アンドロイドの決意

「はぁ・・・はぁっ・・・ちっ、疲れさせやがって」


疲弊した身体を労わるように深呼吸しながら、ワタシとそっくりの顔をした頭を蹴飛ばした。


辺りには十数人分のそっくりさんの頭蓋やら腕やら足やらが転がっていて、耐性がないものが見れば吐き気を催さずには居られないだろう光景が広がる。

時間にして58分34.52秒。約一時間の激しい戦闘は、疲れ知らずの身体にも堪えきれないほどの疲労をもたらしていた。


「煙草は、と・・・ね、ぇっ!?うっそだろおい、どっかで落としちまったか!?」


ポケットや内蔵型収納機器ストレージを粗方探すが見つからない。

はぁーくそっ、と悪態を吐きながら、腹いせにも一つ転がる頭を思い切り蹴飛ばしてやった。いい気はしない。全員、ワタシと同じ顔なのだから。


でもワタシは他のアンドロイドと違う。いや、違うと思いたい。

何故なら他のアンドロイドにはない意思があるからだ。


言われた命令しか遂行出来ない奴らとは違って、ワタシは自分で考えて動くことが出来る。まぁ、だからチョーカー型爆破装置こんなもの付けられたんだが。


最初、ワタシの存在を危険分子イレギュラーだと判断したウチの事業主は、殺すか解剖に出すか悩んだらしい。

それに気付いた時は、己の有用性を示すために命令を完遂どころかそれ以上の結果を出してやったかね。


それも今日、無駄な徒労に終わったが。


「お陰で生き残れたってのに、たった一回でパーかよ。人助けなんて慣れないことするべきじゃねぇなぁ」


ワタシは強い。でも限界はある。


片腕と右目、そして太腿から脇腹にかけて大きく抉れた刀傷と火傷の痕。満身創痍とはこの事だろう。痛みは感じないが、肉体の損傷率は60%を下回っている。


だがまぁ、何故か知らんが上はワタシを爆発させる気は───


『警告、警告。数回の命令違反を確認。対象─── OmN.A4の周囲に人影なし。よってこれより、自爆機構を発動する』


───あるのね。


冷や汗が頬を伝い、乾いた笑いが込み上げてくる。


「おいおい、せっかくお仲間たちを倒し終えて一息ついてんのに・・・性格悪いだろ」


ピッピッとこ気味よく鳴るタイマーの音が、ワタシの人造心拍を跳ね上げる。必死に生き長らえてきたアンドロイドの末路が爆破とは、大昔の芸術のようだと自嘲した。


踏み躙られて火が消えた吸殻を拾って口に咥え、また火をつける。思ったように付かなかったが、暫く火を灯し続ければまた緋色の輝きが煙草に宿った。


「ははっ、惨めなもんだなぁ。ま、沢山殺してきたんだ。こんな殺戮兵器アンドロイドに取っちゃお似合いの末路だろうよ」


産まれてきてから今日のこの日までの日々を思い出す。

戦闘に強奪に殺人に破壊行為、果ては薬物の運搬まで。やれることは全てやった。


アンドロイドにしちゃ、結構な人生を送ってるに違いない。精一杯足掻いてこんな結果なら、ワタシはもう満足だ。


だがあのお嬢ちゃんは違う。ワタシなんかとは違う。生きるのに満足したワタシと違って、絶対に生き延びようという意志を感じた。

今まで殺してきた奴の中にも若い男や女はいたが、皆何か悪事に手を染めていたからこそ殺害対象になっていた。


だがあのお嬢ちゃんは違う。

仲間の意志を継いで生きようとする覚悟と信念があった。


「・・・ヤキが回ったかね」


こうして黄昏ていて尚、タイマーの音は鳴り続ける。

いつ爆発するのか表示されていない辺り、ワタシに恐怖を与えようとしている製作者の悪意を感じる。


やっぱり性格悪いなこりゃ。


変な形に歪んだ噛み煙草を、最後の最後まで吸い切って投げ捨てた。

さぁいつでも来い。そう思って瞼を閉じる・・・と、背後で誰かの気配を感じた。


両耳が軽微の破損をしているため聞き取りずらいが、軽快な足音も聞こえてくる。アンドロイドらしい重厚なものじゃない、人間由来の足音。


「あ、貴女っ!」


「んぁ?」


ワタシに声を掛けられた気がして目を開ければ───そこには、さっき逃がしたはずの少女が佇んでいた。


は・・・?と呆けた声が思わず零れる。


「なんで戻って来たんだ、お嬢ちゃん」


「だって逃げられたと思ったら後ろから凄い音がしたから・・・」


「それで戻ってきたのか?」


「そう、そしたらさっき逃がしてくれた貴女がいたから助けに来たの!」


「・・・お嬢ちゃんって、ほんとに研究室から脱走したんだよな?流石に不用心が過ぎるってもんだぞおい」


気のせいか、先程投げ捨てた煙草が恋しくなってきた。頭が痛い。

余程の事がない限り常人よりも頭脳に優れているアンドロイドの頭が、今は悲鳴を上げていた。


お嬢ちゃんコイツもしかして、ただの馬鹿なのでは?


いややめよう、生きる意思に溢れていたとか宣っていた数分前までのワタシが馬鹿みたいだ。


「あ、あの。その傷、大丈夫なの?」


「傷?あぁ、何も問題はないさ。暫くすればナノマシンがワタシの身体を元に戻してくれる。だがそれも爆発して木っ端微塵になれば流石に無理だ。お嬢ちゃんももう少し離れた方がいいぞ」


「木っ端微塵?って、もしかして貴女やっぱり・・・私のせいよね」


ワタシの言葉で理解したのか、悲しそうな顔で俯く少女。

参ったな、ワタシはあまり人が泣いているのを見るのは好きじゃない。


それに別にお嬢ちゃんが悪いわけじゃないからなぁ。生かすも殺すも自由なあの場面で殺さない選択肢を選んだのがワタシなのだから、全ては自分の責任だ。


「ふっ、気にすんなよお嬢ちゃん。ワタシはもう充分生きた」


「でも・・・じゃあ、せめてその傷だけでも治させて?」


「治す?だがそんなのは一流のアンドロイド整備士くらいしか」


「いいから」


そう言って少女はワタシに近付いてきた。

いつ爆発するか分からないから止めたのだが、その静止を振り切ってワタシの破損した部位に手を翳し始めた───。


「これはね、私が実験で無理矢理与えられた力なんだ」


片方の手は半透明のヴェールへ。

結び目が解かれ、こちらからは覗けないようになっているヴェールの下から美しい顔が姿を現した。


新緑の美しい自然を思わせる翠の瞳が開かれ、翳した手から暖かな光が溢れ出す。


「本当はこの力なんて欲しくなかった。戦闘実験で傷付いた皆を癒せば、皆はまた実験に駆り出されちゃうから。でも今初めて、この力があって良かったって思うの」


光はワタシの身体を包み込み、徐々に元あった身体を形成していく。

ナノマシンでは不可能な再生速度から見て、科学技術が為せる技では無い。


ということは。


「その力・・・もしかしてお嬢ちゃん、魔女なのか?」


「そう。天然物じゃないけどね」


これは驚いた。まさかただの少女だと思っていたお嬢ちゃんが、都市伝説的扱いをされている魔女だとは。


自分で言っといてなんだが、魔女とはアンドロイド以上に出鱈目な存在だ。異常と言ってもいい。


「はい、治ったわ。臓器も皮膚も血管も全て元通りよ」


「あ、あぁ。すげぇよ、本当に治ってやがる」


「当然でしょ?これでも私、研究室じゃかなりの使い手だったもの」


自信満々に平らな胸を張る少女の姿が、今では少し頼もしく感じる。

こりゃあ、尚更死なせる訳にはいかなくなったな。


「ありがとよお嬢ちゃん。だが、もうこれ以上はいい。それに、あんまり近付かれるといつ爆発するか分かんねぇからなぁ」


「そう・・・でももしかしたら、まだ怪我してる箇所があるかもしれない。だからもっと見せて」


「は、はぁ?だからもういいって言ってるだろ。全身治ってるよ」


「分からないじゃない。そのピッチリした戦闘スーツの下に隠れて見えない傷があるかもしれないし」


「・・・脱げ、と?」


「えぇ」


「な、ななっ!?馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」


「最後の恩返しなの、おねがいっ!」


「・・・ぐっ。ちょ、ちょっとだけだぞ」


純粋な瞳で懇願してくるお嬢ちゃんに押され、ワタシは恥ずかしくなる心を抑え付けながら戦闘スーツを脱ぎ始める。


もう少しで爆弾が発動するかもしれないという危機的状況な筈なのに、何故服を脱がないといけないのか分からないし、そもそも気付かないような小さな傷ならナノマシンで治るんだが・・・仕方ない。


「ほ、ほら!見当たらないだろ傷なんて!確認したらさっさと・・・って、触るなぁ!?」


「触診よ触診。知らないの?」


こ、コイツっ!

飄々とした顔で触ってきやがって!治りきってるのは分かってるくせに・・・!


ワタシは敏感なんだよ!耳とか首とか結構弱いんだ、なんたって生後5歳だからなぁ!


「ひっ・・・お、お前ぇっ!変なとこ触るなよ!」


ツツ、と滑るように細い指が背中を伝う感触に、思わず悲鳴をあげた。艶かしい手つきで触診されること数分・・・体感数時間に及ぶ拷問は、「ふぅ、お終い」という言葉によって終わりを告げた。


屈辱だ。なんて言うか、凄まじい辱めを受けている気分だった。


「大丈夫そうね。完璧に治っているわ」


「・・・当たり前だ」


疲れた、非常に。

煙草が欲しい。今のワタシにはニコチンが圧倒的に足りていない。なまじお嬢ちゃんが真面目な表情を浮かべているせいで、ぶっ飛ばすことも出来なかった。


とはいえ敏感肌に触診はやはりきつい物がある。


───いや待て、気を弛めている場合じゃない。


「用が済んだら離れてくれ、爆弾が発動しちまうぞ」


「あぁ首元のやつ?私が近付いたらタイマー止まったわよ?」


「・・・は?」


そう言われて見れば、さっきからタイマーの鳴る音がしない。

爆弾が解除された・・・訳では無いだろう。現状、独断行動をしてアンドロイド達を殺したワタシを生かす理由がないからな。


なら何か別の要因があるはず。


「待てよ?タイマーが作動する前、周囲に人影なしだとか言っていた。つまり、ワタシ以外に誰かが近くに居れば爆弾のタイマーは止まるのか?」


でも何故?何故そんな回りくどい事をする?

ワタシが自爆覚悟で提供事業所に突っ込むのを恐れたからか?

それとも周りに人的被害を出せば、評判が下がってしまうからか?


分からない。

でもただ一つ確かな事は、ワタシはこのお嬢ちゃんに助けられたってことだ。


「考え込んでどうしたの?」


「あぁちょっとな。ところでお嬢ちゃん、お前さんは今後行くあてがあるのか?」


「うーん、特には思い当たらないかな。でも自由になったんだから、折角なら色々見て回りたいかな」


「ほう。ならここに一人、お前さんと同じ行く宛てがないアンドロイドが居るんだが・・・仲間にする気はないか?」


正直今のところ、まだ不安要素しかない。

なぜ止まったか分からないタイマーや、この少女の正体。そして、ワタシという自意識が生まれた理由。


分からないことだらけだ。あっさり死ぬ可能性もある。

でも、だとしてもワタシも現時点では行く宛てがないのは一緒だ。ならせめてワタシも同行して、この少女の行く末を見ていきたい。


あわよくば自由になれて、生きる理由を見つけたならば───。


「ふふっ、お姉さんも来てくれるの?嬉しい!勿論オーケーよ!」


「よし来た。戦闘ならワタシに任せてくれ」


「頼もしいわね。あぁでも、一つだけ教えて欲しいの。貴女の名前、なんて言うの?」


名前、か。

特に考えたことも無かったなぁ。付けられたことも無いし。

A4と呼ばれているのも識別番号だから、アレを名前だと言い張りたくもない。


かと言って、今すぐに決めるのも違うしなぁ。


「そうだなぁ。“ナナシ”、とでも呼んでくれ。今はそれでいい」


「ナナシさんね、分かったわ」


ワタシがそう名乗ると、少女は朗らかな笑みを浮かべて嬉しそうに名前を反芻する。明らかに偽名だが、思ったより気に入られてしまったようだ。


むず痒くなる気持ちを抑えながら、腰元に粒子形成刀パーティクルソードを発現させた。着いていく準備は既に出来ている。


「お嬢ちゃん、名前は?」


「───“ステラ”よ。ただのステラ」


「ステラ、か。いい名前だ」


少なくとも、ワタシの名前よりかはな。

そもそも量産型アンドロイドでしかないワタシに名前なんて本来は必要ない。


人間では無いのだから。名前という存在証明アイデンティティに縋る必要などない。


でも願うのなら、ステラとの旅路でワタシの名前を───私の名前アイデンティティを見つけたい。


そんな想いがこれから始まる長い旅路のキッカケになるとは、当時のワタシは思いもしなかった。


─────────

ステラちゃんの身体的特徴

身長155cm

体重43kg

何がとは言わないが、アルファベットは上から2番目。まだ成長する余地はある。

とある研究所で行われた人体実験の生き残り。後天的な魔女であり、都市伝説としての側面が強い魔女を人間の手によって発芽させられた成功例の生き残り。

触診が得意。


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