ラスト・グッバイ
月ヶ瀬 杏
1
招待されたパーティーの会場で、なつかしい顔をみつけた。
「ひさしぶりに会ってもかっこいいね、
美穂の囁く声にドキッとしたのは、会場に入ってからずっと彼を見ていたことがバレたかと思ったからだ。けれど。
「……
不思議そうに首をかしげる美穂の表情に、杞憂だったと安堵する。
「え……、ああ、うん。あんまり変わんないね」
会社の同期に招待された結婚式の二次会。
ゲストテーブルに回ってきた新郎新婦と談笑している
「なに……?」
「いや、なんか、結子反応薄いなーって。もしかして、結子、三嶋くんと会うのひさしぶりじゃない? 三嶋くんが会社辞めたあとも連絡取り合ってた?」
「あいつが仕事辞めたすぐの頃はね。でも、もうずっと連絡とってないよ」
これは、ほんとう。耕平の顔を見るのは、二年ぶりくらいだろうか。
「そうなの? 今まで聞けなかったけど、私、結子と三嶋くんは付き合ってんのかなって思うときがあったんだよね。入社したときから同期で一番仲良かったし。実際、付き合ってたりした?」
「全然。ないない。あいつのこと、同期として以上に意識したことなんてないもん」
これは、ウソ。私と耕平は、付き合ってたし、そのことを会社の同僚には秘密にしてた。
配属部署が同じだったし、付き合っていることが周りに知れたらお互いに仕事がやりにくくなるから。
「公表するなら結婚するときだね」って、ふたりで話して決めていた。
だけど、公表することはこの先一生ないだろう。
「そうなんだ〜。だったら、三嶋くんが会社辞めるときに告っとけばよかったなあ」
「え……?」
美穂の言葉に、無理やり引き上げた口角がひきつる。
「……美穂、三嶋くんのこと好きだったの?」
「好きっていうか、ちょっといいなぁとは思ってた。うちらの同期で、そういう子、他にも何人かいたよ。でも、誰も思いきれなかったのは、三嶋くんて結子が好きなんだろうなーって雰囲気出てたから」
「ウソ……」
「ほんと、ほんと。あ、せっかくだから、あとでカノジョいるか聞いてみよっか」
美穂が耕平のほうを見ながら、ふふっと笑う、
どこまで本気かわからない美穂の言葉になんだかヤキモキしてしまうのは、私が未だに耕平との別れをうまく昇華できていないせいかもしれない。
***
「三嶋くん、ひさしぶり。元気だった?」
結婚式の二次会が終わると、美穂はさっそく耕平に話しかけに行った。
「おお、池田さん。ひさしぶり。元気、元気」
振り向いた耕平が、美穂の後ろにいる私に気付いて軽く左手を挙げる。
「
「うん、ひさしぶり」
そう答えながら、私は耕平の変化に落胆した。
あたりまえだが、耕平から向けられるまなざしにはかつてのような熱がない。
「三嶋くん、今日はこのあとどうするの? こっちに泊まっていく予定?」
薄く微笑む私の横で、美穂がグイグイと耕平に迫る。
「いや、今日は地元に戻るよ。祝いの席で酒飲めなくて悪いなあとは思ったんだけど、車なら日付が変わるギリギリには帰れるから」
「そっかあ……」
「俺も、せっかく東京出てきたなら飲みに行こうって誘ったんだけど……。地元でカノジョが帰りを待ってんだって。な、三嶋」
そばにいた同期の
横山くんに揶揄われた耕平は、特に照れる様子も「うらやましーだろ」と笑った。
それを聞いた美穂が「そうなんだ」と、ちょっと残念そうにつぶやく。
そうか。地元でカノジョが待ってるんだ……。
別れて二年経っても、気持ちに整理がついてないのは私だけ……。
複雑な気持ちで視線を落とすと、
「そうだ。俺、このまま帰りついでに横山のこと車で送ってくんだけど……。ふたりも乗っていく?」
耕平がそんなふうに声をかけてきた。
「え、乗せてもらっていいの? ありがとう」
「いいよ、どうせ通り道だし。品野も乗ってくよな」
耕平が、黙っている私にも誘いかけてくる。
その言葉に、今はもう深い意味なんてないのに。
心臓がドクンと鳴った。
***
耕平の車には、助手席に横山くん、後部座席に私と美穂で乗せてもらった。
「ごめん。それ、適当に避けて座って」
耕平に言われて、後部座席に置かれたブランケットが地元のカノジョのものなのだと察する。
「道順的に、先に横山の家だな。それから池田さん、品野の順番で回るわ」
「それでお願い」
耕平が横山くんとナビで地図を確認している途中、私の座っている位置から、スマホホルダーに立てていた耕平のスマホがメッセージを受信するのが見えた。
一瞬見えたのは、女の子の名前。
それに気付いた耕平は、スマホを少しいじってからまたホルダーに立て直した。
「じゃあ、車出しまーす」
Bluetoothでスマホと繋いだオーディオから、耕平の好きなアーティストの曲が軽快に流れ出す。
私もよく聞いているアーティストの曲だけど、耕平の車の中で聞くとなんだか懐かしい気持ちになった。
車内では、助手席に座った横山くんがずっと耕平と話していて、そこにたまに美穂が加わる。
私は車窓を流れる高速道路の景色を眺めながら、みんなの会話を黙って聞いていた。
地元に帰ってからのこと。耕平が手伝ってるお父さんの会社のこと。耕平の近況は、知っていることが1割。知らないことが9割。
いつのまにか知らないことのほうが増えているなと、嫌でも思い知らされる。
「三嶋のお父さん、仕事復帰してるんだ? 回復してよかったな」
「おかげさまで。一時はどうなるかと思ったけどな。戻ったばっかりの頃は、父親の会社の勝手がわからなくて昔からの職員としょっちゅう揉めてさあ。もう、こんな会社どうなったっていいんじゃね? って気持ちにもなったけど……。最近は、デザイン会社のときのスキル活かして、会社のホームページとか広告作りの手伝いもしてる」
「ふーん、うまくいってんだ?」
「今のところな」
耕平が私たちの勤める広告デザインの会社を辞めたのは、三年前。地元で建築関係の会社を経営していた彼のお父さんが体調を崩したからだった。
新卒で入ってまだ二年目。ようやく仕事が楽しくなってきたときのできごとで、耕平はかなり迷って退職を決めた。
その当時、私と耕平は付き合っていた。
耕平と仲良くなったのは、入社後に同じ部署に配置されてから。
同じ企画を担当させられることが多くて、自然と話すことが多くなった。
仕事帰りにふたりで飲みに行ったとき、耕平が私の好きなアーティストのファンだと知った。
最初はライブ仲間だったのが、しばらくして耕平から告白されて付き合った。
音楽に限らず、耕平と私は趣味や好みがよく似ていた。
食べ物、ファッション、映画、行きたいところ。
仕事への向き合い方や目標とすること。
好みが似ているから、耕平と一緒にいるときはいつも、その瞬間、瞬間がすごく楽しかった。
すごく気が合ったし、仲の良い恋人同士だと思ってた。少なくとも、私は……。
耕平と初めてケンカしたのは、彼が「会社を辞めることにした」と打ち明けてきたとき。
耕平は、お父さんの病気のことも、会社を辞めることもギリギリまで話してくれなかった。私に何の相談もせずに、何もかもをすべてひとりで決めていた。
「どうして何も言ってくれなかったの?」
ヒステリックに怒る私に、耕平は諭すように笑って言った。
「結子には、まだまだ今の会社でやりたいこととか目標があるだろ。遠距離になっても、俺が結子のこと好きなのは変わらないから。週末にはなるべく会いに来る」
地元についてきてほしいとは言われなかった。
もし耕平に「ついてきて」って言われたら、「行かない」って答えたかもしれない。でも「ついていくよ」って答えたかもしれない。
耕平は、そのどちらかを選ぶ選択肢すら私に与えてくれなかった。
それまで一度も耕平の言葉にモヤついたことなんてなかったのに。付き合って初めて、胸に違和感を覚えた。
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