嫌われ公爵家の溺愛令嬢~褒められる度に魔力が上昇するので赤ちゃんの頃から努力してカワイイを極めた結果~
鈴木 桜
第1章 幼少編~カワイイの目覚め~
第1話 赤ちゃんに転生!?
(死んだわ、これ)
ぐるりと反転した夜空には雲がかかっていて、月がぼんやりと滲んでいる。
その月が、少しずつ遠くなっていく。
そして背後に迫る、冷たい水面。
酔った勢いで橋から転落、なんて。
(私に似合いの最期かもしれない)
スローモーションのように動く景色をぼんやりと眺めながら、頭の中にこれまでの出来事が浮かんでは消えていく。
(これが、走馬灯かぁ)
少しだけ退廃的で、けれど平凡な人生だった。
生まれた時から父親はいなかった。
母親は酒と男だけが生きがいで、私と弟を何週間も家に置き去りにするような人だった。
何度か死にかけたが、親切な隣人に救われて親戚の家に身を寄せることができたのは幸運だった。
親戚の家で肩身の狭い暮らしをしながら、二十代前半までは弟をまともな人間に育てることにやっきになった。
中卒で働き始め、弟が大学を卒業するまで、それこそ馬車馬のように働いた。
弟は大学を卒業後、就職、すぐに結婚した。
その相手は、弟に家族と縁を切ることを望んだ。
私たち姉弟にどうしようもない母親がいることは事実で、その母親の存在がいつか不幸を運んでくるかもしれない。そう不安に思うのは当然のことだ。
渋る弟を叱責し、彼女の望む通りにさせた。
弟夫婦は行き先を告げずにどこかに引っ越し、連絡先も分からない。
少しばかり恨みがましい気持ちはあったが、弟の幸せのためには仕方がないと割り切った。
そして、弟の人生という重荷を下ろしたことで、肩が軽くなったのもまた事実だった。
これからは自分のために生きる。
そう決めた。
だけど、どこか空虚な心だけはどうしようもなくて。
私は、夜の街に溺れてしまった。
ブサイクな顔を厚化粧で隠し、夜の街に出る。そして、お金を払って酒を買う。そうすれば、誰もが私を褒めてくれた。ちやほやしてくれた。
空っぽの心を埋めてくれた。
酒と男だけが生きがいだった母の気持ちが、ようやく理解できた。
こんなしょうもない生き方しかできない。
平凡でどうしようもない自分が嫌いだった。
だから、これが似合いの最期だ。
(もしも生まれ変わったら……)
そんなことを考えても仕方がないのに。
それでも考えてしまう。
(もう少し、ましな生き方をしたいな……)
──ドボン。
全身が冷たい水の中に投げ出される。
苦しくて、冷たくて。
だんだん指先の感覚がなくなっていって。
そして、何もかも真っ暗になった。
* * *
目を覚ますと、私はふかふかのベッドに寝かされていた。
頬に触れるシーツの感触がつやつやで気持ちがいい。
(どこだろう……?)
確かに私は死んだはずなのに。
(もしかして、死に損なって病院に運ばれた?)
そんなことを考えながら体を起こそうと、ベッドに手を付いた……。
つもりだったが、手が動かない。
いや、動いてはいる。
パタパタとシーツに触れては離れてを繰り返している。
(思い通りに動かない? なんで!?)
体の脇に手をついて、体を起こす。
たったそれだけの動作をしたいだけなのに。
身体が思った通りに動かないのだ。
(骨でも折れているの?)
と思ったが、痛みなど一つも感じていないので、その可能性はない。
そもそも。
(なんか、視界がぼんやりしてる……?)
どうにも、上手くピントが合わない。
(よし、助けを呼ぼう)
声なら出せるだろう。
息を吸い、大きな声を出す準備をした。
ところが。
「お、おぎゃぁ! おぎゃぁ!」
私の口から飛び出してきたのは、赤ん坊のような泣き声だった。
(な、な、な、なんで!?)
内心の焦りとは裏腹に、喉からは泣き声だけがあふれ続ける。
「あらあら、どうしたの?」
そこに割って入って来たのは、優しげな女性の声だった。
声の主が、私の視界に入る。
ぎゅうっと顔を近づけられて、ようやく少しだけピントが合った。
栗色の髪に、可愛らしい桃色の瞳の女性だった。
眦がじんわりと下がっていて、今にもとろけてしまいそうな笑顔で私を見つめている。
「怖い夢でも見たの? ……リリエッタ」
女性は私の身体をひょいと抱き上げた。
(え、成人女性をこんなに軽々と!?)
そんなゴリラのようなパワーを持っているようには見えなかったが。
内心で首を傾げる私をよそに、女性が私の背中をトントンと叩きながら体を揺らす。
それがなんだか心地がよくて。
とろんと頭が溶けるように、眠気が襲ってきた。
ふわふわと今にも落ちてしまいそうな意識の中、少しずつ慣れてきた視界の中に鏡が見えた。
鏡の中では、栗色の髪の女性が今にも眠ってしないそうな赤ん坊を抱いて優しい笑みを浮かべている。
ようやく理解した。
(これ、私だ)
この、金色のふわふわの髪にルビーのような真っ赤な瞳を持つ、天使のような姿の赤ん坊は、私。
──私は、赤ん坊になってしまったのだ。
驚いた。
とても驚いた。
だが同時に、納得感もあった。
(生まれ変わったのかな?)
輪廻転生、ということなのだろう。
私はあの時たしかに死んだのだから、次に目が覚めるのは新しく生まれた時。
それはごく自然な流れのように感じられた。
まさか前世の記憶をぜんぶ持ったまま転生するとは予想外だが。
うつら、うつらと眠りかけている頭でそんなことを考えていると、
──バーン!
勢いよく扉が開かれる音で目が覚めた。
その不快さに、思わず喉が震える。
「ふ、ふ、ふぎゃぁぁぁ!!!」
「あらあら、大丈夫よ、リリエッタ」
再び泣き始めた私を、女性が慌てて宥め始める。
同時に、女性は扉の方に非難がましい視線を向けた。
そこには、大柄な男性がいた。
黒髪を短く刈り込んだ、黒い瞳の男性。目つきは鋭く、顔には大きな十字傷がある。
町ですれ違ったら、絶対に目を合わせてはいけないタイプの人間だ。
その人が、ずんずんとこちらに近づいてくる。
その様子に、私を抱く女性が深くため息を吐いた。
「あなた、お静かに」
「我が愛しのリリエッタの泣き声が聞こえたのだ! これが落ち着いていられるか!」
「その愛しのリリエッタは、あなたが立てた音に驚いて泣いているのですよ」
「な、な、な、なんと……! ……すまん」
「分かればよろしい」
なんて微笑ましい会話だ。
どうやら、この二人が私の両親らしい。
「すまん、リリエッタ。今度から気を付けるから。どうかパパのことを嫌いにならないでおくれ!」
父の方がかなり厳つくて驚いたが、厳ついのは見た目だけで、子煩悩な優しい人のようだ。
(嫌いになんかならないよ)
そう伝えたかったが、どうやら、この小さな身体ではまだ言葉を話せないらしい。
仕方がないので、父の厳つい指をぎゅっと握ってあげた。
「リリエッタ……!!」
たったそれだけのことに、父は感動して目に涙を浮かべている。
そして父と母は見つめ合って、頬にキスを交わした。
どうやら今世では、とても仲の良い夫婦の間に生まれることができたらしい。
それだけでもう十分だと思えるほど幸せな気持ちで、私はようやく眠りに落ちていったのだった──。
それから数週間。
赤ん坊として過ごしながら、分かったことがいくつかある。
父の名は、ベルタリウス・ローゼンフォード。
四代公爵家の一つ、ローゼンフォード家の当主だ。
母の名は、マルセリーナ。
現国王の妹、つまり元王女様で、ローゼンフォード家に降嫁してきたのだという。
そして……。
「リリエッタよ。そなたは、どんな魔法使いになるだろうな?」
期待を込めて父が語り掛ける。
そう。
この世界には魔法が存在するのだ。
その世界において、父ベルタリウスは国内最強の魔法使いと呼ばれているらしい。
私はその娘で、魔法使いとして将来を有望視されている、というわけだ。
(少し特殊な設定だけど、前世よりはましな人生になりそうね)
と、期待したのだが。
一つだけ、問題があった。
どうやらこの家族は、周囲から嫌われているらしい──。
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