ドラゲア滔々旅日記

枯井戸月鬼

第1幕.奇妙な出会い

第1話 酒の肴は足りていない

命の誕生よりも遥か遠い遠い昔。


無限に続く混沌の中に光があった。


光は混沌の波に揺さぶられてふわりと広がり虚無を包む布となる。




布は波に揺られて形を変えて流された。


布は波間で意思と出会い、意思はその布を服として纏い体を得る。




体を得た意思は熱と輝く玉と混沌を服の中に詰めながら成長した。


成長した意思は無限の混沌の中にいるものは己のみだと知り涙を流す。




意思は己の服に詰めたものとその涙を捏ね合わせて『命』を作り出した。


意思は命に『ヒト』と名付け、意思は己の名を『ネカ』と名乗った。




ネカはヒトに大地を与え、広大な大地に一人は寂しかろうと沢山のヒトを作った。


耳を伸ばしエルフに


毛を生やしドワーフに


背を低くしノームに


背を高くしジャイアントに




そして砂漠と氷の地、海と空に生きるものたちを作った


砂漠にリザードを


氷河にビーストを


海にオケアノスを


空にウラノスを




我々は皆ネカの作ったネカの腹の中にあるこの大地で生きている。


偉大なるこの大地は『ドリゲイア』という。




……




「ま、今時『ドリゲイア』なんて古臭い呼び方しているのはエルフだとかの長命種だけらしいがな。俺がガキんときから聞いてんのは『ドラゲア』だ。」


 それは意地悪そうな先生でも厳格なプリーストでもない粗暴な声で紡がれた物語。


 終わりと共にガラガラとした下卑た笑いを響かせる一人の男は空のジョッキを垂直に打ち付けて肘をついた。ここは教室ではなく、聖堂でもない。窓から暖かな陽の光が刺せど、静粛とは対極の位置にある喧騒渦巻く酒場である。




 周囲にはすでに酔いが回った赤ら顔の人間と人間に似た何かで賑わいを見せており、話し手である人物もまた、人語は解せどそれは人間を中途半端に模倣したような見た目であった。


 顔こそ人間に近くも、一層目を引くのはこめかみより上の生え際から、後頭部に向けて湾曲してついている円錐形、いわゆるツノが生えている。体は屈強で広い背中には折り畳まれた翼膜が不定期に開いては畳まれて動いていた。背中を辿れば腰元から背骨の延長に先端に行くほど平たくなっていく爬虫類の尾が重く垂れ下がっている。尾は床をトントンと叩いて、尾の持ち主は機嫌がよさそうな表情で正面にいる人物を見据えて続け様に口を開いた。


「まさかお前がそこまでモノを知らないとは思わなかったぜ。ネカの創世神話っていやあ、ドラゲアのガキが全員聞きたくもねえのに聞かされる話だろ?このジャック様は暗唱テストで満点取るまで帰れなかったんだぜ?それに引き換えジャヒール、お前はよぉ〜!」




 目の前に座るのは傷をたたえた爬虫類そのものの見た目をした人物。モスグリーンの体には細かな傷跡が絶えず、アイラインから背中の真ん中に向けて線状に短い羽毛が生えそろっている。


「あはは、いやあ〜昔から武器のことしか考えてなかってからさ……。それにドラゴニュートとリザードマンじゃあ学校とかで教えること違うんじゃないか?」


 猫背の大トカゲは目の前で声高に笑うドラゴニュートにぬかるみの落ち葉のような声を絞り出して困ったように笑う。ジャヒールと呼ばれたリザードマンは、目の端で適当な人物を捉えながら目を背けると照れくさそうな笑みを浮かべた。彼の落ち着かない爪先がジョッキの縁をカリカリと引っ掻いている。




 隣に座っている赤ら顔の小男は胸元まで伸びた針のような立派な髭を撫でながらジョッキを持った方の肘でジャヒールを小突いた。


「おうおう、ジャヒールはあれじゃあ!悪い点数をつけられた試験を突きつけられて『そんなの習ってなかった!』と言い訳するタイプじゃなあ!」




 ジャヒールにあたった肘の振動を伝ってジョッキから泡立つ黄金色の液体が飛沫となって木製のテーブルに若干の潤いを与え、そのままゆっくりと染み込んでいく。


「勉強しようと思ったのに好きなもん眺めてたら朝になっちまってたとかもありそうだなぁ!」


 あいも変わらず意地悪そうに笑うジャックはテーブルの上にある煮込み肉とピクルスが乗ったバゲットを口の中へ放り込む。口の中は手前が鋭く細長い牙、奥に少しだけ臼歯が生えているのがわかるだろう。




「うう、ジャックもクルトもそんなに言わなくてもいいじゃあないか……。」


 ジョッキを両手で引き寄せると、爪同士が当たるカチリという音をさせる。そのまま顔を隠すようにしてジョッキを口元へと寄せ、控え目に傾ける。


「そういやぁ、ジャック。ジェイコブはどうしたんじゃ?朝通りで見た時は一緒だったろう?」


 ジャックが次に口を開く前、クルトは次の話題をジャックへと投げかけた。クルトの隣でほっと一息ついているジャヒールなど目に入っていないようで、質問から数秒もしないうちに答えが返ってくる。


「ジェイコブさんか?最近金欠気味だから仕事してくるって言ってたぜ?俺も行こうかって聞いたけど、内容的に俺まで行くと利益にならないってさ。」


 少しだけ不満そうな表情をするも、利益にならないことは重々承知しているのだろう。先程まで威勢よく話していたジャックだったが、話が終わるや否や机に上半身をぺたりと預けて突っ伏した。




 ジャック1人が意気消沈しても周囲の賑わいが白けることはない。


 周囲は相変わらず酒が入って上機嫌に談笑する人々であふれかえっていた。横のテーブルを見れば髭の生えた小男、すなわちドワーフだけではなく、全身に体毛をたたえた猫のような耳と尾を持った人物が魚のパイを必死に冷ましている。机の間を縫うように黄色い羽を持つ鳥のような人物がビールを運びんでいて、頭にのみ体毛を持ついわゆるヒューマンがカウンターで注文された食事や酒を用意していた。


 多種多様な形質を持った人種がおり、それらがごく普通に共生している。それがここ『ドラゲア』の日常であり、この地で数万年の間も変わらず営まれている生活である。




 そしてまた一人、年季の入った酒場の門戸を開き入ってくるものがいる。目立つのは顔に大きく入った斜めの傷。褐色肌で堀の深い顔に金色の頭髪を携えた大柄なヒューマンが入ってくる。彼から感じるものは威圧感。たった一人ではあるが、複数人分の厚みを感じる体を持った人物がのしのしと酒場に入ってきた。




「んぁ!ジェイコブさぁぁぁん!!お仕事お疲れ様です!」




 先ほどまで突っ伏していたジャックはたちまち飛び上がるようにして椅子に座り直した。ジェイコブと呼ばれた人物へブンブンと手を振っている。よほど彼が来たことが嬉しかったのだろうか…いやにねっとりとしていて胸焼けを起こすような猫なで声でジェイコブの労をねぎらう。ジェイコブはあきれたような顔をしながら注目を避けようといそいそと仲間達のいるテーブルへと着席する。テーブルの上と目の前にいるジャック、もとい酔っ払いを見てこめかみを揉みながら口を開いた。


「はあ……ジャック。お前はつい最近まで、デカい依頼がないから、金回りが悪いって言ってたじゃないか。」 


 ジェイコブは机の上に視線を送る。


「どこにこんなに大盤振る舞いできる金があるんだ!?」




 机の上には宴会とも言える多種多様な料理が用意されていた。先ほどジャックが食べた煮込み肉とピクルスの乗ったバゲット以外にも、艶々としたトマトを香草とオイルで和えたものをのせたブルスケッタ。表面がてらてらと光り飴色になったチキンのグリル。新鮮な野菜と特製のドレッシングで彩られたサラダ。


そして野菜を細かく賽の目に切って甘味と旨味を溶け込ませたコンソメスープはすでに空になっている。それと共に誰が頼んだのか、黄色い羽の給仕がジェイコブにビールを運んできた。ジェイコブは短く、ああ、悪い。と給仕へと断りビールを受け取る。それをみたジャックはここが差し込みどころと言わんばかりに口を開いた。


「それがですねぇ、ジェイコブさぁん。聞いてくださいよ!」


 ポケットをまさぐったジャックが出したのはパンパンになった財布である。袋の中の資金は潤沢で、豪勢な食事一回くらいで旅の用意ができなくなることはないほどに詰まっている。




「そんな大金どこで見繕ってきたんだ?」


 ジェイコブが怪訝な視線を目の前にいるジャックに注いだ。近場でのしょっぱい依頼を見てきたジェイコブはこの金額を稼ぐのにどの程度の期間が必要かを知っている。だからこそある一つの答えが出ていた。


 しかし周囲の二人はそうではない。クルトはジャヒールに耳打ちをする。言葉を聞いたジャヒールはみるみるうちに顔色を変えた。




「ま、ままさか!!!ついに……やったのか……?」




 複雑な感情を露わにしてジャヒールは口元を手で覆った。友人の蛮行を止めるべきか否か。受け入れて気の利いた助言を探すか。ジャヒールは絶句して吃りながら視線をおよがぜていた。その様子見たジェイコブが少し表情を緩めて口を開く。


「クルトの爺さん。あまりジェヒールを揶揄ってやるな。ジャヒール少なくともお前の想像しているようなことではない。」


 苦笑しながらクルトを諌め、ジャヒールの不安を拭おうと笑いかける。その表情には入ってきた時ほどの威圧感や圧迫感はなかった。彼の目尻の下がった目が厚みのある唇が、暖かさをあたえようとしている。顔の傷は大きく無骨な印象を与えるが、彼の気質は反するようで野生的な印象の裏側には慈しみを持っていることがわかるだろう。




「ははは!ジャヒールとは何十年もの付き合いだからな!つい揶揄いたくなってしまうんじゃ。」


「いやいやいや!爺さん!俺も巻き込まれてるんすけど!?」


 ジャックは感情のまま机に手をついて立ち上がった。ジャックの抗議の声はクルトの豪快な笑い声とジェイコブの突き刺すような声でかき消されてしまう。




「で、ジャック。その大金はどうやって手に入れたんだ?まさかその辺で巻き上げたわけじゃないよな?」


「いやぁ、俺がそんな非文化的なことするわけないじゃないですかぁ!これっすよ。」


 ジャックは自身の腕を見せつけた。彼はドラゴニュート。またはドラゴンハーフと呼ばれている種族。腕には赤く輝く厚みのある鱗を持っており徐々に体の中心にいくにつれて人間のようなツルツルした皮膚に変化しているのが見てとれるだろう。




「生え替わりの時期に何かに使えないかとコツコツ貯めてきた俺の鱗です!ストレスフリーだし若いから?かちかちツヤツヤの鱗っすよ!実際持ってったらさ、ワイバーン以上に耐火性がありそうで装備品として優秀って太鼓判もらっちまった。若い錬金術師とか世間知らなそうな鍛冶屋に売っぱらってきたら、ウッハウハだぜ?これなら花街に行っても余るくらいだ!」




 ジャックは例え話をしているようには見えなかった。上機嫌な彼の言葉は今日のこの後の予定を、その下世話な笑いで周囲の人物に無理やり予見させる。ジャック以外が不快感を通り越して若干の幻滅を覚えていると、ふいにクルトが大きく息を吐いた後に口を開いた。




「文字通り、体を売って稼いできたってわけじゃな。」




「おいおいおいおい!誤解を招くような表現はよせってば!体”だったもの”だ!」


 彼の気の利いたジョークが雰囲気を持ち直す。ジェイコブは軽く息を吐いてすでに運ばれてきていた酒を喉の乾きを潤すように一気に煽った。




 萎縮していたジャヒールも運ばれてきていた食事に手を伸ばし、話の輪へと加わっていく。


「そういやあ、ジェイコブさん。その、お金の工面はできたんですか?」


「んッ?ああ、そうだな。この辺りはかなり穏やかな地域だし、専業の冒険者が少ないから運が良かった。」




 傾けていたジョッキを唇から離し、中空に静止させながら会話を始める。


「運……ですか?」


「ああ、今回は魔犬の群れの討伐だった。畑荒らしや家畜を襲っていて大変な迷惑だったそうだ。なまじ頭が良くて群れを成して活動する分、冒険者ランクが20から30くらいじゃあ歯が立たないだろな。今は兼業冒険者も立て込んでるとギルドの受付が言っていた。体が鈍ってしまうのもどうかと思っていたところだし、丁度良いと思って受けたんだ。」


 説明が終わった後に再びジョッキを傾け喉をうならせて嚥下する。次にジェイコブが顔を上げた時にはジョッキが空になっていた。説明を熱心に理解しようと聞いていたジャヒールは、ジェイコブのジョッキが空になったのを見過ごさない。すぐに近くにいた給仕にへりくだった様子でもう一杯と告げた。相変わらず横ではジャックとクルトが酒をかっくらいながらじゃれている。




「ああ、この話が『運がいい』とどう関わるか、だな。」


 ジャヒールに向き合ったジェイコブは両手で肘をつき声を落として話を始める。




「このあたりは兼業冒険者、つまり何か手に職を持っている冒険者が多いんだ。基本的にそう言った冒険者は自分の業種の閑散期や合間に冒険者をしている。いわゆる副業ってやつだ。当然メインの仕事の方を疎かにできないから、ギルドの依頼をこなせるのはほとんどそいつらの時間が空いた時だけということになる。」




 ジャヒールはなおも真剣に話を聞いていた。目が少しずつ大きくなり、ジェイコブをギョロリとした熱い視線で見つめている。ジェイコブは給仕からジョッキを受け取りながら、ジャヒールへの説明を続けた。




「これだけならまだ専任の冒険者がすればいいという話になるが、そうもいかない。この辺りの専任冒険者のランクは1から20。俺らの中ではビギナーって呼ばれてる駆け出したちだな。ここは穏やかだから、経験を積むための依頼が極端に少ないんだ。この場所で専任冒険者としてベテランになりたいなら数十年とかかる。だからほとんどの冒険者はここから移動してしまうんだ。結果的に残るのは兼業の冒険者だけってことさ。」




 そこまで説明が終わったところで、テーブルに広がる料理の中からみずみずしく光るブルスケッタを手に取り口へと運ぶ。一口で口の中に入れた後、手についたオリーブオイルをペロリと舐め、味わいながら咀嚼している。


「へえ、つまり依頼を受ける冒険者が運良くいなかったってことなんですねぇ。」


 ジャヒールは関心して頷きながらようやく話が終わったという空気を感じ、目の前のジョッキ傾ける。


「ほーーんと!もったいねえよぉ!ジェイコブさんはなあ、最強の男だってのによぅ……この辺りは碌な討伐対象すらいねぇ!」




 どこから話を聞いていたのか、ジャックは机に勢いよく手をのせ、身を乗り出して声を上げた。酔っ払っているのか興奮をしているのか随分と利己的なことを口走っている。


「ジェイコブさんの実力が発揮できねぇなんて!!舎弟として歯がゆいぜぇ……。」


 悔しさをあらわに拳を握り閉めている。ジャヒールが何も言えずにまごついていると、ゴッと鈍い大きな音が響く。それと同時にジャックはそのままひっくり返るような危なっかしい動きで座った。くぅ〜っと声を頭を抑えて唸っている。




「そういえば魔犬を討伐してきた、ちゅうことは良い魔石はみつかったのか?」


 ジャックに割って入るように嬉々としてクルトはジェイコブに話しかけた。ジェイコブは口の中に入った食べ物を飲み込んでから口を開く。




「いいや、まだだ。」




 少しだけ暗い顔をしてクルトから視線を逸らす。あまり触れては欲しくない話題だが、いつかは解消しなければならないそんな問題をジェイコブは抱えているのだ。




「まーだ見つからんのか!ガーッハッハッハ!!運がない男じゃなぁ!!いい加減あの槍を売る気になったか!?」


「爺さん、俺は売らないと言ったはずだ!」


 今まで揶揄われても煽られても大声を出さなかったジェイコブが反射的に大きめの声を出してクルトへ言い返す。一連の掛け合いを見たジャヒールとジャックはお互いにヒソヒソと顔を寄せて話始めた。


「また始まったなぁ……。」


「ここに来たのが5年前、このやりとりを始めてもう3年、いい加減酒の肴にもならなくなってきたなぁ。」




 リザードマンとドラゴニュートは机の上に未だ手を付けられずにおいてある鶏肉を切り分け、つまらなそうに二人を眺めている。普段はジャックやクルトに弄られているジャヒールでさえこの光景は”3年目の正直”と言ったところだ。ここからの議論は文字通り口を挟む余裕なんてない。


 お互いに激しく言葉のボールをぶつけ合う会話という名の舌戦が始まる。もちろんその結果も彼らは予測している。


「何度も言っているだろう。あの槍は手放す気はないからな!」


「大体旅の冒険者の癖に1つの武器に固執しすぎなんじゃ!新しい武器を買ってとっとと旅に戻ればいいじゃろうが!」


 クルトは酔いが冷めて来たのだろう。先ほどまで絡むような話し方だったのに今はしゃんと真の遠った声をあげている。


 二人の頑固一徹な男の価値観のぶつかり合い。最初の頃は周囲も巻き込んで盛り上がっていたが、現在聞こえてくる感想はおおよそここにいるリザード二人と同じ「またやってらぁ」だ。そんな周囲の白んだ目線も彼らには届いていないようで、一心不乱にお互いの主張をぶつけ合っている。




「あの槍は使い捨てじゃあねぇんだよ!!俺の相棒だって何度言ったらわかるんだ!」


 ジェイコブは勢いよく拳をテーブルに打ち付ける。テーブルから伝わった衝撃によりガチャッと大きな音を立てて食べ物の乗った皿が飛び上がる。


それとともに綺麗に盛り付けられた野菜も元気に飛び上がり、元の皿の上に着地した。


 頑固な冒険者とドワーフの口論は白熱していきだんだんと喧騒の中でもしっかりと響き渡り二人の”会話”は激化していく。


「直すために必要な魔石は何年見つからんのじゃ?あぁ!?いってみい!若造が!5年だぞ!!こんだけ見つからないっちゅうことはここらで引退する時期なんじゃって何度言ったら理解するんじゃ!」


「いいや!あいつは、ロフステインまだ戦える!爺さんの思い込みだ!」


「そっちこそ思い込みじゃろうが!」


「なんだと?!」


「見つからないならそれまでだったっちゅうことじゃろうが!現実を見ろ!」


「ああ!?最初に直せるかもと言ったのは爺さんだろうが!」


「いーーっちばん!最初に高純度の魔石があればと言ったじゃろうが!さっさと見つけてこんか!5年も待ったんだぞ?!5年!かける時間が長すぎる!!」


「ッ!!」




「そうかぁ?」




 一瞬ジェイコブが言葉に詰まったところでどこか気の抜けるような声が2人の間を割った。ジャックがつまらなそうに頬杖をつきながら先ほどの台風の目を見つめている。




「ドラゴニュートは黙っとらんか!儂らに5年は長いんじゃ!!」


「最長寿命400年前後の人種と一緒にするんじゃねぇ!!」


 口論を続けていた2人はここで初めて意見が合う。そうしてつい先ほどまで熱を帯びていた議論は鎮火していく。


「あ、ハイ。すんませーん。」


 ジャックの反省の態度が見られない返事を聞いて呆れたのか諦めたのか、ジェイコブもクルトもため息をついて席に座り直した。




「はぁ、ところでジャヒール……何か有用な情報はあるか?」


ジャヒールは突然の指名に少しどもりながら細長い爪で自分の顔をカリカリと掻いた。そして言いにくそうに声を絞り出す。


「ああ、えっと……最近新しい鉱床を堀りはじめてさ。事前に調べてたみたいだけど膨大な魔力は感じないってノームたちが言ってたんだ……。あ、ああでもね!純度が高い小さな魔石を集めたらもしかしたら修理に足る量になると思う!」


 どうにか慰めようとするオオトカゲはジェイコブが何かを言う前に早口でそう告げた。


「ああ、無理をするな。ジャヒールにはいつも情報収集してもらって感謝してる。」


 怒るでもなく、悲しむでもなくジェイコブは椅子から立ち上がる。


「俺だってさ、見たいんだよ。ジェイコブの槍……ロフステインの直ったところ……。」


 ジャヒールはロフステインの直ったところを想像しているのかうっとりとした顔をしている。どうやら自分の世界に浸っているようだった。


「ワシも使える魔石がないかいつも岩壁と向き合っとるんじゃが?」


 恍惚の表情を浮かべるジャヒールの横からクルトの不満そうな声がした。


「ああ、爺さんわかってるさ。ありがとう。」


 そうしていつもの喧嘩は収まり、元の騒がしい酒場へと戻って行った。このテーブルに座っていた一同の間に一息の静寂が流れる。




 静かにジェイコブが机に背を向けると同時にこの静寂を破るものが現れた。


「ま、今日も収穫無しみたいですねぇ。この後はどうします?」


 ジャックはテンプレートのような質問を投げかけた。


 一番最初に答えるのは立ち上がっていたジェイコブである。ジェイコブは軽くジャックに振り向きながら返答した。


「俺は鍛錬場で鍛えてくる。最近身体が鈍っている気がするんだ。ジャック、お前はどうする?」


「俺っすか?そりゃあ臨時収入もあるし華街ですよ!」


「……そうか。」


 調子良く今後の行き先を伝えるジャックに心底興味のないような視線を送り、出口へと進む。


「嫉妬ですか?へっへっへ、そんな顔しないでくださいよぉ!ほら笑顔ですよ!Smile!」


 ジェイコブのドアへと進む足が一旦静止する。かと思えばジャックの方へツカツカと歩き出した。ジャックへと近づいた次の瞬間には固いもの同士がぶつかる鈍い音がジャックの脳天へと直撃する。そうして、ジェイコブは何もなかったかのようにそのまま酒場の外へと出て行った。




 クルトは机でペシャンコになっているジャックを見てやれやれと首を振る。


「そんじゃあ儂は鉱山に行くかの。ジャヒールもいっておったが新しい鉱床を掘り始めておる。そっちを見てくるとしよう。」


「俺もそっちに行こうかな。今日の見回りは俺だし。新しいところだから、ガスとか盗掘とか結構あるんだ。」


 クルトとジャヒールは互いに頷いた後、ジャックを揺り起こす。


「ジャック。俺たちもう行くからさ、早く目を覚まして。」


「おーい起きんか。華街にいくんじゃろう。」


 しばらく揺り動かすとジャックが顔を上げる。


「ジェイコブさん行っちまったなあ……せっかく俺一推しのカナリアちゃんの店連れてってやろうと思ったのになぁ。」


 若干残念そうではあるが、特に傷ついた様子もなく起き上がる。




「で、どの店に行くんじゃ?」


「ク、クルト……。」


 ジャヒールは恥ずかしそうに自分より圧倒的に小さなドワーフの後ろに隠れた。わずかに生えている羽毛がふわりと持ち上がる。


「うーん、リザードの女の店……はパスだな。リザードマンとドラゴニュートの女はでけぇし肉食系で怖い。ドワーフの女は前回行ったから……よし、決めた。ナイトエルフのネェちゃんの店にしよう。」


 ジャックはニヤリと笑い財布の中から硬貨を複数枚取り出し机に乗せ軽い足取りで外に出て行った。




 ジャックが去った後、残されたクルトとジャヒールは席で会計を済ませた。黄色い羽の給仕を呼べば、すぐに硬貨を受け取り移動する。しばらくすると、ジャックの置いて行った硬貨の代わりにお釣りの硬貨と共に二人の座る机へと戻ってきた。




「ジャック、本当に適当において行ったな……。」


「釣りが結構多いのう……。そうじゃ、なあ、お嬢ちゃん。今おすすめの酒はなんじゃ?」


 クルトは給仕を呼び止めて問いかける。給仕はにこりと笑って澄んだ鈴が転がるような声で答えた。


「果実酒でもいかがですか?ロックベリーの果実酒が飲み頃です。」


「ならば、それを4本もらおう。これで足りるかな?」


 給仕に頼めば元気に返事をして下がる。しばし待てば、暗い灰紫色をした液体の入った瓶を四本持って戻ってきた。


 クルトはそれを受け取り、給仕に軽くお礼をする。


「ほれ、1本持っていけ。」


 もらった4本の瓶のうち1本をジャヒールへと渡す。


「えっいいのかな?」


「どうせジャックも格好つけたいじゃろうし、この酒場にも金が入るでWin-Winじゃろ。今更こんなことで文句言ってくるようなチンケなやつでもないじゃろうて。鉱山に行くなら酒はつきものじゃ。」


 クルトはガハハと笑い、酒場のドアへと向かって歩く。ジャヒールは友人の後ろ姿を追うようにして同じく外に向かう。


 二人は酒場の喧騒を背に、静かに佇む山の麓を目指し歩いて行った。

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