4.メシア
俺が無言でいると、七海君はうつむきながらこう言った。
「ヒロミ、SNSで言ってたんです。ベージュのベースの人にも贈ったんだ、って」
「……マジで?」
あいつ、俺のこと知ってたんだ。山城さんの時に聞こえた『見つけた』という台詞は聞き間違いじゃなかったんだ。
聞き間違えであって欲しかった……!
七海君は、そんな俺の顔を見ながら言いにくそうに話を続ける。
「あの悪夢を見た後、ヒロミのアカウントに直接メッセージを送ったんです。止まっているのは分かっていたけれど、他に術も無くて。やっぱり返事は来ませんでした。だから、ヒロミと仲良くしていた子に連絡を取ってみたんです。そうしたら、数日後に返事がありました」
彼は一度、苦しそうに息を吐きながら言葉を続ける。
「友人の話はこうでした。本名は弘至で、オンラインゲームにはまっていて、女性のフリをしていたこと。亡くなってしまった時はすごかったらしくて……首に、ぐちゃぐちゃになったマフラーが巻きついていたそうです」
「えっ……何で?」
もらったマフラーを想起させられて、思わず声が裏返った。
「理由は分からないんですが、自分の部屋で窒息死していたそうです。マフラーを取ろうともがいたせいじゃないかって……他殺でも、自殺でもない。事故として処理されたらしいです」
七海君が言い終わると同時に、まるで映画のワンシーンのように映像が頭に浮かんだ。
男が部屋に一人でいる。
音は聞こえないが、口元を大きく動かしている様子から、喋っているようだ。パソコンに向かって。ゲーム画面だ。例のネットゲームをやっているのだろう。部屋はひどく散らかっており、室内なのにマフラーを首に巻いたままだ。
男は叫び声を上げて、急に立ち上がった。
そのまま苦しそうに倒れる。
「ゲームのやりすぎで亡くなったという話は聞いたことありますが……」
七海君は目を伏せたまま呟いているが、別の考えが脳裏をよぎった。
ずっと部屋に
――今のは、拾ってしまったのだろうか。
俺が固まっていると、七海君は少し不思議そうにしてから、落ち着いた声で「これで僕の話は終わりです。でも……もうひとつ、見せたいものがあるんです」と息を吐いた。
スマホを操作しながら、話し疲れたのかもう一度息を吐く。
「さっき話したヒロミの友人が……ヒロシのやっていたブログを教えてくれたんです」
「ブログ? 日記とか記事とか書き込む、個人の奴か?」
有益な情報な気がする。何を考えていたのか分からなかった『ロミ』の本心がようやく分かるのだろうか。
七海君は長い睫毛を伏せて、悲しそうに言葉を続ける。
「僕が、ヒロミの死を
どういう意味だ? そんな俺の疑問を見透かしたのか、心底イヤそうな顔をして、七海君は俺にスマホの画面を見せて来た。
そこには『メシアの日記』というブログタイトルの、真っ黒なページがあった。しばらく更新されていないのかページ上部に広告が出ている。
「この期間から僕について触れています。その前は関係ない内容でした」
七海君は去年の四月の日付のページを開くと、すぐに顔を背けてしまった。もう見たくない、とでも言うかのように。
***
四月十日
好きな女の子に振られた。彼女は、セレンとかいうバンドの追っかけをしてた。
リョウタとかいう、アマチュアバンドのギターだ。何であんなクソガキに……くそっ、やっぱり顔か!
バンドをやっている男なんてみんなモテたいだけなのに、やっぱり女はバカだ!
五月三日
オンラインゲームを始めた。広告が来るし、バナーの女の子が可愛いので興味がある。
七月十五日
ゲームにはまりすぎてしばらくブログをさぼっていた。イケメンでやってもモテない。くそっ、何でだ! 色んなタイプで試したが、やはり駄目だった。イケメンのキャラクターを作り込んでいるのに! どんなものかと思って飛び込んでみたが、何だあれは!
八月九日
自分好みの限定アイテムが欲しくて、女のキャラクターでやってみた。清楚なプリーストだ。最高に可愛らしく作り込むために、男のキャラよりも課金した。
美少女の演技をするのがだんだんと楽しくなってきた。ひょっとして向いている?
十二月二十四日
今、俺は五人の男と結婚している。やっぱり俺の心が純粋だからなのか、男共がちやほやしてくる。俺はあいつらの心を癒す天使、、いや、、救世主。メシア、、神だ! 俺はネット上だったらモテるんだ。ゲームの中の俺なら勝てる。ここが本当の世界なんだ!
あのギターのリョウタをゲームで落としてやる。心底惚れさせてから振ってやる。そうしたら、俺を振ったあの娘よりも俺の方が上ということだ。俺こそが恋愛の頂点だ!
この方法なら誰にでも勝てる。頼まれていたベージュのベース、大神双牙もターゲットに追加しよう。ベージュは活動を停止しているようだな。中途半端な奴らめ。仕方が無い、やはりSNSをやっているリョウタからだな。リョウタは俺を気に入り始めている。男なんてバカだから、褒めて、相手の望む行為をすればすぐに落ちる。お望み通りバンドを応援してやろう。これならSNSだけでも落とせそうだ。俺は女神だ!
世界中の男が俺を待っている。
復讐だ!
***
「何で俺が名指しで追加されてんだよ。中途半端とか、お前に言われたくねぇわ」
頼まれていたって、誰にだよ。全く心当たりがないんだが。心底ムカついて片膝を立てると、七海君は一回こちらを見てからまた日記に視線を落とした。
「好きな女の子に振られた腹いせに、僕やあなたをゲームやネットの上で落とそうとしているみたいなんです。恋愛的に」
「やめて。恋愛とか言わないで」
「僕は別に、ヒロミを気に入っていたわけじゃありませんよ。ゲームの話はよく分からなかったし。ただ、裏でこんなことを言われていたのはショックでした」
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