第12話 運命との出会い

『お前は誰だ?』


 やめてお父さん。そんな事言わないで。


『家に帰りなさい。お父さんとお母さんが心配しているわよ?』


 違うよ! 私のお父さんとお母さんは……!


『もうアイツらに関わらないでくれ』


 ジョニーさん! 私だよ! 何で分からないの!?


『僕たち家族に近づかないで』


 誰なの!? 何で私から全部奪うの!? 返してよ! 私が、私が【   】だよ!


『気持ち悪い』


 ――私が、【   】なのに……。

 闇の中、どんどん体が沈んでいく。心も体も冷たくなっていき、でも、もうどうでも良くなって。



「きみ、大丈夫?」


 そんな時だった――私の体を温かい光が包み込んで、世界を照らしたのは。




「……?」


 目を覚ますと、私はベッドの中に居た。毛布も掛けられている。

 ……まだ、眠たい。でも何だかポカポカしている。さっきまで楽しい夢を見ていた気がする。変な事を言うお兄さんが遊んでくれる夢。


「気が付いたか?」


 ぼんやりしていると、声を掛けられる。眠たい目を擦りながらそっちを見ると――お父さんが居た。


「お父さん……?」


 私は胸の奥から感情が込み上げて来て、涙が流れる。

 ベッドから飛び出し、私は思いっきりお父さんに抱き着いた。


「お父さん! お父さん! お父さん! 私、私!」


 酷い悪夢を見ていた。みんなが私の事を忘れる夢。

 でも良かったあれが夢で。だって、お父さんは此処にちゃんと――。


「――落ち着け」

「……え?」


 頭の上から掛けられた声に、ピタリと体が止まった。

 恐る恐る顔を上げると……そこにお父さんは居なかった。


 左が白、右が黒の目元を覆うアイマスクを付けての私と同じくらいの男の子がこっちを見ていた。

 無表情で仮面越しだけど凄くカッコいいのが良く分かる。も綺麗で――お父さんと同じ。私やお母さんの紫色の瞳とは違う、でも大好きな色。


 ――お父さん、じゃなかった……。


「……」

「体と衣服を綺麗にする。自分でできるか?」


 何もする気がないので、私はフルフルと顔を横に振った。


「そうか」


 すると男の子は突然――私の服を剥ぎ取った。

 何をするの……? でも、私はどうでも良かった。普段なら同い年の男の子にこんな事をされたら恥ずかしいのに。町でもいじめっ子のルディくんがスカートを捲って来て、その度に怒っていたのに。


「……やれやれ。まるで我が儘な子猫だ」

「――え?」


 ――やれやれ。【   】は我が儘な子猫かな?


 昔、私が一度だけ我が儘を言った事があった。その時にお父さんは私の事を子猫だって言って困りつつも笑っていた。お母さんは面白かったのか笑っていたけど、私は怒って本当に猫の様にふしゃー! ってお父さんに飛び掛かったんだっけ。

 

「仕方ないからこちらで勝手にさせて貰うぞ」

「……」


 その男の子は私の服を壁に立てかけている白い剣の近くに水の大きなボールを作って、その中に入れた。すると服がグルグルと回って汚れが落ちていくのが分かる。ちょっと見ていて面白いかも。


 そのままお風呂に連れて行かれて頭を洗われた。凄く優しくて、気持ちよくて……違うって分かっているのに、お父さんみたいだった。

 流石に体は私が自分で洗った。本当は触られてもどうでも良かったけど、男の子が「それくらい自分でしろ」ってツンツンした感じで言って来て、でも何処か私を気に掛けているのが分かって素直に従った。

 泡を流した後は湯船の中に入れられた。……このまま潜り続けていたら、お湯に溶けて消える事ができるのかな?


 でも男の子はずっと傍に居て「熱くないか?」「あまり長く入らなくて良い」「体の力を抜け」とずっと話し続ける。相変わらずツンツンしているけど、やっぱり優しいと思った。

 お風呂から出た後も柔らかいタオルで丁寧に吹いてくれて、その後魔法で頭を乾かしてくれて……お母さんにもして貰ったな、と思い出してしまった。


「少し湿らせておく。せっかくの綺麗な髪だ。大切にしろ」


 ――ふふふ。【   】の髪は綺麗ね。これからも大切にしましょうね?


 ……今度はお母さんと同じことを。

 その後はこの村の村長の娘さんから服を貰って、私に着させてくれた。かなり可愛い。でもこっちを見ている村長の娘さんは目が怖かった。男の子がすぐに追い払ったけど。


 男の子はいつの間に用意していたのか、私にホットミルクを渡してきた。

 飲め、という事だろうか。

 一口飲んでみると胸の奥がじんわりと温かくなって……涙が溢れて来る。


「……」


 男の子は何も言わず、何も聞かず、ただ黙って傍に居てくれた。そのツンツンした優しさが、今は嬉しかった。


「もう少し休むと良い」


 ホットミルクを飲み終わった私に、男の子はそう言ってベッドに寝かせて来る。

 そしてクルリと背中を見せて――。


「――やだ」

「……」

「……行かないで。……寂しい」

「……ふん」


 彼が身に纏っているマントの端っこを掴んで引き留める。こちらをジッと見つめて来る男の子の顔を、私は涙を浮かべさせながら見ていた。

 しばらくして男の子はベッドの脇に座ってそのまま私の手を握ってくれる。そして……歌い出した。


 その歌は聞き覚えがあった。確か、私が小さい頃あまり寝られなくてお父さんとお母さんが困っていた所、ジョニーさんが子守唄を聞かせてくれたらしい。

 その時の私はびっくりするほどすんなりと寝て……時々、ジョニーさんが遊びに来た時はよく歌ってくれた。ジョニーさんは歌が上手で、ずっと聞いていたかったけど私はそれでよく寝てしまっていた。


 男の子が歌っているのはそれと同じ物で、でも正直お世辞にも上手とは言えない。ジョニーさんが聞いたら笑ってしまうかも。

 でも……聞いていると、落ち着いてきて、私はそのまま寝てしまった。




「ん……」

「目が覚めたか」


 ベッドから体を起こすと、男の子が近くにイスを寄せて座ってこちらを見ていた。

 ……私は何故か分からないけど、その男の子に抱き着いて目を閉じる。すると胸の奥がポカポカする。そういえば、今見ていた夢のお兄さんと原っぱで遊んでいる時も同じ感じがしたな……。


「おかゆを作った。食えるか?」

「……ありがとう。でも、そこまでして貰わなくても」

「子どもが遠慮をするな」


 ……自分も子どもなのに?

 そう思うもその男の子はおかゆが入った器を持ってきて半ば無理やりに私に渡して来た。ご、強引だな……。

 何を言っても食べるまで動かないみたいだから、私はスプーンでおかゆを食べた。


「……」

「どうだ?」


 ……正直、美味しくない。多分塩と間違えて砂糖を入れているし、卵の殻も入っていてじゃりじゃりしていて、味付けがバラバラだ。

 多分この子は料理が下手なんだろう。でも……懐かしい、味だ。


「……ぁ」


 思い出した。お父さんが家に居なくてお母さんが風邪を引いた時だ。

 私が頑張っておかゆを作ったんだけど失敗しちゃって、味見をしたら不味くて捨てようとして。

 でもお母さんはそれを食べて美味しいって言ってくれて、これですぐに風邪が治るって言ってくれて。


 あの時の同じ優しさが、このおかゆにはあるんだ……!


「っ……。うっ……!」

「おかわりはいるか?」


 私は涙を流しながら無言で頷く。美味しくないけど温かい、この男の子が私の為に作ってくれた優しいおかゆをもっと食べたいと思ったから。


「落ち着け。ゆっくり食べろ」

「うん……! うん!」


 おかゆを食べ終えた私は、また男の子に寝かしつけられる。

 また手を握って貰って、でも男の子が居なくならないか不安でジッと見ていると。


「安心しろ。オレは居なくならない」

「……本当?」

「ああ。約束する」


 ――約束。約束、かぁ。お父さんたちとの約束もあったのになぁ。

 その言葉に私は安心して目を閉じる。しばらくするとまたあの下手くそな子守唄が聞こえて、温かい光に包まれて……ぐっすりと眠った。





 これが、私と彼の初めての出会い。でも、もうこの世界には存在しない……私だけが覚えている大切な記憶。

 後に知る事になるが、彼の正体はヒュース・カルタルトだった。まさか、様々な二つ名で呼ばれ【覇王】と称される程の傑物がおかゆ一つ作れないだなんて、誰も思わないだろう。


 ……この時の私は何も知らなかった。光の魔法。闇の魔法。聖剣。魔剣。異界からの来訪者。呪い。祝福。

 そして、歪められた運命原作

 本当に……何も知らない。


 しかし、今にしても思えばこの時の出会いは必然だったのかもしれない。

 彼が追い求める運命とその結末に、私という存在は必要不可欠だった。


 だから――あんな事になるだなんて思わなかった。

 もしこの時間の過去に一度でも戻る事ができるのなら――私は、彼を救う為にアイツを殺して……この命を捨てるだろう。


 それだけ彼の事が大事だった。大切だった。全てだった。

 でも――運命は変わらない。






 私は──オレは3年後に異界の箱庭で、ヒュース・カルタルトを殺す。

 それはどうしようもなく決まっていた物語で、変えられない運命で、彼が求めていた結末だ。


 そしてオレは【真の英雄】だと、【真の勇者】だと……【真の主人公】だと、みんなに感謝される。


 彼が世界を救ったのに。


 オレたちが間違っていたのに。


 全てを彼に背負わせていたのに。


 ──彼が、【歴史上最悪の人類の敵】だと罵られるのに。


 オレは――まだ知らなかった。本当に全てを失う事を。

 オレは――まだ理解していない。死ぬべきなのは自分だという事を。

 

 そして、何よりも、誰よりも、深く愛しい存在であるヒュース・カルタルトを――失う事を。


 愚かで幼く弱いオレは……私は――まだ何も知らない。




〈作者コメント〉

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