第29話:ルネリタ救出大作戦①
「まさか俺が、男の上目遣いに絆される日が来るなんて……」
それを言うならオレだって男相手に色目を使う日が来るとは思ってもみませんでしたよ、と言い返したかったが、隣にいるツヴァルトがこちらの想像を超える勢いで項垂れているのでやめておいた。
それはそうと、二人は王宮の北にある湖に来ていた。
「……それで、ルネリタが攫われそうになってる話、本当なのか?」
あれからツヴァルトとともに急いで駆けてきたのだが、周囲にはまだ誰もいなかった。ただ、男たちの会話どおり、湖に不自然な小舟が一艘止められている。
「王城の一室で男たちが話をしていました。今夜、ルネリタ様を攫う計画があるって」
「だったら城内でルネリタを捜索したほうがいいんじゃないのか?」
「それも考えましたが、ルネリタ様の近くには男たちの協力者がいるらしいのと、犯人たちがどう動くかも分かってません」
広すぎる城内を捜索しているうちに連れて行かれたらおしまいだし、捜索に気づかれて計画を変更されても面倒だ。だったら小舟の場所で待っているほうがいいだろうと思い、リルゼムはこの場所にきたのだ。
リルゼムたちは今、湖の脇にある低木の影に隠れながら小舟を見張ってるのだが、一応近くにはツヴァルトが連れてきた城兵も数名いる。これだけいればエイドルースが事件に気づいて到着するまでに、犯人を確保することができる可能性が高い。
「犯人たちはいつ来るんだ?」
「そこまでは。でもそんなに遅くはならないと思いますよ」
「どうして分かるんだ?」
「今日は誕生会でたくさん人が集まってるので、城の警備が特別体勢になってますよね? その間は兵たちが色んなところで目を光らせてるので犯人も動きにくいかと思うんです。だから狙うとしたら招待客が帰る時間帯じゃないかって」
「なるほど、貴賓客が帰宅する時間は安全を守るため多くの兵が城の入口に配置される。場所によっては警備が手薄になるところもある、か……」
城の北奥にある夜の湖なんて、物好きしか足を運ばない。必然的に警備の手が割かれるだろう。
「貴賓客の送り出しが終われば城内は通常警備に戻って、また警邏が始まる。犯人はそうなる前に城から抜け出したいと考えるはずです」
「かなり周到に計画を立てているようだな。これは気を引き締めないといけないようだ。……やはりここはエイドルースにも協力を──」
「だめです!」
「え?」
「裁判長は呼ばないでください」
「どうしてだ? こういう時は本職の人間がいたほうがいいだろ?」
理由を聞かれるが、本当のことが言えないリルゼムはまごつきながら明後日の方を見ることしかできない。
「いや……えっと……目立つから?」
「……それは遠回しに、俺が婦女子の目を引かない容姿だと言っているのか?」
ツヴァルトの目がすぅーっと細くなる。
「そ、そ、そんなことないです! ほら、ツヴァルト様は王族で近寄りがたい存在だっていうだけで! 十分に魅力的ですから!」
「はいはい、どうせ俺はエイドルースに比べたら月とスッポンだよ。リルゼム、お前あとで覚えとけよ。この騒動が無事解決したら、色んな意味で啼かせてやるからな」
なかせる、の字が物騒なものに変換されているように思えるのだが気のせいか。
本気とも冗談ともいえない表情を見せるツヴァルトに、リルゼムは誠心誠意謝ろうと土下座の体勢を取る。が、額を地面に着けようとした時、不意に大きな手で頭を掴まれ、ついでにもう片方の手で口も塞がれた。
「んんんんっ」
「しっ。静かに。どうやらお待ちかねのお客さんが来たみたいだ」
ツヴァルトが声を抑えながら呟いた言葉にハッと目を見開き、リルゼムは動きを止める。それからゆっくり体勢を戻し、草陰から覗いてみれば一人の男がドレス姿の女性を肩に抱えながら小舟の方へ歩いている姿が見えた。
見覚えのあるドレスの色に、抱えられている女性がルネリタだと確信する。
無言のまま視線をツヴァルトに向ければ、頷きだけが返ってきた。
男が小舟のもとに到着したところで、よし行くぞと、ツヴァルトが手で合図する。
「そこの者、止まれっ!」
先に草陰から飛び出したツヴァルトの背に、リルゼムも続く。
「な……なんだ、お前ら……」
ツヴァルトの怒声にルネリタを担いでいた男が驚愕し、身体をビクッと震わせながらこちらを向いた。
「私はツヴァルト=ラーシャ。王族だ! お前が不敬にも我が国の皇女を拐かそうとしていることはすでに分かっているぞ! 王族に危害を加える者は重罪である! 即刻姫を解放し、降伏しろ!」
男は誘拐計画が知られていたと知り、酷く狼狽える。
「なぜ、今夜のことを……」
「そんなことはどうでもいい。命が惜しいのならば無駄な抵抗はしないことだ!」
「お、おれはルネリタ様を攫ってなどいない! 愛する彼女を望まぬ婚姻から守るため、この王城という名の檻から連れ出すんだ! これは彼女も望んでいることだ!」
自分はルネリタを誰よりも愛している。彼女を幸せにできるのは自分だけ。興奮で顏を真っ赤にしながら男が愚かな妄想を撒き散らす。
「ルネリタが望んだ? 何を馬鹿げたことを。我々王族は皆、生まれた時から民に支えられ生かされているのだと教えられ、国に生涯を捧げる覚悟を胸に生きている! ゆえにルネリタが望まぬ婚姻から逃げようなど、考えるはずがない!」
ツヴァルトの、まるで宣誓のような力強い言葉が静寂に包まれた闇夜に高々と響き渡る。
まっすぐと胸の奥に伝わってきた覚悟に、リルゼムは思わず瞠目してしまった。
──すごい……。
この国の人間は庶民だけでなく、時に貴族の人間も、王族に生まれることを羨む。何不自由ない生活に、常に敬われる毎日。欲しいものは望めばなんでも手に入る存在だと思っているからだ。
無論、リルゼムだってそう思っていた。しかし王族は華やかな暮らしを享受するだけの存在ではない。彼らは恵まれた身分と引き換えに自由をすべて差し出し、生涯自分を殺しながら代償を支払っているのである。
そう、今日のパーティーを句切りに大好きな刺繍を手放そうとしたルネリタのように。
生まれてから死ぬまでずっと『個人』として見てもらえない人生を、彼らは受け入れて真摯に生きているのだと考えると、感心を超えて敬服の念まで覚えた。
「お前の言葉は、そんな彼女を侮辱しているも同じだぞ!」
「なっ……」
ツヴァルトの怒声に男が怯む。
その時だった。
「ん……」
男の肩に担がれていたルネリタの身体が、わずかに揺れた。
「……え、ここは……?」
どうやら周囲の騒がしさにルネリタが目を覚ましたようだ。
「あ、貴方誰っ? どうして私はこんな……」
「ひ、姫、おれは貴女を……」
「きゃあ! イヤ! 離して! 誰かー!」
見知らぬ男に触れられているのだと気づき、酷く動揺したルネリタが肩の上で暴れる。するとバランスを崩した男が大きくよろめき、肩からルネリタが落ちそうになった。
「っ! ツヴァルト様、今です!」
「分かった!」
今が好機だとリルゼムは男の下へ、ツヴァルトはルネリタの下へ、二人同時に飛び出す。
暗闇の中を駆けながら、リルゼムは考える。自分に男を制圧できるだけの力はない。できることといえば。
「うわぁぁぁぁ!」
リルゼムが大声を上げながら弾丸のごとく勢いで突進していくと、男は驚いて怯み後退した。男の背後は湖。後はない。
リルゼムは速度を緩めないまま、男に体当たりする。
「おい、リルゼ────」
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