〇9章
朝起きたら、僕は見覚えのある部屋のベッドで横になっていた。
身体がやけに大きく感じる。
この感覚は……。
急いで姿見の前に立つ。
身長は180。明らかに悪そうな顔。
デカいガタイ。これは『柊虎太郎』の姿だ。
僕……俺はすぐにキッチンに置いてあるはずの鍋を確認した。
ない。
まだ理穂ちゃんはあの実家にいる。
俺は自分が殺したり入れ替わった人間の人生を振り返ってみる。
まず殺したのは月城家の住人。
義理の父と母、姉だ。
その次に天馬だった俺は、生徒会長である南雲と入れ替わった。
南雲はストレス発散のために、太陽をいじめていて殺してしまった。
太陽になった俺は、家に住み着いていた男を殺し、
千雨と人生を入れ替えた。
……俺が入れ替わったのはこの順だ。
俺の記憶が確かならば。
適当な上着を羽織り、俺はあるマンションへと向かう。
15階にあの家族の部屋はある。
鍵は……。
胸に冷たい違和感があった。
長いネックレスにぶら下げられていたのは
家の鍵だ。
そういえば天馬は、合鍵をネックレスにして
身につけていたっけ。
そうか。俺は今『虎太郎』であり『天馬』でもあるんだ。
鍵で家の扉を開けると、
朝からさっそく理穂ちゃんがお客を迎えようとしていた。
しばらく扉の影で様子をうかがう。
「大手広告代理店の但野様にお話を聞いていただけて
幸いです。せめてものお礼と言ってはなんですが……」
「自分の娘を差し出すなんて、ずいぶんな親だ」
「いえ。こいつは私の娘ではありませんから」
俺は自分の部屋から例の金属バットと持ち出すと、
静かにリビングに入った。
「……お前、何者だ!?」
「誰だっていいだろ? 父さん」
「がはっ!」
俺は容赦なく本当の父親を殴りつける。
息が途切れるまで殴ると、
今度はお客の方へ目をやる。
お客は警察に電話していたようだ。
……そうはさせない。
「は、はい! 今金属バットを持った男が……ひえぇっ!」
ガンッ! と思い切り殴り、息が止まるのを待つ。
姉である理穂ちゃんは、上着を胸に当てて
びくびくしている。
そんな理穂ちゃんに、俺はささやいた。
「きれいごとっていうのも、悪くないって思ったよ。
助けてくれてありがとな」
それだけ言うと、バスルームのタオルで血を拭う。
自分についた血も一緒に。
バットを包帯で巻いて、再度握りなおす。今度は常盤西高だ。
「すみません、生徒会長はどこでしょうか」
吐き気がするほど嫌いな職員室。
だけど南雲がどこにいるかを知るためには、ここで話を
聞くしかない。
「生徒会長? ああ、南雲か。柊。君は確か今朝の風紀指導で
引っかかっていたな。反省文が待ってるぞ。
南雲は生徒指導室にいるはずだ」
「はは……」
反省文って。
余計なお世話だ。
とりあえず南雲には太陽を……地味な学生をいじめないように注意する。
それしか手はないな。
生徒会室に行くと、南雲ひとりだった。
「柊先輩ですね。校則違反の反省文、10枚。さっそくお願いします。
あなたがラストなんですから」
「俺の校則違反なんて、かわいいもんじゃねーか。
問題はお前の年下いじめだと思うけど?」
「な……何のことですか?」
明かに顔色が変わる南雲。
いじめをしている自覚はあるってことか。
それならちょうどいい。
俺は反省文を書きながら、南雲に語りかける。
「南雲生徒会長は見たかなぁ? いじめのニュース。
なんでも度が過ぎたいじめのせいで、殺人に発展してしまったとか。
しかもその犯人は生徒会長だったらしいですよ。おおこわ」
さすがにちょっと芝居がかってたか?
不安に思ったが、それは一瞬だった。
南雲は真っ青な顔をしている。
俺はさらにたたみかけた。
「南雲生徒会長なら平気ですよ。
いくら親からの期待で首席をキープしないといけないからって、
カンニングなんてしないと思いますし……。
あ、その犯人がそうだったらしいんです。
親のプレッシャーがストレスになっていじめをしていたとか」
「ぼ、僕はそんなこと……」
「ま、気持ちはわかりますけど……
死人が出てしまったら、未来も何もないですからね。
はい、反省文10枚。これでいいっすか?」
「あ、ああ……」
「じゃ、俺はこれで」
南雲もバカではないだろう。
自分がどんなに危険なことをしているかどうか、
気づいたはずだ。
これで太陽や、他の1年へのいじめをやめれば問題はない。
次は……その太陽だ。
1年の教室に行くと、アイツは相変らずいじめられていた。
黒い学ランに目立つ靴跡。
本当は自分で戦えないやつに手を差し伸べることはしたくねぇんだが……
こいつだけはしょうがない。
「おい、てめーら。誰が俺の舎弟で遊んでいいと言った?」
「こたパイセン!?」
「ああ、3年が何の用だよ」
「こいつは俺の舎弟だって言ってるだろ」
俺は太陽を引っ張り、クラスを出る。
その際、何人かのガキが手を出してきたが問題はない。
適当に殴ってその場に放っておいた。
太陽の場合、問題なのは学校のいじめじゃない。
それよりも大変なのは……。
「おい、太陽。今からお前の家に連れて行け」
「え!? だ、ダメですよ!
うち、汚いですし、突然先輩が来たら親だって怒る……」
「そんなの関係ねぇ。連れて行け」
俺はどんなに太陽が渋っても、譲らなかった。
譲れるわけがねぇ。
放っておけば、こいつが殺人を犯してしまう。
こいつは虐待に耐え、必死に生きてきたんだ。
ただただ平穏に暮らせることだけを祈ってきたのに、
周りのくだらない大人たちがそれを阻止した。
母親しかり、母親の男しかり。
本当は小学6年の俺だけど……そんな後輩を見過ごせておけないだろ。
最初からこうしておけばよかったんだ。
寝言であいつの異変に気づいたときに、咄嗟に判断しておけば……。
「……帰ったよ」
「太陽! 酒だ! 酒とタバコ、盗んで来い!」
「は、はは、こんな冗談いう親ですから、先輩はもう帰って……」
「帰れるわけ、ねーだろ」
俺は持っていた金属バットを取り出す。
一応包帯を巻いていたが、すでに何人もボコボコにしたあとだ。
へこんだり、血の跡がついている。
「太陽、お前はこんな大人にいいように使われて、腹が立たないのか?」
「……腹が立ってもしょうがないじゃないですか。
オレは力もないし、頭もよくない。
どうにもできないッス。
ただいう事をきくしか……」
「じゃ、こいつがいなくなったら?」
「え?」
太陽が俺を止める前に、テレビの前で寝転んでいた男に
俺は金属バットを振りかぶった。
「……え?」
男の意味が分からないといった表情を、今も思い出す。
俺は容赦なく男に金属バットを振るった。
こいつがいなくなれば、太陽は平和に暮らせるんだ。
お前さえ……お前さえいなくなればっ!!
「先輩、こた先輩っ!! もう、もういいです……もういいんですっ!
こいつの息は止まってます」
「そうか……」
すごい力で殴っていたせいか、かなり息が上がっていた。
これで太陽を痛めつけていた男は死んだ。
母親はどこかへ蒸発したというから、無視しても構わないだろう。
俺は顔についた血を手で拭って
舐めた。
鉄の味がする。
鉄の味と……生の味だ。
たまんねぇな。
この味はくせになりそうた。
俺は金属バットを落ちていた雑巾で拭きとると、
最後のターゲットに会いに向かった。
……最後のターゲット、千雨右京。
このお嬢とはどうやって対峙しようか。
ともかく記憶をたどって家の前まで来たが、
どうするか迷っていた。
彼女は殺人を行っていない。
ただ事故に巻き込まれただけだ。
殺したくて赤坂を殺したわけじゃない。
だとしたら、俺がすることは……。
一旦家に帰ると、俺は珍しく手紙を書くことにした。
近くのデパートで買った便箋に、赤坂の企んでいることを
書き並べる。
字面が汚いのはしょうがない。
だが、内容を読めば少しは考えるだろう。
『赤坂翼は、父親の恨みを晴らすためにお前に近づいている。
そのせいで赤坂は事故死する可能性がある。気をつけろ』
これだけ書くと、怪しまれないように学校の近くの郵便ポストから
封筒を出した。
これで千雨が自殺しようとせず、
赤坂も事故死しなければいいけど……。
これで俺の……『柊虎太郎』の仕事は終わりだ。
みんなが殺人を犯さない最大限のことはした。
あとは結果を待つだけだ。
そう思っていたのに――。
「あははっ! 久しぶり、天馬」
気づいた場所は、リツの店。
『デ・コード』だった。
僕の姿は大男だった虎太郎とは違い、
小学生らしい小柄で細い体型に戻っていた。
「だいぶ頑張っていたみたいだね。こたくんとして」
「頑張ってたじゃない! これでみんなは救われたはず……」
「それがね、キミが思っていた反対の結果になってしまったんだよ」
「え……?」
リツは僕に各々の記憶を見せる。
金属バットで客を殺したあと――。
理穂ちゃんは自殺した。
「なんでこんなことに!?」
僕が大声を上げると、リツはぼそっとつぶやいた。
「そりゃショックだったんでしょう。
自分の目の前で人が死んだんだ。
しかも自分のせいでだよ?」
くそ、そこまで考えていなかった……。
理穂ちゃんはそのあと、すぐ15階のベランダから投身自殺をしたらしい。
僕は頭を抱えた。
理穂ちゃんはあの男にお客を取らされそうになっていた。
そこで僕が客とあの男を殺したんだ。
理穂ちゃんを救ったと思ったのに……。
それなのに、なんで自殺なんかしたんだよ!!
「自殺したのは彼女だけじゃないよ」
リツは僕と関わったメンバーの写真を一枚ずつ
テーブルに投げて行った。
「南雲拓瑠くん。生徒会長だった彼は、キミに弱みを握られたと思ったんだね。
太陽くんへのいじめはなくなったけど……キミは気づいてなかったようだ」
リツはにこっと笑って、僕を攻撃する。
「自分が脅迫されている。彼はそう感じたんじゃないかな?
生徒会長は誰にも弱みを見せられない……完璧主義者の彼だったからこそ、
この選択に走ったのかもしれない」
リツはさらに僕にスライドを見せた。
真っ暗な部屋の中、その映像だけが鮮明に写る。
南雲が首を吊っている写真だ。
「これが……僕のせいだっていうの!?」
「結果的にはね。彼の性格を考慮していなかったのが問題だったのかな。
他にも自殺した人間はいるよ」
カシャッと音を立てて、スライドを変えるリツ。
次に見たのは、千雨だった。
「彼女は元から自殺する可能性が高かったんだ。
どんなにキミが警告しても意味なんてなかった。
好きな人の親の命を奪ってしまった。
まぁ、赤坂も結局死んでしまったしね。この世に未練なんてなかったんだ」
「ま、待て! だったら太陽……小宮太陽はどうなったんだ!?」
僕の質問に、リツは静かに答えた。
「彼だけは生きているよ。ただ……キミが親を殺した犯人だと言っている」
その通りではあるから、否定はできない。
でも、太陽については、アイツを親からの虐待から守るために殺したんだ。
確かに僕が殺した。
そのことに間違いはないけど、僕がアイツの親を殺したのは、
アイツのためだったんだ!
リツは大きくため息をつくと、僕に言った。
「賭けはボクの勝ちだね。キミは4人中3人を自殺に追い込んだ」
「ちょ、ちょっと待て! それでも僕は、みんなを救った!」
「救った……? 死人を出してもそんなことが言えるの?
笑っちゃうね」
リツの言葉に、僕は言葉を失った。
大事だった姉も、ツンデレで自分の気持ちに素直じゃない生徒会長も、
二重人格のお嬢も……。
僕が殺したんだ。
間接的にかもしれないけど、僕にはそうは思えない。
僕がみんなに余計なことを言ったから……。
だからみんなは死を選んだんだ。
「ホント皮肉なことってあるんだね。
キミはみんなを守るために人を殺した。それなのに、守られたみんなは自殺。
自殺しなかった人間は、キミを悪者にしようとしている」
「いや……これでよかったんだよ、きっと」
僕がつぶやくと、リツはぷうっと頬を膨らませた。
「なにそれ、つまんない!」
え?
つまる、つまんないで済むことなのか? これは。
人生や命がかかっているのに、いまさら何を言っているんだよ……。
「リツ、お前が何を言いたいのか、僕にはさっぱりわからないんだけど」
「……わかんなくてもいい。
ただ、賭けはボクの勝ちだよ。それは理解できてる?」
リツの言いたいことはわかっている。
太陽以外のみんなは、自殺を選んでしまった。
もうこの世にいない人間だ。
僕は……みんなを助けることができなかったんだ。
虎太郎の姿でみんなを助けようとしても、
結局みんなが選んだのは死。
理穂ちゃんを襲う大人を殺した。
でも、どんなに人を殺しても、新たな客はやってくる。
南雲を脅したのも失敗だった。
あいつは完璧主義者だ。
こんな汚点を見つけられただけで、生きていけなくなる。
そんなことは気づいていた。
なのに……俺は南雲を追い詰めたんだ。
千雨だって、今から思えばアイツが自殺しやすいってことも
わかる。
そもそも千雨は赤坂を愛していた。
その愛している人間に裏切られたら――。
しかもその原因が自分の父にあったなら、死んで詫びると
いうだろう。
赤坂もまた千雨を助けようとして死んだのか。
そんなことが怒ることは簡単に予想できたというのに、
僕は……僕はなんて馬鹿なことをしたんだろう!
「リツ、僕はもう君に負ける覚悟はできている。
今の勝負だって、確実に君の……」
「甘ったれたこと、言うなよ!」
今度はリツがカードをバンッ! とテーブルに叩きつけた。
「あのね、ボクはそういう確実に勝てるゲームで
勝ちたいと思わないの! 負けるつもりなら
ボクにゲームを挑んでこないで!」
「だったらどうすれば?」
他に手段なんてない。
リツに勝つ手段もないし、僕の手はすでに見せた。
他にどうすればいいっていうんだ?
リツはぼそりと僕に言った。
「そうだな。キミが勝ったら、『月城天馬に戻りたい』って言ったっけ。
それ、叶えてあげるよ。特別にリベンジ、受けてあげる」
「え!?」
そんなバカな。
僕が勝ったら……って。
今負けたゲームの再戦をしてくれると
いうのか?
勝ったときの報酬は、先ほどと同じ。
僕を『月城天馬』に戻す。
何が目的なんだ?
僕が不審に思っているのに、リツはニヤニヤしている。
「今度のゲームは、キミが見たパラレルの世界の話だ。
みんな人は殺していないけど、不運な人生を送っていることは
間違いない」
「それって……最初に柊虎太郎として
太陽たちに会ったときと同じ状態って
ことか?」
俺の問いかけに大きくうなずくリツ。
「そう。みんなに生きる希望を与えたらキミの勝ち。
できる?」
「わかんねーけど、やるしかない。
でもなんでそんな勝負を?」
「あんまり深く考えないでよ。
僕は『面白いこと』が好きなだけなんだから。
このままゲームが終わるのは面白くない。
それだけさ」
その声を聞いた途端、また僕は眠くなってしまう。
ここで眠ったら終わりだ。
リツの思い通りになってしまう。
だけど耐えられなくて、僕は眠りこけてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます