国覓のカガミ 五

 カヤノが足を止めた。


「こちらが屋敷です。村の者からは『巫女屋敷』と呼ばれておりまして、巫女と認められた者だけが住むことを許された住居になります。客間もございますので、今はそちらに」


 巫女屋敷には使用人がいた。カヤノが門前で立ち止まったあたりから、二人の使用人がどこからともなく現れ近づいてきていた。カヤノは使用人たちに経緯を手早く説明すると、


「わたくしは巫女の務めがございますので、ここで失礼させて頂きます」

 と言って来た道を引き返していった。


 一人になった私の元に、使用人の一人が歩み寄った。


「ようこそお越しくださいました、カガミ様。お部屋へご案内いたします」


 使用人はそう言うと、カヤノがやっていたように私の袖を掴むことなく踵を返した。女性であるらしい使用人の声は、面でも被っているかのようにくぐもっている。


「……あの、一つ伺っても?」


 使用人の歩調は澱みなく、めくらを先導するには些か速かった。かといって気まずい雰囲気を醸し出している風でもなく、強いて言うならば感情のない人形のようだった。


「……」


 私が後ろから問いかけても、拒絶の返事すらない。無視というのは客人に対して無礼に当たるのではないかと思うのだが、こちらから指摘するのも憚られる。


「……私はただの旅の者で、ここに住もうというつもりはないのです。山で道に迷い、偶然この村に……ここから山を下って麓の町に出る道をお教え頂けませんか」

「……」


 想定していたことではあるが、やはり返事はない。ここでの情報収集は不可能と見た私は早々に使用人を頼りにすることを諦め、今後の方針について朧に思考していた。

 その最中に前方の足音が途絶え、私はつんのめるように足を止めた。


「……心願はございますか」

「は?」

「心願です。人間の力では叶えようのない、夢幻と大差なくただ心に思うばかりの願望──天の神に託す願い事にございます。もしお持ちでなければ──」

「……なければ?」


 俄かに喋り出した使用人の、滔々とした言葉の奔流に戸惑いつつ反応を返した私に、彼女は言った。その声色は至って冷静で、知的さを兼ね備えた低音だった。


「遠からず我々の同輩となるかもしれません」

「…………それは、一体どういう……」


 使用人は答えなかった。

 襖の開く音がする。


「こちらにお入りください」


 使用人がくぐもった声ではきと言った。観念して敷居を跨ぐ。


「ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 振り返る暇もなく襖が閉められた。静かに足音が遠ざかる。

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