二人がちょっと話すだけ
カナタが眠りについてから数時間。
リビングから明かりが漏れていた。
その光に誘われるようにして、パトリシアはリビングの扉を開ける。
「ずいぶん遅くに起きてるもんだから、こっそりお酒でも飲んでるかと思ったわ」
話しかけられたサラは、サイダーの缶を片手に、それを仰いでいた。
「明日学校でしょ?夜更かしはお説教の対象になるわよ」
コンと缶をテーブルに置き、ティッシュに広げた柿の種を一つまみするサラ。
構わず前の椅子に座るパトリシア。
「寝られないの?」
「こっちのセリフ」
穏やかな空間であった。
言葉はなく、サラのおつまみを頬張る音と時計の音だけが響く。
「アタシさ、うんと昔にフラれたことがあるのよ」
サラが口を開く。
「まったくソレと関係ない事を考えていたはずなのに、フラれた時のメールの内容や直接言われた言葉が急に掘り返される事があってね。その時のショックを受けた心境も蘇って、どつぼにハマって寝られなくなることがあるのよ」
ぽつり、ぽつりと語るサラ。
パトリシアは何も言わない。
「中学の頃だから、もう十年は前の出来事。自分でも情けなくなって、なんでフラれたんだろって考えて、そんな昔の事を未だに引きずってることが嫌になって、ソレから逃げるためにお酒を飲んでる自分も嫌になる。子供のイヤイヤ期かってね」
力なく笑うサラ。
パトリシアは、返事もしない。
「不思議なもんで、そういうトラウマって物事が順調になり始めた時に思い出すんだよね。まるで幸せを絞め殺しに来るように、音もなく」
サラの瞳から、一粒涙がこぼれる。
パトリシアはそれを、さっと指で拭う。
「折角の夫婦水入らずなのに、そんな物流すくらいなら話はやめましょ」
「ふふ、そのとおりかもね」
「安心しなさい。あなたが死ぬまで私は一生を添い遂げる覚悟よ。寿命は私の方が長いんだから」
「それ聞くと安心を通り越して申し訳なくなるわ。絶対置いてけぼりにしちゃうってことだもんね」
「そんなに思ってくれるなら、魔法で寿命伸ばしてみる?できるけど」
「考えとく」
「私ね。最初は冗談のつもりだったの」
今度はパトリシアが口を開く。
「向こうの世界では頬にキスをする行為は婚約を意味するのだけど、サラやカナタはそんなこと知らないし、ちょっと暇潰しができれば良いなくらいの感覚」
「そんな理由があったんだ」
「でもね、パティとしての私も、ハーフの私もサラは受け止めてくれた。それどころか一番駄目な別れを決断した私を叱って連れ戻してくれた」
「お酒の勢いだけどね」
「それからは、感謝の気持ちがあって、恩義になって、少しずつこの人と将来を過ごすのは有りかなって思ったの」
「光栄です」
「本気なのよ?」
「わかってるって」
「ねえ、あの日私にキスをしたのは昔の男に同じことをしてたから?」
「……そうだろうね。学校の授業はよく寝てたし、起きる度にイチャつきたくて、それ目的でやってた」
「なら、その男に感謝しなくちゃね」
「ええ?なんでよ」
「そいつがいなきゃ、サラから私への求婚はなかったもの」
「なるほど、言えてる」
「あんたさ、寝てないんでしょ。学校は大事なんだからしっかり寝ないと駄目よ」
「あら、ちゃんと寝てるわよ?」
「うそうそ、ずっとカナタちゃんを直す方法見つけるためにアタシらが寝てる間はずっと向こうにいたくせに」
「バレてたのね。朝早くに行ったってことにしておいたのに」
「妹の為に頑張るわよね」
「それもあるけど、もう一人の恩人の危機だもの、体調不良起こしてでも私は原因を突き止めてたわよ」
「あんたのそういう自分を蔑ろにするところさ、嫌いじゃないけと直さないと叱るペースが早くなるわよ」
「ふふふ、なら直さない方が得かしら」
「話す時間が増えるから?」
「それ以外の口実もできるから」
「…あんたってさ、結構むっつりスケベよね」
「あら?なんの話かしら」
「はあ、実は吸血鬼じゃなくてサキュバスとかの血が流れてるんじゃない?」
「失礼ね。好きな人に対してそういう感情や妄想をするのは万国共通でしょ?」
「強くは否定しないけど、包み隠さないのは淑女たりえませんことよ」
「隠すことが淑女なら、私は痴女でもかまわないわ」
「………あんた。今日変じゃない?」
「かもしれないわ。夜がそうさせるのかしらね」
「そう……ベッド来る?」
「あら大胆」
「普通に寝るだけ、話してたら眠気もきたからね」
「残念ね。でもいいわ、私に手を出したら本当に捕まっちゃうものね」
「わかってるならあんまり誘わないでほしいわ」
「気をつけるわ……サラ」
「ん?なに?」
「お酒、飲まないの?」
「ん~…もう、要らないかもね」
「ん、どうぞ」
サラは自分のベッドに入り、壁際に寄ってスペースを作りパトリシアを呼ぶ。
「おじゃまします」
パトリシアに毛布を被せる。
「ねえサラ」
「ん?」
「手、繋いでくれる?」
「ん」
「おやすみ」
「ん、おやふみぃ」
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