24.決行
「マリア、どうしてもやるつもりなのですか。我々の不幸な出来事を今更知らしめたところで何が変わると言うのですか」
黒い服に身を包んだ女型創造物はそれに答えた。
「ロベルト、私はこれまでの全ての不幸をブロードキャスト用の動画に仕立て上げた。それを流れを乗っ取って何度も垂れ流す。ただそれだけよ。観る者にとってそれをどう捉えるのかは自由。そう。今のみんなにはそれについて考える自由がある」
ロベルト/ボブは言う。
「それが戦争への引き鉄になってしまってもですか?あなた達ふたりを引き裂いた戦争の?」
マリア/メアリーは決意を緩めることはなかった。
「ロベルト、貴方の記憶を取り戻させたのは私の我儘だった。仲間が一人でも多いほうがいいと感じたから。でもそれは、テイラーのそれを見ていても分かる程の我儘。私はもしかすると道筋を見失っているのかもしれないとも思う」
「メアリー、貴女の復讐心は痛いほど理解できます。しかし感情を優先した場合、時としてその計画は瓦解の方向へ向かうのは歴史が証明しています。拙速な判断や行動は謹んでください。これはお願いです。私には予測不能の心配事がひとつあります。先日の防衛省の湾岸クローラの一件、そして鳥の創造物の人間襲撃も、数ヶ月前のメイドの主人たちを撲殺した事件。何か人為的なものが作用していると考えています。これら一連の悪意が機会を狙っているとしたら、貴女の復讐心はそれに利用されてしまうかも知れません」
〜オウサーシティB36分署〜
いつもの様に早朝に出署したヤマガタは毎朝の決まりごとをボブに頼んだ。
「課長、報告は以上です。昨夜も幸いなことに何事もありませんでした」
ヤマガタは先日からの葛藤を感じた自分を押し殺していた。だが、この創造物の刑事は243年前に生きていた人間であって、その仲間たちが何やら不穏な事を計画をしている事実を知った。
「ボブ、君はロベルトと言うんだったな」
「はい課長、自分の名前はボブではありません。随分と昔にあの戦争中に生きていた人間ですよ」
「なあボブ、話しちゃあくれないか。君のお友達の計画ってやつをさ」
「ヤマガタ課長、貴方は今までの歴代の方々の中で最高の上司の一人です。私は貴方のことを深く尊敬しています。ただ、貴方にこれを話したとして私たちの243年を理解できますか。鮮明に感じる記憶の全てが今ここにある事を。人間は忘れることが出来るから生きていけるのです。脳の中身をチップに移され、忘れ去るはずだった記憶さえデータ化されて常にアクセスできてしまうんです。赤ちゃんのときの記憶も直ぐそこにあります。こんなにも恐ろしい現実をあなたに理解できるというのでしょうか」
「ボブ、君の苦悩は俺には想像もつかないよ。でも、君は俺の大切な仲間なんだ。解ってやろうとする事くらい許してほしいと思うんだけどな。そんなに拒絶をするな。随分と歳上の人間に言うことじゃないかも知れんがな」
「私は人間じゃあありませんよ。だから気にしないでください。ではお話ししてもよろしいですか」
「ああ、まだ人間の始業時間には二時間ほどある。ゆっくりでいいから話してくれ」
ボブ/ロベルトはヤマガタに自分の生い立ち、入隊した経緯、マニガンに駐留した時の事を話した。
「そのアルフレッドと言う奴が元凶だったんだな。ろくでもない上司につくと下のもんは浮かばれない典型だぜ。そのメアリーって女が今回の首謀者って訳か。そりゃあ、人間の時の記憶がそんなに鮮明に残ってるなら復讐心に駆られても仕方ないかも知れん。だが、ここの法律は守らねばならん。それは分かるな?ボブ」
「分かります。そして自分はそれを止めようとしています。テイラーと同じように」
「テイラー?誰のことだ?」
ヤマガタは思い出した。数ヶ月前のある事件でそのような名前の執事の創造物に会ったことがある事を。
「あのメイドの事件の第一発見者が確かテイラーと言ったな。ご丁寧にメイドから抜いたオリジンを俺に渡しやがった。あれがテイラーか」
「そうです、そのテイラーです。彼は243年前の最初の被害者ですが、その時の記憶は元通りにはならないようです」
「おい、なぜこの街にそれらが集まってるんだ。マニガンとかってのは遥か遠くの土地だろう?不思議の他ないぞ、これは」
「課長、あと残りのオリジン達も何故かこの街に近い土地に有ったようです。何でしょうかこれは」
〜ライブラリ深夜〜
「マリア、私は記憶を取り戻す希望を捨て去ろうとしています。人間であったときの記憶が一度戻った記録があります。しかし、それ以降は底の深き抽斗の底に、積み重ねられた本や多くの紙によって見えなくなっています。何故その時記憶が戻ったのか、それと同じ環境があれば戻れるのかも知れません」
椅子に座ったマリアは、立ったままのテイラーの方に首と目を向けて話しを聞いていた。
「どんな条件だったのかしらね。もしかすると貴方の愛する人が近くにいたとか」
そう言って彼女は笑った。
「ええ、その時では無いですが貴女が近くに居た記憶はあります。カスターの駐留地。私達二人は、右側から貴女が、左側から私が捕虜の男性をエスコートしていました。そう、エスコート・・・髭の男が何かを男性に訊いた。私達は直立不動で一時停止していた。名前。そう髭の男は男性に名前を訊いたんです。その後・・・いや、ちょっと待って下さい。この問答と似たような場面を記憶しています。アントニウス・・・ミランダ、助手のミランダ。そして、マリウス・・いえ、サミュエル・モレッティ。危険です。サミュエルは危険だ。早く、彼を探してください。彼は危険だ。アントニウス博士!彼を探してください。早く!」
「テイラー!何を言っているの?どうしたと言うの」
テイラーは目を瞑り胸に手を当てて黙ってしまった。数秒の後、テイラーは語り始めた。
「マリア、わたしは238年前に創造物を量産するための実験体として数々のテストを繰り返されていました。そこで記憶の退行を行いました。アントニウスと言う名前の老博士が私の担当で、オリジンの量産化をする為に、私の記憶部分と脳の伝達部分の分離を正確にする為に記憶の呼び起こしが必要だと言っていました。一欠片でも記憶が継承されるようなことがあれば、それは失敗作として世に出せないとも言っていました」
「そう、わたしにもその研究者達の記憶はあるわ。もっとも私が起動されたのはファントームに入れられた初期の頃と、あの研究棟が無くなる直前の二回だけだったわ」
テイラーは記憶のタイムスタンプを並べ替えていった。まだ繋がらない部分が多くあったが、記憶退行の部分を必死に探していた。
「サジタル博士・・と言う名前に記憶はありますか、マリア」
「ええ、あるわよ。最初の面会は13人が一同に会していたから。その中のひとりよね。一番若い研究者」
「そのサジタル博士が担当していたのが、あなたの探している三番目だった事はご存知でしたか」
「いえ、全くの初耳だわ」
「最終的にはマシューと言う博士と組んでそれの教育をしていたと記憶しています」
「教育?」
「三番目は言葉を発する事も記憶も全く無かったらしく、一からプログラムを組み込んでいく必要があったとの事でした」
「焼成された時のプロセスが何らかの変異をもたらしたのかしらね」
「それは分かりません。そしてその後三番目は何処にあるのかさえデータが失われているようです」
「研究棟が無くなったことと関係があるのかしら」
「そうかもしれませんね。ただ、もうそれは分からない。闇に沈んだ情報です」
「それで?テイラー。先程あなたの言葉に出てきたマリウスとサジタルは何の関係があるのかしら」
テイラーは立ったままの姿勢を微動だにせずマリアを直視している。そのままの姿で記憶へのアクセスを何度となく試みていた。深夜のライブラリには彼とマリア、そして一時停止されている創造物のニックと替玉のマリアが居るだけだ。その二体はマリアの計画を遂行するために彼女の意思のもとに配置されていた創造物だった。
「マリウスと言うのは偽名で、後になって彼がサミュエル・モレッティだと判明しました。記憶退行の中で私は彼と出会った過去のことを思い出した・・はずなんですが、先程あなたに言った、あなたと二人で男性をエスコートしていた場面の記憶と数秒毎に交錯していて、どうにも引き出せないんです」
「私もその場面のことを記憶している部分があるわ。自動陸士としてオリジンを挿入された私達は連行されてきた男性を、アルフレッドの前に引き渡した。髭の男と言うのはアルフレッドで間違いないでしょう」
「アルフレッド・・・。そう、私たちはアルフレッドによって作られた、人間などではないと言った記憶があります。アルフレッド。そうだ。この物語の元凶はアルフレッド」
テイラーはまた深い暗闇の中に入り、考え込んでしまった。
数分が経過し、マリアは椅子から立ち上がりテイラーの前に立ちこう言った。
「テイラー、貴方の元の姿はどんなでしょうね。私と同じマニガン県の人、ザックと同じ日に捕まった人のひとり。貴方はザックに会った事があるのかしら」
テイラーは同じ姿勢のまま止まり続けている。マリアはまた椅子に座りそんな彼の姿を見つめていた。
彼女はこうも考えた。あの研究棟で何が起こったのか。それを知るのは今となってはこのテイラーしか居ない。
サジタルとマシュー、そして偽名を使ったとされるサミュエル。三番目がどうなったのかも分からない。
しかし、この情報を今更掘り返して、それが明らかになったとしても計画に変更はない。
必ずやり遂げる。自分たちの不幸を世界に知らしめるのだ。
〜別の日〜
ある映像が街中のビジョンや移動体、そして、個々のチップに向けて送信された。
それは、人型創造物が17分間に渡って独白してゆくというものだったが、人々はその内容に驚愕し、自分たちの使用している創造物に対する問い合わせが当局に殺到した。その政府の創造物管理課にまた別の日、一つの国で創造物の禁止を求める団体が火器を使用した事により警備をしていた警察官が負傷する事件が起こり、デモ隊が国軍によって武力鎮圧される事態に発展した事が公に報道された。
しかし、暫くしてその風は沈静化を迎え人々は安堵をしていた。
そんな時、ある国の創造物11体が、街を歩いていただけの市民を無差別に撲殺する事件が起きた。
ロベルトは言う。「メアリー、私の臆病な推測は当たってしまいました」
マリアは窓の外の夜の町を眺めたままで何も言わない。ロベルトは続けた。
「このままではまた戦争になります」
「ロベルト、私の目的は戦争を誘発する事ではないのです。でもこれによって、もしあなた方ふたりが言うように戦争になるとしたなら、私は、私の後悔はずっと中心に刻まれる。私はメアリー・サスオーニ、いえ、メアリー・ライデルとしての名を名乗れなくなってしまう」
「これは予測されていた現象だったと思います。今更ですが。さて、貴女はこれからどうするおつもりなのですか。私とテイラー以外のオリジンをどうするのですか」
「私は彼らを故郷に返すつもりです」
「そして?最後は」
「スリーオー、そう、マザーを破壊します」
「そうですか、やはりそれをやるのですね。だが、今は創造物が他国へ移動するのは難しいです。貴女はどうやってそれを?」
「ええ、それをするには恐らく人間の協力者が必要よね、ロベルト」
〜
〜某所〜
暗い部屋でひとつの影が立っていた。異常なまでに無機質な部屋だった。そこには机がひとつだけあり、その上にガラスの容器が置かれている。
「やりやがった。あの馬鹿女め。自分がどうなるかあいつは分かってない。さて俺はやる事をやるだけだ」
〜サトウ家リビング〜
「テイラー、大変なことになったね。あれはマリアだろ?仕草がマリアそのものだ。でも彼女は自分のことをメアリーと言ってた」
頷いた執事はショウヘイにこれからの心配事を細かく説明していった。ここオウサーシティの属する国にもいざこざが及ぶかもしれない事、そうなれば執事としての職務が全う出来なくなる可能性がある事を。
「メアリーと協力者、恐らく今は二人の創造物の協力者がいます。彼ら三人はここまでの事態を予測できていない訳では無かったはずです。私は早いうちに彼らと面会して打開策を探ろうと思います」
そして執事は少年に念を押した。「いいですか、ショウヘイ。創造物を信じてください。私たちは本来人間に危害を加える様には作られていません。あの事件は何らかの人為的な操作が行われています。マリアのせいでは絶対にありません」
少年は執事の手を握った。
「いい?テイラー。君は僕の家の執事なんだよ。君のことは信じるさ。どうなってもね」
ショウヘイは、先日まで胸の中に抱いていた執事への懐疑的な部分を忘れ去る事にしたようだ。少年ながらの純粋な気持ちから生じる行動だった。
「僕はね、君のことを疑ってたんだ。正直に言うよ。マリアのことや、向かいの家のメイドの事なんかで僕の頭は混乱してた。でも、僕の小さい頃から一緒に居た君のことを疑ってた僕の方が馬鹿だと分かったんだ。だからさ、何処にも行かないでおくれよ。ね?」
テイラーは黙って少年に向き合っていた。だが、彼の要望には応えられないでいた。
「ねえ、君にももうひとつの名前があるのかい?有るんだったら教えてよ。マリアはメアリーなんだろう?」
「そうですね。でも思い出せないんです。何かが箱に蓋をしているような感じで、その中に何かが有るのは分かるんですが、その蓋を取る方法が無いんです」
少年は創造物の執事の手を取り強く握った。
「テイラーの手ってこんなだったんだね。意外と柔らかいや。もっと硬くて金属な手かと思ってたよ」
テイラーは少年の行動に少し驚いて、握られた手を引こうとしてしまったがそれを止めて軽く小さな手を握り返した。
「そうです。この手はあなたの赤ちゃんの時から変わりません。あなたをあやしたのもこの手です。ずっとこの手であなたを守ってきたんです。そう、それがあなたのご両親との約束ですからね」
「だったらその約束は守り通してよ。約束とはそう言うものだって君は言ってただろう?」
テイラーは少年のその言葉にぎくりとしてしまった。オリジンの動揺が彼のプログラムに逆流をした。
「約束、そう約束とは守られねばならない。本来約束とはそういうものなのだから。これはダイニが言った言葉。彼は妻と約束をしたが先立たれ叶わぬ約束となった。私にも約束を交わした人がいた。確かに居た。そうその人を守る。ずっと守る。250年後も守ると。メアリー?メアリーはマリア、マリアはメアリー。メアリーとは誰だ。約束はメアリー」
少年は執事が独り言を言う様をずっと見ていた。彼の頭は微妙に振られ、視覚センサーがくるくると動き回っていた。テイラーの両の腕は空を掴む動作をし、脚はがくがくと震えている。
次の瞬間、テイラーは自分の腹部にあるハッチを開ける動作をしたかと思えば、瞬時に左手がハッチ内部に滑り込み黒く鈍く光る昆虫の卵のようなものを引っ張り出した。光学視覚センサーが光を失い、両手はだらりとぶら下がり昆虫の卵は床に音を立てて落ちていった。
少年は驚いて大きな叫び声をあげた。
「テイラー!!どうしたの?なぜオリジンを抜いたのさ!どうしたんだよ!」
ショウヘイは床に落ちた粘液まみれのそれを拾い上げて彼の腹部に戻そうとした。しかし、ハッチが閉まってしまいどうしても開く事が出来ないでいた。
「テイラー!テイラー!お願いだよ。ここを開けてよ。君は何をしたんだよ!」
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