牧場主、ビール樽を空にする

 おらぁ! 二十七杯目ぇ! そろそろ三樽目も底が見えてきたでしょ!

「じゃんじゃん持って来て!」

 まだまだ飲めるよ! ビールとか栄養のある水だからね!

「おいおい、いきなり倒れたりすんなよ、嬢ちゃんよぉ」

 向かい合わせでわたしと同じペースでジョッキを空にしてるのに、この男も口調がちっとも変わらない。やるわね。

 家の親父様だったらもう前後不覚で誓約書に拇印を捺させるの余裕だったのに。

 こりゃわたしも覚悟決めないといけないね。

 それにしても次が来るの遅いな。さっきまで途切れずにテーブルにジョッキを並べてくれたのに。

 どうしたんだろって給仕のお姉さんが行き来してた方を見る。向こうに厨房があるはずだよね。

 ん? なんだ?

 わたし達の飲み比べを見世物扱いして囲んでた人混みがキレイに道を開いてるんだけど。

 うぇ!? なんかビール樽を肩に担いでる女の人がのしのし歩いて来た!? てか、ビール樽でかっ!? うちに置いてる奴の倍くらいでかいんだけど!? それを乗せてるって、なにあの肩幅!? リザルドの血でも入ってるの!?

 ちょっと怖くてちらっと向かいに座るムカつく男の顔を見ると頬をひくひくさせてた。

 これはお母さんに平手食らう直前のお父さんと同じ顔だ。

 つまりやばい。やばいけど……今席を立ったらわたしの負けにならない? せめてもう一杯飲んでこいつより数を増やした事実を作らないと。

「ちょっともらうよ」

「あ、おい……」

「うっさい! 飲み掛け半分でぐだぐだ言うな! こっちは女のプライド賭けてんの!」

「お、おぅ……そうだな……」

 ったく、ちょっと凄んだだけで引き下がるなら抵抗なんかするなっての。

 わたし達の勝負を酒の肴にしてた男の手からふんだくったビールを飲み干す。

 よーし、ジョッキ半分だけどこれでわたしがリードね。

 空にしたジョッキを掲げて賭けを仕切ってた大男に見せ付けると渋々頷いた。そうそう、公平さって大事よ。

 なんてやってたらわたし達が座るテーブルにでっかい影が落ちた。言わずもがな、さっきの肩が山脈になってるお姉様です。わたしの危機管理能力が全力で逆らうなって言ってくるくらいの威圧。

 逃げたい。でもここで席を外している間に相手がジョッキを数を稼ぐのを放置は出来ない。じっと気配を消して彼女の矛先がこっちに来ないようにやり過ごそう。

 テーブルまでおもむろに歩いてきた女性は腰にちょこんとエプロンをかけてるから厨房の人かな。でもそのエプロン、意味あるってくらいに体との比率に合ってないんだけど。

 エプロンの女性はぎろりとわたしの相手をしてた男を睨みを落としてから、肩に担いだビール樽を振り下ろす。

 テーブルにジョッキを置くのと同じ軌道だったけど、テーブルより一回り大きくてジョッキより遥かに重い樽を、空を切る音がはっきりと聞こえる勢いで叩き付けたから、当然のテーブルが耐えられるはずもなく吹き飛んでいく。

 こわ。こっわ。

 テーブルが跳んで先には胴元の大男が逃げ遅れて樽に押されて壁に激突して目をまわしている。あれで死んでないとか、傭兵ってすごいなー。

 やばいなー。逃げたくても腰が抜けて体が椅子に沈んじゃってる。わたし、ここで死ぬのかなー。やっと年取りの晩を過ごして十五になったばかりなのに。夢の牧場を築き上げるのもこれからなのに。

 お父さん、確かに女一人で地方に出るとか危険だったよ。馬鹿にしてごめん。

「支団長様、十五分足らずでビール樽が空になっちまったんだが、どういうことだい?」

 ああ、その樽は空になった証拠で持ってこられたんですね?

 太い腕を置いたビール樽の上に乗せた彼女は飲み比べを仕掛けてきた男に顔をずいっと近付けている。

 あれ、仕掛けたのはわたしか? でも乗ったのはこいつだしな。てか、支団長ってもしかしなくてもここでトップクラスのお偉いさんでは?

 やっば、めっちゃ生意気な口利いてたわ。だってまるで使い走りみたいな感じで話しかけてきたんだもん……わたしが名乗っても名乗り返さなかったし……礼儀の観点から言ってわたしは悪くない、よね?

 取りあえず断罪の権利を持ってる力強い女性の目がこっちに向いてないから死ぬ気で息を潜める。まだ死にたくない。

 わたしは死ぬ時はでっかくした牧場の中でラストのお腹にもたれながら眠るように死ぬって決めてるんだ。享年はせめて五十越えたい。

「おいおい、マギィ、この樽は去年の暮れからあるやつだろ? 年越した樽とか金回りが悪くなるだろうが。厄払いみてぇなもんだよ」

「ほぉ?」

 あ、お姉様の目元がぴくって痙攣した。ブチギレですね、分かります。わたしも同じ立場でバカ男からそんな台詞聞いたらキレます。男って奴は家計をなんだと思ってるんだ。

「おい、アンタら!」

「はいぃ!」

 マギィお姉様の怒声……けふんけふん。かけ声一つで群がってた見物人どもが一斉に背筋を伸ばして敬礼をした。分かる、分かるよ。返事しなかったら、たぶん拳で歯が跳ぶんだよね?

「年越した酒樽は縁起が悪いそうだ! ビールがあと三つ! ワインが一つ! ウィスキーが一つ! 支団長様が新しいの厨房に入れてくれるそうだ! 飲み干せ!」

「うおおおおおおおおおお!」

 うっわ、現金な奴らだなー。

 喝采を上げながら厨房に人混みが殺到してる。年越しの宴会もかくやっていう盛り上がりだ。

「あ、おい! マギィ! 待て待て! それ同じ数俺が金出すのかよ!?」

「何言ってんだい。この勢いだったら年明けてから入れた樽にも手ぇ付けるだろうさ。倍は覚悟しな。役職手当で稼いでるだろ」

「ノーーーーーーー!」

 あ、支団長らしきバカ男がビール樽に手を打ち付けて真っ二つに叩き割った。

 こいつの怪力もこわっ。とっさにのけ反ったけど、木の破片が肌を掠ったよ。

 ひっ!?

 マギィお姉様に睨まれた!? 次はわたしの番ですか!? 叱られた後ならわたしも厨房にある酒飲んでもいい!? こいつとの勝負は付けないといけないんです!

「おい、ギリス」

「いでででで!」

 かと思ったらマギィお姉様は支団長っていう男の頭を鷲掴みにした。ちょっと腰浮いてるんだけど、がっつり鍛えてる男の体重を片手で持ち上げるとか魔法使ってます? 使ってますよね? 使ってるって言ってください、お願いします!

「嫁入り前の女の肌を傷付けるとかなにしてんだ、このバカ男がぁ!」

 わ、わたしが今見たことをそのまま言うよ?

 大の男がボールみたいに投げられて軽く数メートルは先にある壁に叩き付けられたのよ。

 何言ってるのかわからないかもしれないけど、言ってるわたしも意味がわからないわ。でも本当に今目の前で起きたのよ。

「あんた」

「ひゃい!」

 ごめんなさい、投げないで! 死ぬ! わたし、傭兵と違ってか弱い女の子だから! 死んじゃうから!

「大丈夫かい? ああ、痕にはならなさそうだね。良かった」

 マギィお姉様のぶっとい指が優しくわたしの頬を擦る。

 あれ、優しい手付き。だめ、惚れちゃいそう。

「さて、ハンス」

 わたしの傷が大したことないと確認したマギィお姉様がくっと背中を伸ばして広い部屋を見渡しながら誰を呼ぶ。

「今行きますよ」

 人混みを避けて壁にいたそのハンスという他の男と比べると幾分か線の細い男性は、片手を軽く上げて応えつつこちらにゆったりと歩み寄ってきた。

「ジョッキ半杯分、彼女が勝ちじゃないかい?」

「ええ、その通りですね。勝った時にどうするか名言しないまま勢いで始められてしまったので、約束の品を用意すると言えないのが遺憾ですが。全く、うちの頭領には困ったものです」

 ハンスさんはやれやれと呆れ顔で首を振った後に、にこりとわたしに向けてちょっと可愛らしさのあるウィンクをしてきた。うそ、子供っぽさが全くない成人男性の中にも可愛いって思えるところがあるイケメンってこの世に存在したんだ……。

「彼女の牧場から一頭、契約販売をしてもらうのが妥当ですね。予算を組みます。支団長も首根っこ掴んで連れて行くので、牧場のリザルドを実際に見させていただく日にちを約束させていただいていいですか?」

 え、うそ! こんな大騒ぎ起こしたのに、契約をしてくださるの!?

 ……あ、騒ぎ起こしたのわたしじゃなくてこのバカ支団長様だったわ。わたし巻き込まれだもん。

 もしかして一回ぽっきりの迷惑料? くっ、こんな話のわかる相手との繋がりを一回で切らすわけにはいかない!

 予算はハンスさんが握ってるっぽいし、この人とは仲良くしないと!

「今日、この後からでもうちは全然平気です!」

 対応の早さは何よりも信頼を生む! これぞ実家の取引も担当して身に付けたわたしの実力です!

「あの、こちらの支団長はそれくらいさせてもいいのですけれど、貴女の体は平気なのですか? 今日はこの後ゆっくり休んだ方がよろしいのではないかと思うのですが」

 たかだかビール樽半分くらいでこんな神妙な顔で心配してくださるだなんて、ハンスさんって本当にお優しい方ね。

「全然平気です! なんなら支団長さんが起きるまで飲ませてもらえたら嬉しいです!」

 他人の金で飲む酒は最高だってお父さんが良く言ってたけど、一人立ちしてわたしもそれを実感してる。お酒、気が済むまで飲もうと思うとお金が解けてなくなるからね!

 あれ? マギィお姉様もハンスさんも、あっけに取られた直後に建物いっぱいに響き分かるような大声で笑い出してしまった。

 わたし、そんなにおかしいこと言ったのかな……恥ずかしい。

 頬を隠すのに手を添えたら物凄く火食ほばんでいて余計に精神ダメージを受けちゃったよ。

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