第36話 同棲

――事の発端はハルナがマオの暮らしている街から帰った後、彼女は人間が暮らす街では森では作り出すことができない美味しい料理がたくさんあると知り、父親に外の世界にまた出向きたいことを伝えた。


だが、父親がそもそもハルナを森の外へ送り込んだのは人間がどれほど危険な存在なのかを理解させるためであり、それなのにまた人間の暮らす街へ出向きたいと言い出した娘に困り果てる。



『ハルナ!!人間とは恐ろしい生き物だ!!そんな奴等が作った街を気に入るとは何事だ!!』

『そんなことないもん!!マオ君は人間だけど私に優しくしてくれたよ!?』

『な、何だと!?誰だそいつは!?』



ハルナはマオという名前の少年に優しくされたことを伝えると、自分の可愛い一人娘が人間の男などに心を許したと知って激怒した。ハルナの父親は里一番の人間嫌いであり、だからこそ可愛い娘でも人間と仲を深めることは許さなかった。



『お前はもう森の外に出てはならん!!人間など愚かでどうしようもない奴だと教えてきただろう!!』

『お父さんの言ってることは嘘だよ!!確かに人間の中には悪い人も居るかもしれないけど、でも優しい人だっていっぱい居たよ!?』

『これだけ言ってもまだ分からんのか!?』



いつもならば喧嘩しても父親の方が折れて謝罪するのだが、今回ばかりは愛する娘でも許すわけにはいかなかった。族長として愚かな人間を庇うような発言を繰り返す者を森の中に置いておくわけにはいかなかった。



『もういい!!お前とは親子の縁を切らせてもらう!!とっとと!!』

『ふんだっ!!お父さんの分からずや!!だからお母さんに逃げられるんだよ!!』

『お、おのれ!!言わせておけば……誰かこの馬鹿娘を連れていけ!!』

『ほ、本当によろしいのですか?』

『構わん!!頭が冷えるまで帰ってくるな!!』



族長の命令でハルナはエルフの戦士に家の外に連れ出された。だが、族長の誤算はハルナが本気で怒って本当に森から出て行ってしまった。



『ハルナ様いけません!!勝手に森の外に出ることは許されていませんよ!?』

『リンダは付いてこないでいいよ!!私はお父さんから出ていけと言われたから出ていくだけだもん!!』

『あれはそういう意味では……』



ハルナは父親から言われた「出ていけ」という言葉は「森から出ろ」という意味に捉えたが、実際には族長は「家から出ろ」と言っただけで愛する娘を森から追い出すつもりはなかった。しかし、ハルナは引き留める護衛の言葉を無視して出て行ってしまう。



『お父さんが謝りに来るまで絶対に帰らないんだから!!』

『い、いけません!!戻ってきてください!!ハルナ様ぁあああっ!?』



掟のせいでリンダは許可なく森の外に出ることは許されず、森から去っていくハルナを追いかけることはできなかった――






――アイリスからハルナが森から出るまでの経緯を聞いたマオは何とも言えぬ表情を浮かべ、自分の部屋のベッドで呑気に眠りこけるハルナに視線を向ける。



「むにゃむにゃっ……もう食べられないよ~」

「はあっ……定番な寝言だな」

『だから言ったじゃないですか。放っておいても大丈夫だって』



結局はマオは困っているハルナを放置はできず、自分の家に連れてきてしまった。ここまでの道のりが大変だったのかハルナはベッドに横になるとすぐに眠ってしまう。


流石に同じベッドで寝るわけにはいかないのでマオは床で眠ろうとしたが、隣に女の子が寝ていると思うと意識して眠れなかった。明日も朝早いので休まないといけないのは分かっているが、どうにも落ち着けなかった。



『ハルナはこのままだとどうなるの?』

『もう既に族長が家出に気付いて迎えの女戦士を送り込んでいますよ。一週間も経てばこの街に辿り着くはずです』

『じゃあ、それまでの間はハルナの面倒を見ればいいか』



迎えが来るまでの間だけハルナを家に泊めればいいと考え、マオはハルナの毛布がずれているのに気付いて掛け直そうとした。



「ほら、夜は寒いんだからしっかり被らないと風邪ひくよ」

「ううん、お母さん……」

「うわっ!?」



自分の母親と間違えたのかハルナはマオの手を握りしめ、力強く握りしめて離さない。マオは先ほどアイリスから聞いた話を思い出し、ハルナの母親は今どうしているのか尋ねる。



『ハルナのお母さんは何処にいるの?さっきの話だと父親に愛想を尽かして逃げたようだけど……』

『いいえ、ハルナの母親は亡くなっています。彼女が幼い頃に重い病にかかって死んでしまったんです』

『えっ!?ならどうしてハルナは……』

『父親がハルナを気遣って嘘を吐いたんですよ。母親が死んだと知ったら彼女が傷つくと思って、自分のせいで母親が出て行ったことにして真実を隠したんです』

『そうだったのか……』



母親が亡くなっていることも聞かされずに育ってきたハルナは、今でも母親が生きていると信じている。その話を聞かされてマオは不憫に思い、せめて街に居る間は彼女が楽しく過ごせるように努力しようと考えた。

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