11 初期装備

 落とし穴は、やっぱり滑り台になっていた。


 ただし昨日と違って、距離は短い。すぐに地面にズサササーッと転がりながら停止した。擦れた部分が地味に痛いし、目が回る。


「亘、大丈夫?」


 バスケでは吹っ飛ばされることもあって慣れているのか、龍之介はすぐさま立ち上がると俺に手を差し伸べた。こういう時、運動神経の差をまざまざと思い知らされる。


 内心「チクショー」と思いながら龍之介の手を掴むと、グン! と力強く持ち上げられた。


 周囲をざっと確認してみる。ダンジョンの入口や小部屋はレンガ造りで人工的だったけど、こちらはいかにもな広い洞窟になっていた。モンスターらしき影は見当たらないので、いきなり襲われてジ・エンドって流れはとりあえずなさそうでホッとする。


 例の光苔がところどころに密集して発光しているお陰で、先も見渡せはする。視界が悪くないのは冒険する上では有り難い。だけど脇道や天井なんかは暗くて見通せない場所もあって、普通になんか嫌だ。ああいう物陰から突然襲ってきたら、絶対叫ぶ自信しかない。


 と、パタパタと頭上から羽ばたきの音が聞こえてきた。上を仰ぎ見る。キューが、俺たちの頭上を嬉しそうにくるくる回っていた。あは、可愛いじゃん。知らない間に緊張していたらしく、キューの楽しそうな様子を見た瞬間ドッと身体の力が抜けていくのが分かった。


「キュー、お前は無事か?」

「キュイ!」


 キューがパチパチ瞬きをしながら、宙で一回転した。問題ないらしい。


 改めてダンジョン内をぐるりと見ていく。


 正面と左右には、歪な大穴が空いていた。どの穴からかは分からないけど、何かが鳴く声が遠くから聞こえてくるんだけど……。


 折角気分を持ち直したのに、正体不明の鳴き声を聞いた途端、何とも表現し難いひやりとした感覚に襲われてしまう。咄嗟に、すぐ横に立って周囲を観察している龍之介の腕を掴んだ。


「龍之介、こ、この後どうする……?」


 龍之介だって俺と同じ状況にあるのは、勿論分かっている。だけど、尋ねずにはいられなかった。


 俺を安心させる為か、笑顔の龍之介が大きな手が俺の頭をぽんと撫でる。


「少し待とう。ほら、スマホを見て」

「え? スマホ?」


 龍之介に言われて、そういやと存在を思い出した右腕のスマホを見た。画面には『チュートリアル準備中。待機せよ』とある。おお、なるほど!


「へえ、こうやってヒントをくれるのか。案外親切設計じゃん!」

「……親切な竜は人をダンジョンに落とさないと思うよ」


 龍之介が憐れむような眼差しで俺を見ながら返答した。掴んでない方の手でバン、と龍之介の背中を叩く。


「そ、そんなの分かってるってば! これは言葉のアヤっていうかっ」

「亘ってすぐに人を信じちゃうから怖い」


 心配そうな目で見ないでくれ。


「お前なあ! 俺はそんなに騙されやすくなんか――!」


 すると突然、明るすぎるドラゴンの声が脳内に響き渡った。


『あっ、伝えるのを忘れてたけど、ダンジョンにいる間はカメラとマイクは常時オンになるからね!』

「ぐあっ!」


 音量がでかい! お前は老人か! 無意識にパッと両耳を押さえたけど、声は頭の中に直接響いているから意味はなかった。俺の隣で、龍之介が同じように苛ついた表情を浮かべながら耳を押さえている。分かる、本当イラッとするよな、こいつの態度と行動。いや、存在全てか。


『部屋ではオンオフが選択できるけど、ノルマ達成の証拠写真は撮らせてもらうからね!』

「は? ふざけんなおい」


 勿論、ドラゴンはいつだって一方的だ。そもそも、こっちの声が聞こえているかどうかも怪しい。当然反応なんてないのは分かってるけど、言わずにはいられなかった。


『配信者は頑張って視聴者を楽しませよう! 視聴者は一日一回だけ投げ銭を投げられるよ! 視聴者を味方につけて投げ銭をゲットしよう!』

「このアホドラゴン、どこで投げ銭制度なんて知ったんだ」

「シッ!」


 龍之介が俺の口をサッと手で覆う。


「むぐっ」


 これももう毎度になりつつあるな。


『もらった投げ銭は体力や魔力回復、後は各階にあるセーフティゾーンでのグッズ購入に使えるよ! 既定値まで溜めて必殺技を繰り出すこともできるから、他の配信に視聴者を取られないようにファイトだよ!』


 ファイトだよ、じゃねえ。にしても、セーフティゾーンなんていうのがあるのか。トイレとかもそこにあるのかな。結構重要だよな。


『ということで、これからダンジョンの最弱モンスター、スライムとチュートリアルバトルをするよ! 初期装備を今から付与するから、詳細はスマホ画面を確認してね! じゃあみんな、健闘を祈ってるよ!』


 また唐突にブツッと接続が切れた音がした直後、俺達の身体がパアアアッ! と激しく光り始める!


「だから光度を考えろって! 眩しいっ、目が潰れるっ!」

「亘! 目を庇って!」

「あのクソアホドラゴン!」

「それは異論ないっ!」


 こんな状態じゃ、光が止むのをじっとその場で待つしかない。


 体感で一分くらいか。腕で隠した目で薄目を開けてみると、最初に光を直接見た時に焼き付いたもの以外の光はもう見えなくなっていた。あーまだチカチカする。


「にしても、初期装備付与って……お! 龍之介格好いいじゃん! それロングソードってやつ?」

「え? あ、本当だ!」


 龍之介の身体には斜めがけの革のショルダーベルトが巻き付き、背中には大剣を帯びている。防具らしきものはなかった。


 龍之介が、俺の背中を見て「あ! 亘は双剣だよ! 格好いい……んぐっ」と段々と視線を下に落としながら途中で詰まる。目が泳ぎ始めて、顔が赤くなってるんだけど。


「なに? なにか変?」

「あ、いや、その、む、胸が、目に毒で」

「胸?」


 俺の身体にも、ショルダーベルトが巻き付いていた。だけど龍之介のとは違って、心臓のあたりでクロスしている。クロスしているので、当然だけど胸が滅茶苦茶強調されている。結構しっかりめなボリュームなので、ベルトがめり込んでいるように見えた。


 なるほど、龍之介はこれに反応したらしい。緊縛系ってちょっと引くけどエロいよな。俺も他の女子のこんな姿を見たら、きっと興奮しただろう。だけど残念なことに、これが自分だからか心底何も感じない。


 自分が枯れた気がしてちょっと複雑だけど、マジで何も思わないんだよ。ちょっとヤバくない、俺?


「……まあ気にすんなよ」


 龍之介の肩をぽんと叩いた。


「気になるよ……目がいくんだもん……」


 顔を両手で覆ってしまう龍之介を見て、相変わらずピュアボーイだなあ、と頭をガリガリ掻いた。


 こいつは以前からこうだった。バスケ部のメンバーが下ネタで盛り上がってもスーッと輪から離れていくし、好みの女子の話なんて聞かれた日には、真っ赤になって背中を向けちゃうし。


 俺なんて下ネタを振られても全然いけるんだけど、俺がそういう話をしているのを女子マネたちに聞かれると、何故か「亘先輩ってそっち側だったんですか!? 嘘、こっちですよね!」て言われるのが解せない。なんだこっち側って。俺だってエロトークしたいわ。経験皆無だけど。


 龍之介の「ふー、ふー」という荒い呼吸が手のひらの向こうから聞こえる。俺はこの幼馴染みをどうすりゃいいんだ。


 照れてどうしようもない状態になった龍之介を前に、俺は困り果てていた。

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