第110話 お前はもう死んでいる

 黒い魔力を感じ取り、辺境調査隊が馬を走らせる。俺もその中にいた。


 村に残ればボコボコに。林に行けば黒い魔力の持ち主に。どちらも危ういが、逃げ出すには大鍋の魅力が強すぎた。まだ見ぬその美味に惹かれて、一旦はこちらを選んでおいた。俺、大鍋食べたいっす!


 みんな器用なもので、林の中でも木々を避けてスピードを維持する。


「ハチ! やはり馬の扱いが上手い。隊長である俺に並ぶとは、大した腕前と、度胸だ!」


 隣で声を張り上げて褒めてくれるのは隊長殿。

 気づけば辺境調査隊の先頭で馬を走らせている俺を素直に称賛してくれているのだろうが、ごめん。そうじゃないんだ。


 こういう非常事態って、決まってまず隊の最後尾で何か起きるものって定番がある。

 先頭が危ないようで、一番安全だったりする。ホラー映画やホラーゲームは大好きなので、こういうお決まりは知り尽くしている。


 今回の相手は黒い魔力を持つ相手。まだ誰も解明できていない、魔獣や魔物が持つあの魔力だ。当然、やばい相手に決まっている。そんな相手と戦うだけのお給金もご飯もまだ貰っていない。無駄に死んでたまるか!


 俺は一番安全な場所にいて、この事体をなんとかやり抜いて、大鍋にありつく! それだけだ!


「いたな。あれだ」


 目の前に見えて来るは、黒い魔力を纏う大きな存在。先頭が出会っちゃったかぁ。……まあ、こういうこともある。今回はハズレくじを引いちゃっただけだ。


「ぞくぞくするな。……ハチ、なんだか俺は、素直にあれに心底恐怖を覚えるぞ」


 黒い霧のような魔力が地を這い、形を与えられたかのように巨大な影を作り出していた。

 やがてそれは四つ足の獣の輪郭を結び、ゆっくりと姿を現す。

 全身に墨を流したように黒く濁り、毛並みは逆立ち、絶えず煙のような魔力を漏らしている。


 黒い虎だった。


 人智では制御できない存在。

 恐怖という言葉すら追いつかない、真の怪物に似た恐怖心を与えて来る。


「ううっ……」


 背中から嫌な汗が流れる。

 この魔力だけは、何度接してもダメだ。慣れるものじゃない。


 相手は黒い魔力を持っているだけじゃない。でかくて、強そうだ。……でかつよだ。でかつよは、嫌いだ。


 遅れて到着した隊員たちも、目の前の虎を見るや否や、それぞれが強い拒否反応を見せる。中には吐き出す隊員までいて、気を失うものまで出現する。


 なぜか襲ってこないでかつよに、こちらもどうしていいかわらない。


 そして、俺はもう一つ隊長殿に伝えなくてはならないことがあった。確定情報ではない。けれど、なんとなくそう感じる。

 最悪全滅すらあり得る事体に、この情報を伏せる訳にはいかないだろう。


「隊長殿には、あれが何に見えますか?」

「虎型の、魔物だろうな。かなりの年季が入っている。相当強いぞ、あれは」


 いいや、そうじゃない。

 俺にはそうは見えない。


 俺が絶対に会いたくなかった存在。もう一生会うことも無いと思っていたものに見える。だって、一度会ったことがあるから、とても似通ったものを感じるのだ。


「いいえ……おそらくそうじゃないです……」

「そうじゃない、だと?」


 なかなか口にするのも恐ろしいワードだ。

 けれど、勇気を振り絞って口にした。


「……あれはもしかしたら、魔獣かもしれません」

「魔獣だと!? ……なぜ、お前にそんなことがわかる」


 なぜって、その魔獣と出会ったことがあるし、戦ったこともあるからだ。殺されかけたから魂にまでその存在が根付いている。そして、親友になり得たかもしれない神の手助けで幸運にもその魔獣を仕留めることもできた。


 だから、なんとなくわかる。あれ、魔獣なんだよ。あのでかつよ、魔物ではない。王立魔法学園の試験中に出会った魔物とは桁が違う存在。

 けれど、不思議とローズマル子爵領で出会った魔獣ほどの脅威は感じられなかった。


 ちょうどその中間地点にいそうな存在。俺も良く分からない。専門知識もある訳じゃない。けれど、どうも直感が述べているのだ。


 ――魔獣から、今すぐ逃げろと本能が叫んでいる。


 今、みんなに魔獣と戦った過去を述べるのは良くない。信じて貰えないどころか、余計にみんなを混乱させる気がした。どう説明したものか。


 けれど、隊長殿は妙に真剣な眼差しで俺の言葉を受け止めてくれた。


「たしかにあれは普通の魔物と違うってのは俺にもわかる。けれど、魔獣ってお前……。ハチ、その情報は正しいものか? お前は今、冷静か? 信じても良いものなのか?」

「憶測であり、確定ではありません。冷静かどうか自分では判断しづらいですが、錯乱はしていないと思います。たぶん……信じても良いです」

「ハチ、金と飯が道に落ちていたら、お前はどちらを拾う?」

「両方です」

「よしっ、お前は正常だ」


 なにその判断方法?

 まだ1日の付き合いだというのに、俺のせこさを見抜いているだと!?


 隊長殿が片手を上げて、指でサインを送る。

 隊員たちに伝わるサインだろう。大きな声を出さないのは、目の前の魔獣かもしれない存在を刺激しないためか。


「ハチ、一旦お前の発言を真として行動する。目の前の存在が魔獣である場合、とても我々の戦力では対処しきれない。最悪、王国軍の出撃が必要になるだろう。よって、今は静かに後退し、先ほどの村の守護に専念することとする」

「賢明な判断だと思います」


 良く統率の取れた隊だ。

 隊長の送るサインに、皆が冷静に踵を返して、最後方から静かにこの場を離れる。辺境調査のみんなが優秀なことはわかっていたが、こんな不測の事態だからこそ余計にその優秀さを実感する。


 皆が目の前の異様な存在に不安を覚えながらも、冷静に立ち回り続ける。俺はとんでもなくあたりの職場に足を運ばせて貰えたのかもしれない。


「お前も行け、ハチ。殿は俺が務める。さあ」


 魔獣は動かない。

 爛々と黄色に光る眼だけが俺たちを捉え続ける。


 その存在の意識は俺たちと言うより、どちらかというと村へと注がれている気がした。村の方が、人が多くて食べるものも多いもんね。魔獣って人を食べるのだろうか? 後で肥え太った悪徳商人を差し出しますので、小物のお肉は勘弁して頂けると助かります。


 隊員たちが静かにこの場を後にする中、後は俺と隊長殿、副隊長殿がこの場を去れば、一旦無事に事が済みそうだった。


 後は王都に報告を上げ、この化け物の対処をして貰う。リュミエール様が動いてくれるかどうかはわからないが、王都付近の村でこんなものが出たのなら、間違いなくリュミエール様レベルの天才が動く。なんとかなるはずだ。少なくとも俺は。


 けれど、予想外の事態はいつだって起こる。

 それは、突然起きた。


 馬が突如、甲高い悲鳴を上げた。

 次の瞬間、後ろ足で立ち上がる。咄嗟のことに、体が鞍からずり落ちそうになる。


 ――安馬は安馬である


 市場で値切ったときは得をした気分だったが、いまになって「なぜもっと良い馬を選ばなかったのか」と骨身に沁みる。

 安さには理由がある。勇気ではなく、恐怖で突っ走る質の悪さもまた安物の本質なのだ。


 俺の馬は目の前の恐ろしい存在のプレッシャーが限界だったみたいで、狂ったようにいななき、黒い魔力を纏った巨獣に向かって駆け出した。なぜそっち!? 逆、逆ぅー!

 必死に手綱を引くが、馬は聞き入れない。


 足元を叩く蹄の衝撃が内臓まで響き、視界は揺れ、心臓は落ち着く暇を与えられない。

 目の前には、黄の眼を光らせた巨大な黒い虎。近づくと馬よりも大きな体格な存在の圧に余計に恐怖心をあおられた。


 恐怖のあまり逃げ出したはずのドジっ子安馬が、なぜか魔獣へ一直線に突っ込んでいく。


「次からは、もっといい馬を借りまあああああす!」

 反省を口にしていると、後ろから叫ぶ声が聞こえる。

「ハチ!」

「ハチ君!」


 二人の声だけが届くが、俺はもう止まれそうにはありません。


 馬が魔獣の目の前で急停止し、上に乗っていた俺が地面へと放り出される。


 目の前には魔獣。その距離、1メートルも開いていなかった。

 黒い魔力が体に漂ってくる。少し熱く感じられた。


「ぐるぅぅう」

 と唸り声が聞こえ、一歩こちらへと近づいて来る。


 し、しぬぅ!

 安馬がやらかしすぎて、しぬぅ!


 来る。

 目の前に迫る黒い獣影に、防衛本能が自然と働く。


 なんとかしないと。でも触れるのはなんか怖い。

 だから俺は、身体強化で強化した拳で思いきり地面を殴りつけた。


 ドンッ――!

 自分でも驚くほどの衝撃が走り、土が爆ぜるように抉れた。

 砂埃が一気に舞い上がり、視界を塞ぐ。捨て鉢の力が出ちゃったってこと!?


「え?」


 予想外の力に、自分でも少し唖然とする。


 自分の手を見つめた一瞬、魔獣の姿を見失った。やっちゃった。どこだ? 首を左右に振る。


 砂埃に思わずゴホッ、と咳をしたとき。

 砂煙の隙間、視界の端で何かが動いた。


 伸びてきたのは、腕だった。

 人の腕。骨ばって痩せた、けれど確かに人の形をした腕。

 次の瞬間、冷たい指が俺の首を掴んだ。

 息が詰まり、全身が硬直する。


 黒い虎の中のちょうど口の中から人の腕。おそらく女性のものと思われる華奢なものだ。


 その時、ふと村人の少女の言葉を思い出した。


 姉がいるかもと叫んだ病的な少女。

 なんでそんなこと思い出したんだろうか?


 首を絞める力が強い。けれど、抗えない程ではない。


「もしかして、社会に絶望し、詩人になろうとしたけど、それも失敗して、虎になっちゃった系の人?」

「……」


 返答はなかった。

 冷たい腕を掴んで引きはがそうとするが、腕に痣を作るくらい強く握り返してもこの手は動こうとしなかった。


 なぜかそれ以上の攻撃が来ないので、腕を蹴り上げるとようやく拘束が解かれた。


 咳き込むが、相手から視線は外さない。外したら、今度こそ死んじゃいそうだからだ。


「……お前」

 人の声。間違いない、女性の声だ。

 魔獣……じゃないのか?


「私と、同じものを……感じた。お前の中に、魔獣と神を見た……同類か」

「同類? はい?」


 俺の中に魔獣と神を感じた? それは一体どういうことか。

 握りしめられた箇所の首を抑えて、相手の言葉に首をひねっていると、腕が黒い魔力の中へとゆっくりと仕舞われた。

 黒い虎は、再度その黄色い目でこちらを鋭く観察すると、踵を返した。


 そのまま、雄大なフォームで、四肢で走り去る。林の奥へと走って行き、振り返ることも、もう戻ることは無かった。


「……なんか、助かっちゃったみたい」

 どっと疲れが押し寄せる。その場に、座り込んで、更には横たわって、危機が去ったこと、無事に生き残ったことに安どする。ほっ。


「ハチ! ハチ!」

 馬が地面を揺らして、隊長殿が駆け付けてくれた。

 馬から飛び降り、俺の体を起こしてくれる。


「……お前! 最初からそのつもりだったのか! 馬鹿野郎が! 殿は俺が務めると言っただろうが! ガキが……お前みたいな未来あるガキが、簡単に死のうとするな!」


 軽口を叩くところはあった隊長殿だが、この道中あまり感情的になることは無かった。けれど、今は俺の胸倉を掴んで感情的に言葉を口にする。


 目が赤くなり、少し目元が潤んでいた。


 凄い剣幕だけど、この人が良い人だってことはなんとなくわかった。

 けどなぁ、違うんだよ。そんな尊い役を買って出た訳じゃない。


「馬が勝手に暴れてしまったんですよ」

「嘘をつくなら、もっと上手な嘘をつけ。ここまで完璧に馬を乗りこなしていたのに、そんな嘘が通じるか!」


 強くつかんだ胸倉を放してくれた。

 本当なんだけどなぁ。


 俺はこの場で誓います。

 今後、何かサービスを利用するときちゃんとした対価を支払うことを。そして値切らないことを!


 折角、やばい存在と居合わせたにも関わらず、みんな無事に済んだというのに、村へと戻る道中、隊長殿が沈黙していて気まずかった。

 馬が逃げたままだったので、隊長殿の後ろに乗せて貰った。出来れば副隊長殿の後ろが良かったが、贅沢は言えまい。


 そして、村へと戻った際、俺の安馬がその場で待機していた姿を見た時は、流石にイラっとした。


 気まずい雰囲気が続く中、辺境調査隊の隊員が村長に何が起きたのかを説明し、今後の段取りについても知らせているようだった。


 俺たちは天幕を張り、夜に備える。今日は村の外でお泊りだ。みんな野外でのお泊りに慣れており、作業感が出てしまっていたが、俺にとっては軽いキャンプみたいな感じがしてワクワクした。


 実際、大きめの焚火を作ってみんなで囲んで、スープを作ったり、保存食をあぶったりする様子なんて、四捨五入したら全然バカンス中のキャンプだよ。ひゃっほーい!


「ハチ、ちょっといいか?」


 日もすっかり沈んだ頃、焚火の傍で他の隊員たちと卵を焼いていた俺の隣に、沈黙していた隊長殿が座った。


 パチパチと焚火が心地の良い音を立てている。

 卵を焼くってのは、そのまんまの意味だ。

 殻のついた卵を、耐火性のある植物の葉で包んで、焚火の傍の熱でゆっくり焼いていく。


 葉で包むのは、そうしないと殻がはじけて爆発するためだ。爆発危ない。そんな危険がありながらもこうやって食べるのは、ゆで卵とは違い、独特の香ばしさが出てうまいんだよな、これが。


 卵は村長が分けてくれたものだ。

 魔獣がここから離れた話を伝えると、途端に好意的になり卵やら他の食料を分けてくれたらしい。もちろん大鍋の食材も確保済みとのこと。ひゃっほーい!


 貰った新鮮な卵が爆発しないように、熱の加減を調整していた時に、隊長殿に声をかけられた訳だ。


「卵が優先ですが、それでも良いなら大丈夫ですよ」

「ふっ。お前らしいな。……その、さっきは感情的になってすまなかった。あんなに怒鳴るつもりはなかったんだが、ついな」


 気まずそうに頭をポリポリと掻いて、謝罪してくれた。

 全然深い付き合いになるとは思っていなかったので、つい先ほど隊長殿の名前がウィルバートだと知ったばかりだ。ちなみに、副隊長殿はテミアさん。素敵なお名前です!


「いいですよー。隊長殿が人情に熱い人だと知れて良かったです」

「ん。そう言って貰えると助かる。そのー、あれだ」


 まだ気まずそうにしている。なんだろう? まだ話したいことがあるらしい。俺は根に持つタイプだが、特例として美味しいものを貰えれば忘れるので、気にしなくても良いんですよ。


「お前の姿に……親父を感じちまったんだ。なんだかな、もう顔も思い出せないのに、不思議と、そう思っちまった」

「父親ですか?」


 ウィルバートさんの父上と俺が?

 どこらへん? もみあげ?


「そうだ。親父は、俺が5歳の時に死んじまったんだ。もうほとんど覚えちゃいないが、優しくて、強い男だったよ。覚えているのはそんくらいだ」

 卵が一瞬、ぱふっと音を鳴らした。大きく爆発しないように、転がして熱量を調整する。


 焚火を囲む他の隊員たちも自然と隊長殿の話に聞き入っていた。人の身の上話って気になるよね。


「強いってのは、何も主観的な話じゃない。なんと親父は、あの誉れ高き魔獣討伐隊の一員だった」

「ほう」


 これにはさすがに感心した。

 魔獣討伐隊とは、十数年に一度登場する魔獣退治のために作られる軍隊。数千人の死人が出ることもある魔獣戦。それと戦うための部隊は当然強い人物たちで構成される。


 そんな凄い人たちが集まっても数千人死んじゃうんだから、魔獣がどれほど規格外な存在かおわかりいただけただろう。


 ウィルバートさんの父親は討伐隊にいた。厳しい選抜試験があると聞く。それは間違いなく実力者に違いない。隊に入れることは名誉だし、手当てもとんでもなく分厚いと聞く。


「親父は魔獣討伐隊の中でも抜きん出て強い人だったらしい。昔の仲間たちがたまに聞かせてくれるんだ。ガキの頃によく聞いたもんさ。俺はその話を聞くたび、まるで自分のことのように誇らしかった。嬉しくって、何度も何度も、同じ話でもずっと聞いていたくなるほど……嬉しかった」

「……きっと、仲間にも慕われていた素敵な人だったんでしょうね」

「ああ、そうさ。親父は強くて、勇敢で、仲間思いだった。……だから、死んじまった」


 卵がまた、ぱすっと音を立てる。こいつはずいぶんと上手に焼けているらしい。たぶんあたりの卵だ。


「親父がいた魔獣討伐隊だが、一回目の遠征は失敗したんだ。多くの死者が出て、酷い惨劇だったらしい。撤退を余儀なくされ、親父たちは死に物狂いで逃げたんだとよ」

「……なんていうか、それはとても残念です」

「ああ、そうだな。そして親父はその撤退の中、今日のお前と同じことをした。……仲間を逃がして、自分が残った。そうして、親父は魔獣の手にかかっちまったんだ」


 ……あのー、ごめんなさい。

 俺、違うんです。


 ウィルバートさんの誉れ高い父親と肩、並べられないっす。

 俺は安馬を借りて、逃げそびれただけでして! 流石にそんな格好良い親父さんと肩組めねえっす! 厚かましいで有名な小物でも、そんなことは出来ねえっす!


「それで、あんなに怒ってたのね。隊長がその話をするの、珍しいですね」

 テミアさんまで焚火の環に加わって来て、そう言った。

 どうやら、彼女はこの話を知っているらしい。他の隊員たちのしんみりした表情を見るに、初耳らしいのに。


 やはりこの二人……クンクン、できてるな? 卵もそろそろ出来そうだが、このふたりも出来あがりそうだ。


「ハチにはこのこと、言っておかないと思ってな。今日の魔獣っぽい存在との遭遇もあって、余計に強く思い出しちまった」

「素敵なお父様ね」

「親父は立派な人だが……大馬鹿野郎だ! 魔獣戦で死んだからって、英雄として仲間から称賛され、手厚い遺族年金も我が家には入った。けどな……俺はそんな英雄譚よりも、金なんかよりも、親父ともっといたかったんだ。傍に、いて欲しかった。……だから、ハチ。お前も死ぬようなことはするな。きっと、お前のような男は慕ってくれる人も多いだろうから」

「……はい」


 安馬が暴れたって件は、墓場まで持って行くことが決定した。こんな重たい話を聞いて、真実なんて言えるはずもない。世の中には口にしない方が良い情報のほうが遥かに多いのかもしれない。こと俺に至っては、間違いなくそのパターンが多い。


「なあ、ハチ。知ってるか? 魔獣討伐隊ってのは、ずっとある常設軍みたいな感じじゃないんだ。魔獣が出現したときにだけ作られる、特別な軍隊が基本になる。今日見たあれが魔獣だったとしたら、おそらく魔獣討伐隊が編成される」

「へー、そうなんですね」


 前の魔獣討伐線はリュミエール王子が動いたから、特別な軍隊は作られなかったはず。王子が直接軍を率いたからだろう。


「そうなったら、俺は一旦この辺境調査隊隊長の座をテミアに譲渡し、魔獣討伐隊に志願するつもりだ」

「いやいやいや!」


 言ってること無茶苦茶だよこの人!


「あんた、昼言ってたじゃないですか。魔獣討伐はリュミエール王子みたいな凄い人がやるものだって。俺たちみたいな小物には関係ないって。しかも、魔獣戦で死んだ父親を馬鹿野郎って!」

 なのに自分は死んでも良いってか? めちゃくちゃだよ、この人。


「ははっ。俺が大した戦力にならないのは知っている。けれど、こんな小さな戦力でも必ず魔獣に一太刀は入れて見せるさ。そしてな、俺はいつか来るかもしれない魔獣戦に備えて家族は作っていないんだよ。魔獣の前に簡単に散っても、悲しませる人もいないって訳だ」


 全ては計画通りってか?

 おいおい、この大馬鹿野郎が!


 おもわず、今度はこちらから説教してやろうかと思った。


 今! 焚火を悲し気な瞳で見つめる美女! お前はその存在に気づかなければならない! 世界中がうらやむような立場にいながら、お前は名誉とかそんな男だけが大好きなもののために、テミアさんという美しい人を悲しませている!


 この大馬鹿野郎!!

 もうお前たち、俺がきゅーっぴとにならなくてももう確定やん!

 出来てますやん! もうくっついていないだけで、ウィルバートさんとテミアさん、出来てますやん! 俺の卵ももう出来てますやん! これ以上は焦げますやん!


「……あのー、あれが魔獣じゃなかった場合はどうするんですか?」

「その場合は、いつか出る魔獣のために備えるかな」

 それって何年後よ。テミアさん、待てませんよ!


「じゃああれが魔獣だったとして、魔獣討伐も成功して、生き残った場合、家族は持つんですか?」

「なんでお前がそんなことを聞く。まあ、そうなったら流石に家族を持とうかな。魔獣と戦って生き延びたんだ。2回目の魔獣戦を辞退しても、死んだ親父も叱ってきたりはしないだろうさ。ははっ、こんな俺を好きになってくれる女性がいたら、ラッキーなんだがな」


 なるほどね。

 魔獣討伐に成功したら流石に家族を持つ、と。


 焚火を見つめていたテミアさん、微笑んでますがな。

 けどな、それ完全に死亡フラグなんすわ。


 魔獣討伐で生き残ったら家族を持つ? 自分のことを好きになってくれる人がいたらラッキー? しかも実際傍にいます? すまん、それもう死んだも同然ですわ。お前、もう死んでるよ。


「今、隊員を一人報告に向かわせている。この後は専門家が動くだろうから、俺たちはもう魔獣にはあまり関与はしない。一応手がかりは追うが、本当に魔獣だった場合余計な被害を出さないためにも距離は取らないとな」

「随分としっかりした考えの人なのに、討伐隊に志願するところだけロマンチストだ。俺が隊長殿の立場なら、魔獣なんて天才たちに任せて、自分たちは無視してとっとと家族でも持って幸せに暮らしますけどね」

 隊長だよ? 国の正式な組織の。一生安泰、勝ち組ですぜ。悪いこと言わんから、魔獣なんて放っておきなさいな。


「そうは行かないさ。男にはいつか向き合う必要のある壁があるんだ。俺にとってはそれが魔獣なのさ」

「馬鹿ですねー」

「なっ!? お前、失礼なやつめ。このロマンが分からんとは言わせんぞ。お前にもわかるはずだ、絶対に」


 卵が焼き終わったので、焚火から話しておいた。

 あっつあつのうちに食べたいので葉を向いて、殻も向き始める。


 あっつ! あっつ! ほんとあっつ!


「ふーふー、わかりませんね。隊長殿はもっと近くにある幸せに気づくべきです。以上。俺のアドバイスはここまでです」


 爆ぜろリア充。最後のひと押しはしてやんね。

 しかし、直後爆ぜたのはリア充たちではなく、俺の卵だった。


 気をつけろ。焼き卵はほんといつ爆発するかわかったものじゃない。美味しいからもう一個焼こうっと。

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