第31話 帰還
「怯むな! 敵は素人だ!」
「血の誇りにかけて!」
騎士たちとアロセイル家の私兵が、城内で戦っている。私兵たちは、使い込まれた武器を手にしているが、纏う鎧は新品で、ボスと同じ型の鎧だった。
「ジュード、こいつを使え。俺は魔法でなんとかする」
ロビンは外套の裏に隠していた無数の魔石をジュードに手渡した。ジュードはそれらの魔石を二秒ほどで把握し、頷く。
「イリスディア様。城内で魔力が激しく歪んでいる場所があれば、きっとそこにトトくんがいます。わかりそうですか?」
周囲は二人が警戒してくれている。私は目を閉じて、魔力の流れにだけ心を研ぎ澄ました。けれど、フラドナグが作り上げた
「だめです、わかりません」
「では、城内を探すしか……」
その瞬間、ジュードに向かってくる気配があった。私は反射的に彼を突き飛ばし、襲撃者の男に正対した。襲撃者の得物は、鋭く研がれた手鎌だった。
「お命頂戴!」
斬撃を、エスペランサで受ける。そこへ、ロビンが
「ぐうっ!」
鎧が砕けた。けれど襲撃者はタフだった。なおも私に立ち向かってくる。
「イリスディア様!」
私を呼んだジュードが、魔石を投げた。雷が弾けた。雷は金属の鎧を駆け巡り、襲撃者の全身を痺れさせた。体を麻痺させられた襲撃者は、その場に昏倒した。
「ただの金属の鎧になら、
どうやら、ジュードが投げたのは、先ほど酒場でロビンが女将さんに投げたのと同じ魔石のようだ。
「ですが、魔石は使い捨てなのが難点ですね。ロビン、鎧を着ている敵がいたらお願いします」
「いやいや、俺、そんなに連発できねえから。
「最低限の労力で最高の成果を出せ。常々そう言っているでしょう」
ロビンにそう言ったのは、私でも、ジュードでもなかった。
「おかえりなさいませ、イリスディア様」
その人は、私の部屋付きの侍女だった。その手には小弓がある。確かにここは私の部屋がある東の尖塔だけれど、まさか、彼女も戦っていたのだろうか。
ロビンは侍女に敬礼で応じている。なにがなんだかわからないけれど、詳しく聞いている時間はない。
「イリスディア様のお部屋は、私どもで死守いたしますのでご安心ください」
一縷の望みを掛けて、私は侍女に尋ねた。
「父上は……」
「陛下は中庭で戦っておられます」
「……!」
「敵の首魁もそこに」
「いやあ、さすがっすね」
「……ロビン?」
侍女に名前を呼ばれただけで、ロビンは硬直してしまった。この二人にはどうも、私の知らない上下関係があるように見える。
「イリスディア様。事態が落ち着きましたら、お部屋に作る新しい窓についてお話を伺いたいのですが」
「窓……何の話ですか」
「雄大なるイール大河を望む大窓をご所望でしょう?」
イール大河、と言われてようやく理解できた。侍女が言っているのは、私が斬って壊した壁のことだ。私の狼藉を、彼女の采配で、なかったことにしてくれるというのだ。
「……はい。お願いします」
「承知いたしました。では、後ほど」
侍女は瞬く間に姿を消した。
戦いの勢いが去ってから、ロビンはため息をつく。
「わざわざ出てきて、よっぽど姫様が心配だったんだな」
「行きましょう。中庭はすぐそこです」
* * * * *
夜よりもなお暗い、漆黒の天蓋に覆われた中庭。その中央では、すさまじい魔法の応酬が繰り広げられている。手練れ揃いの近衛騎士たちでさえ、手を出せずにいた。
魔力の渦の中に、父サラーディオはいる。私はたまらず飛び出そうとしたけれど、ロビンに無言で制止された。
「ジュード」
ロビンは片手で私の行く手を遮ったまま、ジュードに目配せする。
「どうやらアンネローゼさんと違って、父親は火の魔法に長けているようです。とはいえ、腕前はサラーディオ様のほうが遥かに上。一対一に持ち込めばサラーディオ様の勝利は揺るぎない」
「では……私は、父上とビルには構わずに、トトにだけ集中すればよいということですか」
ジュードは頷く。
「俺たちは近衛と協力して、姫様の戦いに横やりが入らないようにします」
ロビンは遮っていた手を下ろすと、近衛騎士たちとアロセイル家の私兵の戦いに割り込んでいった。
私はエスペランサを抜き、左手に盾を装着する。戦うべき相手の姿を捉える。
「イリスディア様、ご武運を」
ジュードに頷き、私は戦いの嵐の中へと飛び込んだ。
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