黒秘書さんとの出会い-6
「他に何か質問はありますか?」
黒秘書さんは少し考えるような顔をした。美形はそんな顔でも見栄えがするものだとアリーは見惚れた自分に呆れてしまった。
「そうですね……結婚観とか知りたいですね。セクハラにならなければ、ですが」
結婚観――ずいぶんと今の自分からはかけ離れた言葉が出てきて、アリーは戸惑った。どういう意図か考えあぐねたが、とりあえず答えることにした。
「理想としては、死ぬまでずっと愛し合える男の人と巡り会えるのを待っているので……外見じゃなくて心で惹かれて、おじいちゃんとおばあちゃんになっても仲良くできる優しい人。現役時代はがんばってがんばりますけど、老後は夫婦2人で穏やかに暮らしたいです。ロマンス小説の読み過ぎだって、よく人には言われます」
「意外と古典的なんですね。私も理想像としては同じですよ」
黒秘書さんはさらりと言った。どういう意味かさっぱりわからない。
「あ、そ、そうなんですね」
黒秘書さんはアリーの返答に対してにっこり笑い、アリーは作り笑いした。
「君は母子家庭で、私には親がいなかったので、そういう古典的な価値観に憧れるのかもしれませんね」
黒秘書さんは少し寂しげに微笑んだ。 中華のデリバリーは2人でがんばって全部平らげたので、色っぽい展開になるはずもなく、アリーは本当にお腹がいっぱいになった。
「久しぶりにこんなにお腹いっぱい食べました。明日から調整しないと」
「本当にそうですよ。中華料理は栄養バランスがとれていますが、カロリー管理はとても大切ですから」
「ブラッドレイさんはスリムですよね」
「筋トレが趣味なんですよ」
「仕事だけではなくて、1つでも趣味があって良かったです」
「私は筋トレですが、君の方のご趣味は?」
アリーは即答できず、黒秘書さんは少し顔をのぞき込んだ。
「変な質問をしてしまいましたか?」
アリーは首を横に振り、俯いて言った。
「読書です……ロマンス小説が好きなんです」
黒秘書さんはきっと呆れたような顔をしているに違いないと思いつつ、顔を上げる。呆れたというよりはきょとんとしていた。
「なぜそんな顔をされているんですか?」
「この歳にもなってロマンス小説だなんて、夢見がちだと思いませんか?」
「でも、お好きなんでしょう?」
アリーは頷いた。
「ロマンス小説はどんなに追い詰められた主人公でも絶対にハッピーエンドになるんです。だから自分に勇気をくれている気がして好きなんです」
「十分な理由ですよ。誰も傷つけていないし、誰もイヤな思いをしていない。本を読むことは素敵な趣味ですよ。それがハッピーエンドだと決まっているなら、なおいいではありませんか」
黒秘書さんは微笑んだ。自分の趣味を肯定してくれたのだと思うと、アリーは身体の芯から熱くなるのが分かった。
「あ、ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことを私は言っていませんよ」
アリーは大げさに首を横に振った。
「そんなことないです。今、ブラッドレイさんからも勇気を貰いました」
黒秘書さんは微笑み続け、少ししてから口を開いた。
「いつかロマンス小説みたいな恋をして、それがハッピーエンドになるといいですね」
彼はそう言うと輝くばかりの笑顔をアリーに見せてくれた。
それがあなただったらどれほど幸せだろうか……アリーは心から生じた熱が全身に廻っていき、甘い感覚に支配されるのが分かった。
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