第15話 命がけの儀式
「どうした?怖気づいたのか?」
「……正直に言えば怖いです」
「ふん、だろうな」
マオの言葉にバクは落胆した様子だったが、次彼の言葉に目を見開く。
「でも、俺は死ぬつもりはありません。だから今すぐお願いします」
「……正気か?本当に死ぬかもしれないんだぞ?」
「いいえ、絶対に死にませんよ」
覚悟を決めた表情でマオは利き手の右手を伸ばすと、彼の行為にバクは違和感を抱く。まるで自分が絶対に生き残るという自信を感じさせ、不安の気持ちを一切感じられなかった。
「本当にいいんだな?言っておくが儀式に失敗した場合、お前の身体は火だるまになるかもしれないんだぞ」
「大丈夫です。俺は信じてますから」
「……そこまで信用されるほど何かをしたつもりはないが」
バクはマオの言葉に戸惑うが、彼の信用するという言葉はバクに向けられたものではない。マオが信じているのは自分を鍛えてくれたアイリスであり、彼女が成功すると言ってくれたのであればマオは信じて儀式を受ける。
マオの覚悟が固いと判断したバクは仕方なく手を伸ばし、お互いの手を繋ぎ合わせた。この時にバクはしっかりと手を離さない様に肉体強化を使用して握りしめる。あまりに強く握りしめるので痛みを覚えたが、万力に固定されたかのように二人の手は離れなかった。
「いでででっ!?」
「これぐらい我慢しろ!!もっと痛い思いをするんだぞ!!」
「うぐぅっ!?」
右手の骨が粉砕するのではないかというほど強く握りしめられた状態でマオは歯を食いしばると、バクの手を通して彼の魔力が流し込まれた。その瞬間、握りしめられたマオの右手に尋常じゃない熱さが広がり、あまりの激痛に声を出すこともままならない。
「っ~~~~!?」
「我慢しろ!!まずは掌に紋様を刻み込むぞ!!」
魔術痕を通してバクはマオの右手に魔力を送り込み、この時にマオの右手に魔術痕と同じ火傷ができあがった。そして火傷を通して身体の中に熱い物が送り込まれる感覚を抱き、マオはこれがバクの魔力なのだと気づいた。
(熱い熱い熱い!?身体が焼かれる!?)
右手を通して身体の中に熱い液体が流し込まれる感覚を抱き、徐々に右手だけではなく身体全身に熱が伝わっていく。身体の内側から焼かれるような感覚にマオは意識を失いそうになるが、アイリスの助言を思い出す。
『バクは火属性を得意とする魔法使いです。儀式を受ければ彼の魔力がマオさんの身体に流れ込み、全身が焼かれるような痛みを覚えるはずです。だけど、これを乗り越えればマオさんは火属性の魔力を生み出す力を手に入れます』
あまりの熱と痛みに冷静さを失っていたが、アイリスの言葉を思い出してマオはバクから流れ込む魔力と自分の魔力の違いを感じ取る。やがてバクの魔力はマオの全身を巡回すると元の持ち主へと戻った。
バクが手を離すとマオは全身の痛みから解放されたが、立っていられずに膝をついた。右手にはバクの魔術痕と同じ形をした火傷ができあがっており、それを見てバクは告げた。
「これで儀式は終わりだ……よく耐えきったな」
「はあっ、はあっ……」
「お前は大した奴だ。儂が儀式を受けたのは二十代の頃だったが、あまりの苦痛に儀式が終わった後は気絶したぞ」
儀式を終えても意識を保っているマオにバクは素直に感心し、若い頃の自分よりも根性があると認めざるを得ない。しかし、儀式が終わったからといって安心はできず、マオが魔法使いになれるかどうかはここからだった。
「お前の右手に刻んだ火傷が魔術痕に変異するかどうかはお前次第だ。火傷が治る前に魔力を放出して確かめてみろ」
「放……出?」
「右手に魔力を込めれば言葉の意味が分かるはずだ」
朦朧とした意識の中でマオがバクの言う通りに右手に魔力を込めた。その瞬間、右手に刻まれた火傷が熱くなり、掌から赤色の淡い光が灯る。
「ううっ!?」
「いいぞ!!その光こそが魔力だ!!そのまま魔力を出し続けろ!!」
「うわぁっ!!」
言われた通りに右手から魔力を送り込むと、火傷から放たれる光が強まり、徐々にバクに刻まれた魔術痕のような紋様へと変わっていく。やがて完全な紋様に変化した瞬間、紋様は消え去って痛みもなくなった。
「はあっ、はあっ……」
「……儀式は成功した。お前さん、たいしたもんだな」
紋様が消えたのを確認してバクは安堵した表情を浮かべ、無事にマオは魔術痕を身体に刻むことはできた。苦しい思いをしたがアイリスの言葉を信じて挑んだお陰で遂にマオは魔法使いになるための一歩手前まで到達した。
消えてしまった魔術痕はマオが右手に魔力を込めると自然と浮き上がるようになり、紋様の形も変化していた。バクの場合は燃え盛る「炎」を想像させる形だが、マオの場合は種火のように小さな形に変化していた。
「あれ?小さくなってる?」
「魔術痕の形状は魔法使いの力量を現すと思え。その魔術痕をもっと大きくできるように精進しろ」
「は、はい!!」
バクの言葉にマオは頷き、この日から彼の元で本格的な魔法使いの修行を受けることになった――
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