4 適合者
東京駅に到着する。
要所要所には警官が立っていて、ダンジョン受付の方向を教えてくれていた。
流れに従い、進んでいく。八重洲口と書いてある改札を通ると、タクシー乗り場になっているロータリーに出た。
「23区の人はそれぞれの区の受付へ! それ以外の方は総合受付の方に行って下さーい!」
目の下にくまを作ったスーツの男性たちが、次々に訪れる男たちに声をかけている。昨日から不眠不休で働いているのかもしれない。大人って可哀想……。
それにしても、と周囲を見渡す。
「龍之介、見ろよ。見事に男だらけだぞ」
「本当だ」
ほぼほぼ男しかいない。なかなかない光景かもしれない。
不思議に思って、首を傾げた。
「ドラゴンってなんで男限定にしたんだろうな?」
「モンスターを倒すようなことを言ってたでしょ。やっぱり戦うってなると男の方が適任だからじゃないの?」
「うええ、俺超平和主義なのに」
「うん、分かってるよ。きっと腕に自信がある人たちが選ばれると思ってるよ」
「だといいなあ……」
ちなみに自分の区の受付を探してみたけど、身長が165センチの俺では見渡すことはできなかった。くそう。早々に諦めて、188センチの高身長を誇る龍之介にお任せすることにする。
「あ、あそこみたいだよ」
「え、どこ? ……わぷっ」
突然横から突っ込んできた男性にぶつかられて、ふらりとよろける。
「亘! 危ない!」
龍之介は後ろに倒れそうになっていた俺の二の腕を掴んで引っ張り寄せると、「ほら、掴まって」と手を差し出してきた。
「これじゃ迷子防止のお子ちゃまじゃん」
「迷子防止だもん」
「くっそー!」
下唇を突き出しつつも、この混雑の中、龍之介の助けなしに正確な場所に速やかに辿り着ける自信は全くない。パン! と叩くようにして龍之介と手を繋ぐと、素直に先を進み始めた龍之介の後ろに庇われることにした。毎日牛乳は欠かさないのに、どうして伸び悩むのか。チクショー。
でも早々に諦めたお陰で、目的の場所にはすぐに到着できた。住民票検索をしているのか知らないけど、疲れ切った顔の人が俺たちの名前と身分証明書を確認してから、整理券を渡される。「あちらへどうぞ」と指を差された方向を見ると、長蛇の列ができていた。
相変わらず龍之介に手を引かれながら、最後尾に移動する。ダンジョンの入口は言っちゃなんだけど公衆便所みたいな四角いやつで、そこまで大きくはないらしい。現在は自衛隊の手によって鉄格子で覆われていることもあって、ダンジョン感は大分薄いとSNSで呟いている人がいた。
正直言って、あまりに流れ作業なお役所感があって、緊迫感が滅茶苦茶薄い。列の前の方から「次のペアの方、どうぞー!」というちょっとキレ気味な呼び声と、すぐ後に『ブッブー!』というイラッとする音が聞こえてきた。あれだ、例のムカつくブザー音。
「あのドラゴンさ、どっからあんなアホっぽい音源を拾ってきたんだろうな?」
「さあね。でも僕は正解の音は聞きたくないからあれでいいよ」
「確かに」
軽口を叩きながら、少しずつ前に進んでいく。
と、どこか不安げな眼差しを前方に向けていた龍之介が、ボソリと言った。
「全体的にふざけてるように見えるけど、ひとつのエリアを殲滅させたのは事実なんだよね。てことは、モンスターが出てくるっていうのもきっと本当だよね」
「ああ……かもな」
「選ばれたくなんかないけど、でもこの先ずっと誰も入れなかったら、この国ってどうなっちゃうんだろうって考えたら……怖くて」
「龍之介……」
そっか、そういう可能性だってあるもんな。俺は「その内見つかるんだろうな」くらいの軽い考えでいたけど、さすがは石橋を叩いた上でそっと渡る龍之介だ。色んな可能性を考えて、それが原因で怖くなっちゃったらしい。
だから俺は、バン! と龍之介の背中を思い切り叩いてやった。
「いてっ」
龍之介が驚いた顔になって、俺を見下ろす。ニカッと歯を見せて笑うと、言ってやった。
「あんま起きてないことまで考えすぎて不安になるなって! 大丈夫、俺がついてるからさ!」
「……頼りないけど頼もしい」
「もしかして俺、けなされてる?」
「あは」
だけど、能天気というかあんまり深く考えない俺の言葉で、龍之介の元気は戻ってきたらしい。爽やかないい笑顔になると、俺の手をぎゅっと握り直して頷いた。
「隣に亘がいて本当によかった」
「おうよ! 任せな!」
キシシ、と笑うと、俺も前に向き直る。列は順調に進んでいて、適合者は未だに現れてはいないみたいだ。『ブッブー!』というムカつく音が、段々近付いてきている。
やがてとうとう、俺たちの番がやってきた。ダンジョンの入口は、本当に公衆便所みたいな大きさの四角い形状をしている。レンガ造りなのでチープ感は薄れてるけど、ダンジョン感もかなり薄い。
「次の方、整理券をこちらへ」
「あ、はい」
該当の区名と名前が書かれた紙を手渡すと、ダンジョン入口の正面に立たされた。さすがにここまできたら、繋いでいた手は離している。
入口の奥は真っ暗で、手前に緩やかな階段があることしか分からない。透明の壁があると聞いていたので目を凝らして見てみると、微かに波打つ薄水色をした硝子窓みたいなものが確認できた。
「お二人同時に手を触れて下さい」
係のおじさんは、何度も同じ説明をしていい加減疲れているのか、俺たちに目線も合わせずに言った後、グビグビとペットボトルのお茶を飲み始めてしまった。流れ作業感が半端ないな。まあ気持ちは分からなくもないけど。
「龍之介、せーのでいく?」
「そうだね」
「じゃあ、せーの!」
二人同時に手を伸ばし、お互いの様子を確かめ合いながら――触れた。
『ピンポンピンポンピンポーン!』
これまでとは違う音が大音量で鳴り響いた瞬間、手を突いていた透明の壁が突如消え失せる。
「おわっ!?」
「亘、危ない!」
バランスを崩して前のめりになった俺を、龍之介が慌てて支えてくれた。だけど、一歩踏み出した先にあった筈の階段が、何故かいつの間にか滑り台に変わってるじゃないか。
はあ!? 何してくれてるんだよ、あのくそドラゴン!
俺と龍之介は引きつった顔を見合わせた後――。
「わ、わ、うわあああああああっ!」
ひしと抱き合ったまま、ダンジョンの奥に滑り落ちていったのだった。
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