第4章 3

 「いやー面目ない。朝は早く起きる方なんだけどね~。起きれらなかった」

 リビングの椅子に座り、申し訳なさそうにしているワカバ。

 その目の前に、お味噌汁と白米、おかずに焼き魚が出される。

 「別に大丈夫じゃない?モプとアタシの旦那がずっとついてくれてたみたいだし」

 調理をしていたのはサラだった。

 普段調理を担当しているカナタと洋子が小さくなっているので、一番の年長者として自ら進んでキッチンに立ったのだ。

 「ふふ、そのおかげでカナタの状況はある程度把握できたわ」

 カナタの手を柔らかく握り、右へ左へとダンスをさせるように揺らすパトリシア。

 カナタはきゃっきゃっと笑い、ゆらゆらダンスがお気に召した様子。

 「そうなのお姉ちゃん?」

 ワカバより先に起きてきて、朝食を済ませたクラリスは、モプがカナタに付きっきりで離れないので、洋子を膝の上に乗せて洋子の体毛を堪能しながら聞く。

 「ええ、簡単に言うと、カナタは身体と精神、思考は子供そのものになっているんだけど、どうやら記憶はしっかり残っているようなのよね」

 パトリシアの言葉にワカバはハッとし、「そういえば、昨日の夜お金の置き場所を教えてくれたね」

 「そう、そして、あのタイミングであのへそくりを出してきたってことは、カナタはある程度こちらの言葉も理解できてる証になるわ。言動は子供だけれど所々高校生のカナタとしての自我がある」

 サラは頭をかいて呟いた。

 「ややこしいね~」

 「そうでもないわ。要は、子供だけれどカナタはカナタ。今の洋子と状態はさして変わらないわよ。言ってしまえばカナタはそのままに、考え方や話し方が子供になったそう考えればいいわ」

 「は~なるほどね」

 「それを確認するために、ワカバがご飯を食べ終わったら試したいことがあるわ」

 「ふぁい、わかっふぁ」

 ワカバはご飯を食べながら返事をする。




 ワカバの食事が終わり、サラの皿洗いが終わると、パトリシアはカナタをソファに座らせて皆をその前に横一列で座らせる。

 「さて、それじゃあ試しに私から、カナタ、私の名前は?」

 パトリシアが手を挙げると「ぱて」とカナタは答えた。

 「ふふ、ならこの子は?」

 そう言ってパトリシアがクラリスを指差すと「くら」とカナタは答える。

 「ふむふむ、なるほどぉ」

 カナタの反応に、ワカバは興味津々に頷く。

 「聞いての通り、人の判別はついていてワカバのことも、わかばと呼んでいたわ」

 「へ~なるほどねぇ。ねえカナタちゃんアタシは?」

 サラが自分を指差して聞くと「ねーね」とカナタは答えた。

 「ねーね?お姉さんってこと?」

 「カナタさんにとっては、姉のような存在なのかもしれませんね」

 「そっか~照れるなあ」

 サラは頭をかいて照れる。

 「なあなあカナタはん。うちは?」

 洋子がずいっと前に出て聞くが、カナタは頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 「もしかしたら、小さくなってるからわかってないのかも。カナタ、洋子よ洋子」

 「よーこ……!」

 ハッと口を開けて、洋子の事に気づいたカナタは「よーこ!よーこ!」と嬉しそうに笑い洋子を呼ぶ。

 「そうやでー、ようこさんやで」

 同じように笑顔で返事をする洋子。

 すると、カナタはそんな洋子を指差し、

「ばーば!」と屈託のない笑顔で呼んだ。

 「ば、ばあば!?」

 洋子は驚きのあまり叫んだ。

 それを聞いていた三人は、笑わないよう必死に堪えている。

 「ばぁば……んふふ…」

 「たしかに、んふ、一番歳上だしね」

 「洋子さん。ほら、カナタさんにとってはそれだけ頼りになる人ってことですよ」

 クラリスは笑いが漏れながらも、ショックを受ける洋子を励ます。

 「ええんや、クラリスはん。うちは千年も生きてる妖怪狐。ばばあなんは事実や」

 ショックを受けて、ペタリと床に伏せていじけてしまう洋子。

 しかし、唯一笑っていなかったワカバは洋子に声をかける。

 「クラリスちゃんの言うことは間違っていないと思いますよ。カナタちゃんのおばあちゃんには会ったことがありますけど、お金に意地汚くて、カナタちゃんが一人になった時も、一番に話したことはお父さんの遺産の分け前だったそうですし」

 サラは、やれやれと首を振る。

 「あんまり会ったことのない人の悪口は言いたくないけど、少なくとも良い人ではなさそうだね」

 「だから、あれだけ笑顔でばあばって答えたのは、カナタちゃんからしたら、それだけ頼りになる歳上の人ってことですよ」

 ワカバの言葉を聞いて、洋子は少し機嫌を良くした様子で、試しに「ほら、おばあちゃんやでカナタはん」と手を広げて呼んでみると「ばあば!」と笑顔で手を伸ばしながら洋子の元にペタペタと歩き、ぎゅっと抱きついた。

 「おお、むふふ、ばあばか。ええかもしれんなぁ」

 満更でもなさそうな顔をして、カナタを抱き返して背中を擦る。

 「よしよし、今はばあばに甘えときー」

 優しい声色でカナタをあやす洋子。

 すると、カナタはガクンと体勢を崩す。

 「えっ!カナタはん?」

 洋子は慌ててカナタの顔を見るが、瞼を閉じてすうすうと寝息を立てていた。

 「あらら、寝ちゃったね」

 「子供だからね、今は」

 そんな光景を見て、ワカバは笑い「こうしていると、カナタちゃんは実年齢になったみたいだな~」とカナタのほっぺたをぷにぷにとつつく。

 「実年齢?」

 パトリシアは、ワカバがおかしなことを言っていると疑問を露にするが、ワカバは「あ、カナタちゃんってね、二月二十九日産まれなの。だからカナタちゃんは『私ってまだ年齢一桁なのよね』ってよく冗談を言うんだよね」と答える。

 「へ~珍しい日に産まれてるね」

 ワカバの言葉を聞いて、パトリシアはなにか閃いたように指を鳴らした。

 「カナタの変化の原因。わかったかもしれないわ」




 パトリシアは自分の部屋へ行き、本棚から一冊取り出すとページを捲る。

 そして、若返りのページを読む。

 「やっぱり、そういうことね」

 後をついてきたサラが顔を覗かせると、パトリシアはサラにウィンクをする。

 「解決法、見えたわ」

 「ほんと?流石アタシの旦那」

 「ふふーん、あったりまえよ。魔法の知識はクラリスより上なんだから」

 パタンと本を閉じると、それを持ってパトリシアは再びリビングへ戻る。

 



 「さて、ここからは解説編。カナタが子供になった顛末を説明するわ」

 カナタをソファに寝かせて、皆は先程の待機体勢でパトリシアの話を聞く。

 「まずクラリスが使用した魔法は、厳密に言えば『魔法の対象になった者が、思い浮かべる姿に変化する』魔法なの。クラリスはこの魔法書の説明に書いてある使用例を見て、若返りの魔法とも書いてあるし、若返るだけだと思っているけれど、実はそうではないの」

 魔法書のページを開いて、パトリシアはその開いたページを見せながら説明する。

 そのページには『若返りの魔法。

この魔法は、魔法陣の中にいる者が望む姿に若返らせることができる。対象者が望まなければ、術者が考える姿となる。記憶や自我はそのまま!安心安全だ!』と確かに書いてあった。

 「うっわ、わかりにくい書き方」

 「そういうことだったんだ!私は洋子さんには効果を説明をしていなかっなし、私が考えてた少し若返る程度の効果が発揮されるとばっかり思ってた!」

 「そう、そのクラリスの少し若返えらせる程度が問題だったの」

 「というと?」

 ワカバの疑問に、パトリシアは机の上に輪ゴムを置いて、中心に鉛筆を立たせる。

 「この輪ゴムが魔法陣で、鉛筆が洋子とするわ。ここで魔法の効果が発揮する時に洋子は過去の自分を思い出していたんじゃないかしら?」

 「ん?せやな、過去行き~とか言われたから昔の小さかった頃になるんかなぁて」

 「だから洋子さんは小さくなった?」

 クラリスは、洋子さんの体毛をモフモフさせながら問う。

 「その可能性は大いにある。さて、問題はここから。この魔法陣は効果をしっかり発揮した。でも、私も知らない魔法陣の効果があったの」

 パトリシアは、机の下に鉛筆を置く。

 その場所は魔法陣の真下であった。

 「魔法陣は、魔法を唱え効果を発揮する際にその中心に居る者が対象となる。カナタが座っていたこの場所は、奇跡的に魔法陣の真下だった」

 「うん。そこまではわかる。だから若返りの効果を受けたんだよね?」

 「それもあるんだけど、さっき言った、クラリスの少し若返らせるがここで効いてくるのよ」

 「え?」

 「今この状況、魔法陣にいる者は二人。洋子とカナタ。そして、洋子は昔小さかったの頃を思い出して、その姿になった」

 「うんうん」

 「でも、カナタは何も若返る事なんて望んでないから、術者であるクラリスが考えた『少し若返る程度』の効果が発揮した」

 パトリシアの言葉に、みな納得はしていない様子。

 それもそのはず、パトリシアは少し若返る程度と言ったが、カナタは少しどころではないほど若返っている。

 しかし、その疑問はパトリシアにとっては想定済みだというように答える。

 「皆の疑問はわかるわ。カナタは若返りすぎている。そう思うだろうけど、ここが現状をややこしくしているの。クラリスはあくまでも洋子の歳の基準で少し、と考えたわけ、その少しの感覚はただの人間のカナタからすれば、高校生が赤ちゃんになるくらいの時間になるわけ」

 皆パトリシアの推理に感嘆の声を上げ、拍手をする。

 「さて、仮説1は終わり」

 パトリシアは人差し指を立てる。

 「仮説!?まだあるの?」

 サラは思わずツッコんだ。

 「だって、魔法陣の中心に二人いるなんて普通はあり得ないもの。まだ予想の域を越えないわ」

 拍手を返してくれと不満を募らせる一同を気にせず、パトリシアは話を進める。

 「ま、仮説2の可能性はとても低いのだけれど、これはカナタも洋子同様、望んだ姿がこれなのかもしれないこと」

 パトリシアは中指も立てる。

 「カナタちゃんが?」

 「ええ、別に赤ちゃんになりたいって望んだわけではなく、さっきワカバから聞いた「私は実は年齢一桁」とカナタが思っていたのなら、魔法陣はそのカナタの冗談で考えている思考の残骸から、この人物は年齢一桁の姿になることを望んでいる。そう読み取り、考えてカナタを赤ちゃんにした可能性がある。これが仮説2」

 「突拍子もない話だ」

 ワカバは、まさかと言うように開いた口が塞がらない。

 他の者もそんなことがあるのか?と疑問を抱いている。

 「納得できないのはわかるけれど、魔法陣の性質上、この二つ以外は考えられないのよ」

 なるほどと、皆パトリシアの言葉と魔法書の内容を見直して、なんとか納得をした様子。

 「言っちゃえば、想定していない使い方をしたからバグったってこと?」

 「そうなるわね。魔法陣の中心軸に居たと言えど、カナタは魔法陣から少し離れた位置にいたし、それが影響して自我は幼くなったけど、記憶は引き継いだってところかしらね。以上が、カナタが中途半端に若返った原因でした」

 パトリシアはスカートの端を指で持ち上げて、優雅にお辞儀をする。

 「ながったらしい説明だったね」

 ワカバはなかなか辛辣な意見を述べた。

 「しょうがないでしょ?一度の魔法で二人が若返るはずのない魔法だもの。かもしれない程度でも、原因が判明しただけ儲けものよ。それに」

 「それに?」

 パトリシアは苦い顔をする。

 「魔法の効果がちゃんと発揮していないことがわかったのは大きいわ。もし、洋子と同じ方法で元に戻そうとしたら、別の効果が現れるかもしれないの」

 ワカバは、顎に手を当てて思案しながら質問する。

 「どうして?カナタちゃんは若返りの魔法の効果を受けてああいう状態になったんなら戻し方も同じなんじゃない?」

 ワカバの質問にパトリシアは首を振って否定する。

 「いいえ、魔法の効果っていうのは呪いや契約に近い性質なのよ。それがまともに発揮されていない状態で強引に戻そうとすれば、ワカバが言ったバグのようなことが重なって起きる可能性があるわ」

 パトリシアの言葉に、クラリスも頷いて補足をする。

 「下手をすれば、若返りが過ぎたり寿命を超えて成長してしまい、カナタさんそのものが消失してしまうこともありますね」

 「ええ!!」

 「カナタちゃんいなくなっちゃうの?」

 クラリスの言葉に、ワカバとサラは動揺が隠せない。

 二人を落ち着かせる為に、パトリシアは冷静に言葉をかける。

 「あくまでも、下手をすればよ。今はなにもせず、もっとカナタの状態や同じ状況で魔法を使った時の効果の発揮具合なんかを調べて、しっかり元に戻る方法がわかるまでは、皆で面倒を見るしかないわね」

 皆、事態の深刻さを理解してしまった事で、黙り込んでしまう。

 静かなリビングで、カナタの健やかな寝息が聞こえていた。

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