第28話 隠密の効果

『最初は仮面を装着した状態で肉体強化の練習を行ってください』

「え?また肉体強化を練習するの?」

『つべこべ言わずにやってください』



肉体強化に関してはマオは自信があり、今更練習することに釈然としないながらも仮面を手にした。先ほど装着した時は意識を失いかけたので緊張するが、今回はアイリスも手伝ってくれるので意を決して顔に嵌めた。



『大丈夫ですよ。マオさんの肉体に限界が迫った時は私が警告してあげます』

「た、頼むよ相棒……あ、チェーンを腕に巻いた方がいい?」

『どこぞのエジプトの王様じゃありませんからいりません。あ、それと訓練中は逆立ちでお願いします』

「え?別にいいけど……」



マオは仮面をすると肉体強化を発動させてを行う。普通の人間ならば逆立ちするだけでもきついが、肉体強化を発動させれば筋力が強化されるので逆立ち程度は大した苦ではない。その気になれば片手どころか親指だけで身体を支えることもできる。



「よっと、これでいいの?」

『その調子で一分ほど立っていられますか?』

「それぐらいなら余裕だよ」



普段から身体を鍛えているため、肉体強化を発動しなくても逆立ちを維持するのは容易いことだった。だが、逆立ちを初めて十秒も経過しないうちに異変が生じる。



「うぐぐっ……な、何だ!?」

『どうしました?まだ十秒ぐらいですよ』

「そ、それは分かってるけど……うわっ!?」



いつもならば逆立ち程度は楽に行えるのだが、急に頭痛に襲われたマオはバランスを保てずに床に倒れてしまう。まるでフルマラソンを終えたばかりのように身体が激しく疲弊し、まともに動くこともままならない。



「ど、どうしてこんな……」

『マオさん!!早く仮面を外してください!!さっきのようになりますよ!?』

「うわわっ!?」



アイリスに注意されてマオは仮面を外してベッドに放り込む。すると身体が少し楽になり、徐々に全身の痛みも引いていく。



「はあっ、はあっ……な、何が起きたんだ?」

『あの仮面のせいですよ。マオさんが肉体強化に回す分の魔力を仮面が吸収したせいで肉体の負荷が掛かって体調を崩したんですよ』

「そ、そういうことか……道理で疲れたわけだ」



アイリスの説明を聞いてマオは納得し、改めて魔力圧トレーニングの危険性を思い知る。名前は少し馬鹿らしいが命の危機を伴う本当に危険な訓練だった。



『どうですか?肉体強化中に魔力を奪われた感覚は?』

「最悪な気分だよ……身体に重しが乗せられた気分だ」

『魔力操作の技術を極めれば魔力を奪われずに肉体強化を維持できるようになります。当分は同じ修行を行いますので覚悟してくださいね』

「うげっ……」



魔力圧トレーニングは普通の人間が行えば常軌を逸した訓練だが、マオの場合はアイリスという頼りになる相棒がいる。もしもマオが自分の限界を見誤ったとしてもアイリスが注意してくれれば最悪の事態だけは避けられた。


尤もなんでもかんでもアイリスに頼るのは止めた方がいいとマオが考えていた矢先に、彼女の力を借りることを前提とした訓練法を行うのは複雑な心境だった。しかし、一日でも早く魔法使いになるためならば手段を選べない。



(今だけはアイリスに甘えさせてもらおう。俺が早く成長すればアイリスの負担もその分に減るんだ)



今回の訓練だけは彼女に協力してもらい、一日でも早く成長して彼女に頼り切りな状況を脱するためにマオは全力で励むことにした。



「よし、もう一度だ!!」

『あ、駄目です。ちゃんと魔力を回復させてからでないと意味がありませんから大人しく休んでください』

「あ、はい……」



意気込んで訓練を再開しようとしたマオだったが、アイリスからの指示に従って身体を休ませる――






――しばらくの時が流れ、魔力圧トレーニングを開始してからマオは仮面を装着する時間が日に日に増え始めていた。最初の内は装着しただけで体調を崩していたが、毎日の訓練のお陰か仮面を付けて日常生活が送れるようになった。



「ふうっ、この仮面の視界も大分慣れてきた気がする」

『最初はよく転んだり、人にぶつかったりして大変でしたね』



仮面をつけ始めたばかりの頃は視界の悪さのせいで苦労したが、慣れてくると心なしか仮面を装着する前よりも人の気配に敏感になり、今では仮面を付けていない時の方が違和感を抱く有様だった。


マオは街道を行きかう人々に視線を向け、誰も自分の格好に違和感を抱いている様子はないことに安堵する。普通ならば奇特な仮面を付けた人物が歩いていれば怪しまれるものだが、の仮面の効果で一般人はマオが怪しい人物だとは思いもしない。



「この仮面は本当に凄いな。でも、悪い人間の手に渡ると大変そうだな」

『それは大丈夫ですよ。エルフ以外でこの仮面を扱いこなせる人物なんてそうそういませんし、いるとしたら相当な変わり者ですよ』

「それって暗に俺のことを変わり者扱いしてない?」

『まあまあ、この仮面のお陰で私達も普通に話せるんだからいいじゃないですか』



仮面を装着していれば外でマオが他の人間の前でアイリスと会話したとしても、素顔はバレないので彼の正体に気付く者はいない。マオとしても人目を気にせずにアイリスと会話できるので楽ではあった。

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