第1部8話 引きこもりの吸血鬼



 週が明けて最初の登校日、ブラッドさんは本日もお休みだった。村上先生から昼休みに学級委員2人で、彼女の様子を見てきて欲しいと頼まれた。


「この部屋か……」

「あんたなに緊張してんのよ、どきなさい」

クリスタがインターホンをおす。

「ふぁあ、どちら様ですかー?」

欠伸をしながらブラッドさんが出てきた。その服装がかなり薄着で乱れていて、俺は目のやり場に困った。

「ちょっとあなたなんて格好してるの!? 部屋に入りなさい! あんたはここで待つ! 分かった?」

「わ、分かりました……」


 クリスタがブラッドさんを部屋の中へ押し戻してから5分ほど経つと、部屋の中へと呼ばれた。俺たちは少し世間話をする。

「それでね、こいつったらお化け屋敷が怖くて、ずっと入りたくないって駄々こねてたの、おかしいでしょ?」

「フフッ、藤堂くんはお化けが苦手なんだね……」

「ホントに子供よね、あんたって」

「誰にだって苦手なものくらいあるだろ……」


「それで、今日はなんの用事でここへ来たの?」

意外にもブラッドさんの方から本題を聞き出してきた。

「あなたが学校に来ない理由はなに? 先生もクラスのみんなも心配しているわ」

「あたしね、朝起きるのが苦手なの……生まれつき夜型の体質だから、いつも寝坊ばかりしちゃって」

「でもあなた、今のままじゃ卒業どころか進級も出来ないわよ?」

「そうだねぇ……もうそれでもいいかも――」


 クリスタが目線を外して憎まれ口を叩いた。

「そんな生半可な気持ちでこの学校へ来たのなら、辞めてしまった方がいいかもしれないわね」

「おいクリスタ、なんてこと言うんだ!」

「だってそうでしょ? ここへ来る人はみんなそれぞれ努力してるのよ。その努力をバカにするような態度は許さないわ!」

「ごめんね……そんなつもりじゃないの……」


 クリスタの厳しい言葉を受け、ブラッドさんが本心を語り出す。

「あたしね……体質の問題で高校も2年留年してて、どんな顔して学校に行っていいのか分からないんだ……」

「ってことは、あなた歳上だったの? 言葉遣い変えた方がいいのかしら?」

「ううん。気を使わないで、そのままでいいよ」

「ブラッドさんは学校に行きたくないのか?」

「普通に登校したいとは思ってるよ」


 俺はそれならばと、クリスタを指差しながらある提案をした。

「じゃあ毎朝、俺とこいつで朝起こしにくるよ!」

隣でクリスタが顔を赤らめながら驚いた顔をする。

(え? それって毎朝一緒に登校出来るって事……?)

「そんなぁ、でも迷惑でしょ?」

クリスタは食い気味に被せる。

「め、め、迷惑じゃないわよ! 仕方ないわね! クラスメイトの為だから、明日から毎日来てあげるわ!」


 それからしばらくの間、女子寮の前で待ち合わせをしてブラッドさんを起こしに行く日々が始まったのだった。

「あんたってホントお人好しよね。堕落していく人間なんて放っておけばいいのに」

「もしお前が本当に困っている時、誰も助けてくれない世界に希望なんて持てるのか?」

「それは本当に助けを求める人だけに与えられる希望であるべきだわ」

「俺達がなろうとしているのは、助けられる側がどう思っていようが、例え望んでいなくても『一旦助ける』。そういう仕事だろ?」

「あんたの言う通りだわ……」


 1週間ほど経過して、ブラッドさんがある程度クラスに馴染んできた時のこと、ある噂が流れた。

 それは「サーシャ・ブラッドは人殺し」と書かれた紙が学校の掲示板に貼られていた事が原因だった。それからというもの、俺とクリスタが起こしに行っても、ブラッドさんは扉を開こうとしてくれなくなった。


「一体誰があんなことをしたんだろうか……」

「早く犯人をとっ捕まえてあの子に謝らせましょう! 異能探偵クリスタにかかればこんな事件朝飯前よ!」

お調子者のおチビさんが言う。

「でもクリスタ殿、私も色々な人に聞き込みをしてみたのだが、なんの情報も得られなかったのだ……」

山形もこの件に協力してくれていた。

「でも、人殺しってどういう意味なのかしらね……」

ソフィも珍しく協力的だった。


 俺たちは4人で頭を捻らせたのだが、いかんせん情報が少なすぎて進展はなかった。その時、俺は校長との会話を思い出し、話を聞こうと皆で校長室まで向かった。


「それで、話というのは一体なんだ?」

「ブラッドさんのことなんですが、彼女には一体何があったんでしょうか?」

「あの貼り紙についてだな?」

「……! ご存知だったんですね……」

「あぁ。犯人の目星もだいたいついておる」

「じゃあそいつを教えてください!」

クリスタが前のめりになって聞き出そうとするが、校長は無言で首を横に振った。


「話はそんなに単純なものではないのだよ。彼女には深い闇が眠っておるのだ……」

「校長は俺に言いましたよね、彼女の力になってやってくれと。その為には彼女のことを少しでも知る必要があるんです」

「それもそうだな……」


 校長は立ち上がると、神妙な面持ちで語り出した。

「彼女のラグラスは、『吸血鬼ヴァンパイア』。数あるラグラスの中でも、先天異能として特異で強力なものだ。

 彼女が元いた国は5年前、そのラグラスを自分達の兵器として利用しようと目論み内輪揉めとなり、そして滅んだんだ。

 この学校にはその元国民の生徒も在籍しておるから、彼女を逆恨みして嫌がらせをしているのだ。だが奴等を取り締まっても本質的な解決にはならん。

 彼女を救うのに必要なのは、自分の運命に一緒に立ち向かってくれる仲間を見つける事だと私は考えているのだ」


 校長室を後にすると、皆は何も語らなかったが、全員の想いは同じだったと思う。俺達はそのまま彼女の部屋の前までやってきた。相変わらずインターホンを鳴らしても返事はない。

「ちょっとそこどいて」

ソフィは能力を使って鍵を内側から開けたのだ。

「お前のその能力、もはやチートの域を超えていないか?」

「だって私、最強だもの……」

したり顔でそう言ったソフィの表情は、まるで子供のようだった。


 全員で家の中へ突撃すると、彼女はテレビにかぶりついてアニメを見ていた。

「な、なんで? どうやって入ってきたの……?」

「ブラッドさん、話があるんだ」

俺は校長から話を聞いてここに来た事を伝えた。

「そう……びっくりしたでしょ? あの貼り紙はあながち間違ってないんだよ」

「俺達はブラッドさんが吸血鬼であろうと、どれだけ強い力を持っていようと、1人の人間として付き合っていきたいんだ」


 彼女はテレビを消すと、何の脈絡もない話を始めた。

「ねぇ藤堂くん、ゾンビって知ってる?」

「あの死体が動くってやつだろ?」

「じゃあゾンビに噛まれたらどうなるか知ってる?」

「噛まれたら、そいつもゾンビになるイメージだな」

「吸血鬼もそれに当てはまるんだ……」

「何が言いたいんだよ」

「じゃあゾンビってどうやったらなれるの?」

「だから噛まれたらなるんじゃないのか」

「じゃあ1番最初のゾンビはどうやったら生まれると思う?」

「それはし……」

「気付いたんだね、そう……あたしは一度死んだんだよ……。そして吸血鬼になって生き返った」

「どうして死んだんだ?」

 

「殺されたんだよ。あたしの一族は吸血鬼の能力を目覚めさせるために皆殺しになったの。

 でも一族の中でその能力ちからに目覚めたのは、あたし1人だけだった……。この先天異能を持っているかどうかは、一度死なないと分からない。それくらい珍しくて強力な能力らしいから、多少の犠牲を払ってでも見つけ出したかったんだって。

 でも目覚めたあたしは、家族を殺した国に協力する気にはなれなくて、ずっと引きこもっていたの。

 すると各地で内乱が起こり国の代表が殺されて、小さい国だったから頭をなくした国は滅亡の一途を辿って、それでこの国に引き取られて今に至るの。

 でもやっぱりあたしは化物だから、正体を知ればみんなから怖がられて友達も出来ないし、段々と学校にも行きたくなくなって、高校を2年も留年しちゃった。

 もう諦めてるから……最近は開き直ってわざと明るくしてみてるけど……あたしの正体はただの引きこもり……。

 本当は外になんて、もう出たくないの……」


「じゃあなんで君はこの学校にきたんだ? ここには強い異能を持つ奴らが集まってくるから、仲良くなれる奴がいるかもしれないと思ったんじゃないのか?」

「でもやっぱり怖いんだよ。せっかく仲良くなれる人ができたとしても、正体がバレて離れていってしまうのが怖い……なら最初から1人の方がマシじゃない……」

 

「ブラッドさんは、好きなものはないのか?」

「アニメと漫画が好きだよ。あとは……自分の名前が好き。あたしの故郷の言葉で『自由』って意味なの。あたしが唯一、今も持ってる故郷と家族との思い出の品がこの名前なんだぁ」

「じゃあ俺にもブラッドさんの好きな漫画やアニメを教えてくれないか?」

「いいよ……でもどうして?」

「友達っていうのは苦手なものじゃなくて、好きなものを共有するもんなんだよ」

その時サーシャ・ブラッドの目が潤んだ。

「あたしは君の嫌いな化物だよ……? 藤堂くんのこと間違えて殺しちゃうかもしれないよ……?」

「俺もいい名前だと思うよ、サーシャ」


 綺麗な青色の瞳から、一筋の涙がスーっと流れた。

「藤堂くんって随分お人好しなんだね……」

「違うよ、俺はどこにでもいる普通の学生で、サーシャのクラスメイトで、友達で、そして学級委員長だ」

幸近の言葉に少女達も続く。

「学級委員はそいつだけじゃないわよ! あなたにはわたし達もついてる!」

「私はサーシャ殿とはきっと良い友人になれる気がするぞ!」

「あなたをいじめる奴がいたら、私が全て押し潰してやるわ」


「なぁサーシャ、俺達は君とこの学校を一緒に卒業したい。俺達のわがままに、付き合ってくれないかな?」

世にも美しい吸血鬼ヴァンパイアは、透き通った綺麗な涙を流しながら、こう答えた。

「もう仕方ないなぁ……あたしの方がお姉さんなんだから……そのお願い聞いたげる……」


 その日から、サーシャは本当の意味で俺たちのクラスメイトになった。


第1部8話 引きこもりの吸血鬼 完


《登場人物紹介》

名前:サーシャ・ブラッド

髪型:空色ロングのストレート

瞳の色:青

身長:160cm

体重:48kg

誕生日:4月12日

年齢:21歳 (初登場時20歳)

血液型:?型

好きな食べ物:アイリッシュラム、赤ワイン

嫌いな食べ物:にんにく

ラグラス:吸血鬼ヴァンパイア

ヴァンパイアの力を解放すると肉体強化、影や血を操るなど様々な能力を得る。発動の際には牙が伸び、青い瞳が紅く染まる。

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