年以上経ってたじゃないか」
ヴァルトラウトの目が大きく見開かれた。
「読みたかったよ。なんですぐ二巻を出してくれなかったんだよ」
「そんなの……わたくしに言われても……!」
そこで我に返ったのか、ヴァルトラウトが突然周りを見回した。それに反応してセシルも首を動かして謁見の間の状況を確認しようとした。
いつの間にか大人たちに囲まれていた。
「セシル」
おずおずと輪から出てきた女性がある。カーティヤ伯爵夫人、つまりセシルの母である。
「帰りましょう。謹慎処分ですってよ」
母親に言われてしまった。
十七歳にもなって母親に鬱憤をぶつけるわけにはいかなかった。ましてこんなにも多くの人間に見つめられている。
それでもその恥よりエルンストが紛争地帯に追いやられる怒りのほうが強かったが、ここでこれ以上ヴァルトラウトを責めてどうなるのかという冷静で理知的な自分もおり――
心の中がぐちゃぐちゃだ。
「わかった。家に帰るよ。大人しく謹慎処分に従います」
立ち上がりつつ、セシルは吐き捨てるように言った。
ヴァルトラウトが斜め下に視線を落とした。小さな声で「ごめんなさい」と呟く。
「わたくしももう少し何かできることがあるか調べてみるわ」
気持ちの整理がつかなくて、返事をせずにヴァルトラウトから目を逸らす。
そんなセシルの背中に、ヴァルトラウトがこう投げ掛けた。
「二週間、家から出ないでちょうだい!」
娘を取り上げられ夫と息子に罰を与えられた伯爵夫人は、ヴァルトラウトに反感を抱いたらしい。ヴァルトラウトをにらんで「出さないわよ」と言った。
けれどヴァルトラウトはまったく相手をせず、まったくひるむことなくこう続けた。
「二週間後、何が起こるか、わかっているわよね?」
セシルは、背中に冷たいものが流れていくのを感じた。
「三回読んだのでしょう? わかっているでしょうね!?」
そう――原作のセシルは、一巻の終わりに死ぬのだ。
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