【第168回】 1ST ミーティング IN イタリア

 私と林先⽣と桝井さんの3⼈は、今、イタリアに来ている。フライトは13時間近くかかったし、⽇本との時差も、かなりあるので、なかなか体がしんどい。3泊4⽇だから、時差ボケに慣れるころには帰国かな。

 空港を出た私たちは、目的の場所へと向かう。

「さあ、古⽥さんのお店の近くまで、向かいましょうか。タクシーを⾶ばせば、20分くらいで着くっておっしゃってましたよ。」


 そう。私たちのイタリア滞在の目的の⼀つは、ここに住む百海ちゃんに会いに⾏くこと。そして、百海ちゃんと⼀緒にミーティングも⾏う。だから、私たちは、百海ちゃんのお店兼⾃宅の近くに、ホテルを予約してあるのだ。

 ホテルに着いた私たちは、チェックインを済ませ、それぞれの部屋に⾏く。旅番組によく出てくるような、⼩ぎれいで⽴派な部屋を予想していたのだが、かなりイメージと違う。でも、必要なものはそろっているし、4⽇間、問題なく過ごせそうである。


 しばらくして、林先⽣と桝井さんが私を呼びに来た。準備のできた私たちは、徒歩で百海ちゃんのお店へ向かった。

 百海ちゃんのお店、正確には、旦那さんと百海ちゃんお2⼈のお店だが、新築ということもあって、なんとも美しい。まさに「本場のイタリアン」という感じのお店で、こちらは私の予想通り、あるいはそれを上回る。お店の名前は、「Bel Paese(ベル・パエーゼ)」と書いてあるようだ。

 私たちは、百海ちゃんとの再会の喜びに浸(ひた)っていた。まもなく百海ちゃんは、旦那さんを私たちに紹介する。私たちは旦那さんと挨拶(あいさつ)を交わした後、案内していただいた席に着く。

 林先⽣は、

「さて、古⽥さん、ぜひ記念に、この4⼈でミーティングを開きたいのですが。お話ししたように、⽇本におられる森さんご夫妻には、ヴァーチャル出演していただきます。どこか、それができそうな、よい場所はありませんか?」

 すると、百海ちゃんは、

「ちょっと待っていてください。」

 と⾔って、旦那さんのところに⾏く。なにやら、話し合いをしているようだ。そして、間もなく、百海ちゃんは戻ってきて……。

「夫にお願いしたら、明⽇の午前中でしたら、この店を私たちの貸し切りに、してくれるそうです。ですので、うちでやりませんか?」

 おお! それはなんとありがたい。しかもなんと⽴派なミーティング会場になるのだろう。

「そうですか! それは助かります。では、お⾔葉に⽢えさせていただきましょうか。ね、桝井君、北川さん?」

「はい!」

 こうして、私たちは、明⽇の午前中、百海ちゃんのお店をお借りして、ミーティングをすることになった。今⽇のところは、もう遅いので、私たちは、ホテルに帰って休み、明⽇に備えた。


 翌朝、「ベル・パエーゼ」に着いた私たちは、ヴァーチャル出演のセッティングを含めた、ミーティングの準備を済ませた。いよいよ、念願の国外ミーティングだ。森さん夫妻の像が現れる。林先⽣が開会のことばをお発しになる。

「では、ミーティングを始めます。なお、会場となっております古⽥さんのお店が、そんなに⻑時間はお借りできませんので、今⽇はウォーミングアップは省略させていただいて、早速本題に⼊らせていただます。」

 さあ。今⽇はどんな議題かしら。イタリアにふさわしい議題を、考えてきてくださったのかしら。

「今⽇は、せっかく古⽥さんに、⽣で参加していただいている、久しぶりの回ですので、古⽥さんに話題を提供していただいて、《分かち合いのトーク》の回にさせていただきます。古⽥さんにはあらかじめ、このことをお願いしています。みなさん、よろしいですか?」

「はい!」

「では、古⽥さん、お願いします。」

「はい。あたしは、ここイタリアに来て、1年くらいになりますが、あたし、まだイタリア語が、そんなには話せませんので、たびたび、⾔葉の壁に出会うんです。

 特に、非常時の⾔葉の壁が、すごく悩ましいです。お医者さんに⾏くにしても、今のところ、夫が⼀緒じゃないと行けません。

 でも、夫はうちの店の店主なわけですし、私もそうそう、⼿を煩(わずら)わせたくはないんです。みなさん、何か良い⽅法はありませんでしょうか?」

 なるほど、たしかに、普段の⽣活をするだけなら、不完全なイタリア語でも、なんとかなるだろうけど、非常時は⼤変でしょうね。どうしてあげたらいいだろう。すると、⼝をお開きになったのは、森俊⼀さん。

「筆談ではだめですか? 話すよりは、まだ壁は⼩さくありませんか。」

 なるほど。筆談か。

「はい。確かに書くほうがまだ得意ですので、⼩さなホワイトボードを、常に持ち歩くようにしています。

 でも、お医者さんの⾔葉って、専門⽤語が多いじゃないですか。少しはわかるようになってきましたが、いまだに、あたしの病気の《○○脳機能障害》っていう単語、発⾳できませんし、書けません。」

 そうか、筆談では限界があるのね。となると、結局は、百海ちゃんが必死で、イタリア語を勉強するしかないのかな。

 私は、

「イタリア語を勉強する時間って、あまり取れないのかしら?」

「そうなのよ。レストランを回していくのって、思ったより⼤変でね。居酒屋の時は、雇われの⾝で、しかも《障がい者雇⽤》だったから、かなりの余裕があったけど、今は夫と私で先頭に⽴って、お店を回していかないといけないからね。」

 そうか。会社で⾔えば、百海ちゃんは副社⻑みたいな感じなのね。でも、それ以外の⽅法なんて、果たしてあるのかしら。

 すると、森瑞⾹さんが、

「かかりつけ医を決めて、しかも⼈数は、できるだけ少なくしたらいいんじゃないかしら? それなら、少なくとも同じことを何度も説明しなくていいから、ちょっとはマシじゃない?」

 なるほど。でも、説明することには変わりないわよね。

 百海ちゃんは、

「そうですね。夫に頼んで協⼒してもらって、かかりつけ医にできそうな、よい医者を探してみようと思います。ありがとうございます。」

「ちょっと待ってください。」

 そこに割って⼊ってきたのは桝井さん。この⼈はいつも、割り込みが得意だ。

「今、林先⽣と⼀緒に、こんなものを作ってみました。」

 桝井さんはみんなに⼀枚の紙を⾒せる。中には、なにやらイタリア語でびっしり書いてある。

「イタリア語が分からない⼈はすみません。でも中⾝がわからなくても問題ありません。これはあくまで⼀例ですので。何が書いてあるかと⾔えば、古⽥さんのこれまでの経歴と病歴を、簡単にまとめたものです。⾔ってみれば、医者が書く診断書みたいなものです。」

 へぇ、そんなものをこの短時間でよく作るわね。さすがはこの2⼈。

 すると林先⽣が、

「こういうものをしっかり作って、そのかかりつけ医探しに、使ってみてはいかがでしょう? そして、これは、⾒つかったかかりつけ医にとっても、その先重宝するでしょう。」

 さらに林先⽣は、

「僕か桝井君に⾔ってくだされば、随時、いつでも作成しますよ。オンラインでファイルをやり取りしましょう。」

 百海ちゃんは、

「それは助かります! その⽅法なら、難しいことは、あまりしゃべらなくても済みますもんね。ありがとうございます! 夫にも伝えておきます。」

「いえいえ、よかったです。」

 よかった、これで百海ちゃんも安⼼して暮らせるわね。

 それにしても百海ちゃん、ちょっと変わったな。結婚して落ち着いた感じ。「サイン」アプリでのやりとりや、ヴァーチャル出演の時には、あまり感じなかったけど。2⼈ではしゃいでいたあの頃には、もう戻れないのかな。


 そんなことを考えている間に、林先⽣は閉会の挨拶(あいさつ)をお済ませになっていた。森さんご夫妻の像が消える。⽚づけをしていると、百海ちゃんが、

「林先⽣と桝井さん、ちょっとこの後、あたしたちにお時間いただけませんか? あたしと美⾹ちゃん、あたしたち2⼈で、久しぶりに、⽔⼊らずで過ごしたいんです。」

「いいですよ、俺は。」

 と桝井さん。

「僕もいいですよ。午後は2⼈で、ゆっくりしていらっしゃい。僕も桝井君と、観光でも楽しむことにしますよ。」

「えー。野郎2⼈でですかぁ。」

「ははは。」


 そして、私と百海ちゃんは、そのまま、百海ちゃんのお店でランチを済ませ、百海ちゃんお勧めのカフェ「マーレ・ブルー(Mare Blu)」へと移った。私たちは、また昔のようにはしゃいだ。なんだ、⽔⼊らずになれば昔と変わらないわね。よかった。

 気づくともう5時間が経っていた。私たちは店を出て、百海ちゃんは「ベル・パエーゼ」へ、私はホテルへと戻った。


  




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る