第10話「奴隷少女との旅立ち」
「リアナ、乗り心地はどうだ」
「少し揺れますが…大丈夫です」
あれから、数週間の月日が過ぎ去った。
依頼報酬の金貨三十枚。それに加えて元々の貯蓄が金貨十枚。
馬車を一台買えるほどの大金をつぎ込み
こうして旅の準備を進めることができた。
「始めは、一つ目の街「ドゥランシア」に赴くことになるんですよね」
「あぁ」と短く返事を返し、懐から地図を取り出す。
「交易都市ドゥランシア」多種多様な種族の集う街であり、この世で最も
人の盛んな町と言っても良いだろう。
何と言っても、その訳は世界各地から様々なものが持ち寄られるからだ。
物珍しい道具に、武器や防具。食べ物、薬草に至るまでが揃うと聞く。
故に交易都市と言われているのだろう。だからこそ、それにあやかい
色々な道具を新調して、次の旅路を万全な態勢で迎えることが出来るというわけだ。
「しっかし、明確な村の名前と場所が分からないってのは
正直言って情報が欲しいところではあるがな」
「申し訳ないです…。何せ十年単位も前のことなので」
そう落ち込むこともない。手段の一つとして、金を払い、対価として情報を得ることもできる。
全て含めて完璧な算段であると自負しているが、何故だかリアナの顔が優れない。
何か思うところがあるのだろうか。そう疑問に思い
声をかけようとするがその前にリアナが口を開ける。
それは、最も最悪な一言であった。
「それよりか、お金が底をついている方が重大なことかと…」
そう、馬という生物は、元々移動要員として重宝されおり、更には荷台である。
縦横どちらとも、ある程度の余裕がある。
人が乗ることも想定されている為、その広さは折り紙付き。故に、その分値が張るのも頷ける話だ。
「まずは、ギルドに行きましょう。
一攫千金の依頼です。そしたら次の街も、その次の街だって。
安全な旅を行けると思いません?」
指先に蝶を止まらせながら、目を輝かせリアナはそう呟く。
「…っと練習がてら丁度良いんじゃないか?」
小鬼から鬼へと進化を遂げるには、相応の人を食らう必要がある。
それに伴い、鬼と比べると小鬼の繁殖は早く数は増える一方。
「やれるか?」
「任せてください」
剣を引き抜き、リアナは手を翳す。
その掌に、淡い光が宿る。醜悪な顔立ちは見る者を不快にさせ
血色の悪い身体は獲物を狩ることに対しての執着を感じさせる。
指を鳴らすと同時に、一つの炎が一匹の小鬼を包み込む。
炎魔法だ。威力は申し分なく
生物の弱点である火に耐性を持たない小鬼にとっての致命傷に他ならない。
小さな断末魔を最後に、辺りからは騒音が消える。
焼け焦げた肉の匂いと血の匂いが混じり、むせ返る。
まだ油断してはならない。なんせ小鬼はまだ残っているのだから。
獣めいた咆哮が、辺りに木霊する。
刃こぼれした短剣が小鬼の手から放たれる。
あえて言うことでもないが、俺の体は強靭な分、刃が体を掠めようと
精々軽く流血する程度で済んでしまう。しかし、リアナはか弱い女性だ。身体能力も人並みしかない
リアナに刃が当たれば、傷が付く程度じゃ済まないだろう。
その悪知恵こそ力も頭脳も人間以下の小鬼が恐れられる所以である。
功を制したのは、俺らがそれぞれの役割を持ち
お互いのことについて理解をした上での行動であること。
風切り音を轟かせ、リアナの目前へと迫っていた短剣。
しかし、 それが届く前に、短剣を払いのける。
軽い金属音が鳴り、円状に何度も回転しながら宙を舞う。
やがてその軌道は静止し、落下する。以外にも、隙を見せてしまったせいか
不格好な杖を構えた小鬼が視界に入る。
おおよそ、その構えから見て魔法使いか。
人の真似事か、小鬼はぎこちない構えで火球を打ち出す。
威力も弱すぎるわけでもなく、軸のずれる軌道を予測するのは困難だ。
当たれば、少なくともタダでは済まない。お互い咄嗟に距離をあけ、横を抜ける火球に注視する。
刹那、物陰に隠れていた小鬼の集団が、一斉に手に握っている短剣やらこん棒を投げつける。
回避の行動を選択してた俺たちにとって、この攻撃は最善として言いようがなく厄介極まりないものだ。
「案外、やるもんだな。…リアナ、舞台は整ったぞ」
「ですね。バッチリです」
「燃えよ、炎の神々よ」
空気が、一変する。
先程までの景色は何処へやら。今目の前に映し出されている
光景はこの世のものとは到底思えないものだ。
辺り一面を覆う赤に、熱気を孕む熱風。
その中心には、リアナが一人佇んでいる。
手を天高く翳す。それに呼応するように炎は更に勢いを増していく。
やがて、それは巨大な火球となり小鬼の群れへと放たれる。
「力強き火を呼び起こし、世界を焦がせ」
轟音と地響きが同時に起こり、爆炎は木々を焼き焦がす。
土埃と舞い上がる熱風に思わず目を細めてしまう。
やがて辺りの景色が晴れていく中で、灰塵となった小鬼の群れが転がっていた。
どうやら、俺の出番はなかったらしい。その日以降
突如としてカルデラが出現したと、後に歴史は語る―――――
会話など無い。お互いに一点を見つめ、その様子を伺う。
慎重に注視しつつ、時が来るのを待った。
火元の勢いは少しずつではあるものの、徐々に弱まってきている。
「頃合いですね」
リアナの言葉に耳を傾け、すかさず俺は鍋の中にある具を掬う。
手をあわせ、一礼。箸で具を口へと運ぶ。
咀嚼する度に口に中に広がる出汁と具材の旨味。
「やっぱり、寒い日には温まるスープですよねぇ」
ぴりついた空間も、リアナの笑顔一つで綻びるもの。
ほっとする暖かさ。凍えるような夜空の下も、リアナの笑顔一つで湯たんぽ要らずだ。
俺は今、街を旅立ってから初めて調理というものに挑戦している。
といっても、即席の食材を全て鍋に入れて煮た
だけの料理とも呼べぬものではあるが。
初めてにしては上出来だと自画自賛したいところ。
「ドゥランシアに到着するまで
あとどれくらいの月日を要するのでしょうか」
「そうだなぁ…ここから山道を下って…ずっと北に進むから
多分、あと一週間くらいは掛かるんじゃないかな」
リアナは微かに口角を上げる。
「どうした」と尋ねると、首を横に振る。
どうやら何か言いたげだが、言うのは憚られるらしい。
俺は鍋をかき混ぜながら言葉を待った。
するとリアナは意を決したように口を開く。
「「あの時」は、こうして長い旅をするというのは
好きでは無かったんです。もちろん、突如として連れ去られた上での旅でしたから
当たり前と言えば当たり前なのですが…。
それでも、生まれを離れるというのは、何だか物悲しいような…そういう風に思っていました」
夜空を眺めて、そう呟いた。
俺はただ黙ってリアナの言葉に耳を傾ける。
「でも、幸せの中に不幸せが宿っているものだと、私はそう願います。
…いえ…願っていたいのです。」
「これからよろしくお願いしますね。ムメイ様」
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