復刻版4「こころのダイアローグ!」~林音生 ラジオ対談~
林音生(はやしねお)
【1】 運命の出逢いは突然に
ある⽇曜⽇の昼間。私、北川美⾹、24歳は、ひとりでとある繁華街を歩いている。ちょっとショッピングでもしようかなと思って、遠出してきたのである。ぶらぶらしてみたが、よく考えたら、給料⽇は明後⽇だ。
「あ~あ、今⽉もキツイわぁ 。」
ため息をもらしながら、私は財布の中を眺める。千円札が数枚しかない。
「年⾦も先⽉の給料も、思ったより早く使っちゃったなぁ 。まぁ、今⽉は、従妹(いとこ)の結婚式のお祝儀(しゅうぎ)で、⼤⾦が⾶んでいっちゃったから無理もないかぁ 。」
今、私は「年⾦」と言ったが、こんなに若い働き盛りのはずの私が、なぜ年⾦を受給しているのか? 実は、私は幼い時に交通事故に遭(あ)って 、そのショックで精神に障がいを負ってしまい、普通の⽣活がやや困難なのである。そこで、「障害年⾦」というのを申請し、毎⽉、そんなに⾼額ではないものの、⼀定のお⾦の⽀給を、受けているのである。私はフルタイムで働いているわけではなく、症状の悪化を防ぐために、現時点では、週3⽇の労働にさせていただいているので、年⾦の助けが、ぜひとも必要なのだ。
私の病気について、少し説明しておこう。私の病気は「双極性障害」という精神病で、別名「躁うつ病」と呼ばれている。気分の激しい波を伴う病気で、気分の異常に⾼い「躁状態」と異常に低い「うつ状態」を繰り返す。
また、双極性障害には、Ⅰ型とⅡ型がある。Ⅰ型は躁とうつが同じくらいの激しさで現れるもので、Ⅱ型は躁が緩めでうつのほうが激しく現れるものだ。私は、ハイテンションの⽅はそんなにひどくないので、おそらくⅡ型だと思われる。
空っぽに近い財布を、⾒て⾒ぬふりをするかのように閉じた私は、気分転換にウィンドウショッピングだけして、帰ることにした。
「よ~し、何か⼀つ、絶対に買いたいもの⾒つけておいて、明後⽇、給料が入ったら買うわよ!」
そう決めて、目の前のブティックに⼊ろうとした⽮先……。
ドカッ !!
私は何かにぶつかってしまった。ふと目の前を⾒ると、ハットをかぶった40代くらいのおじさんが倒れている!
「す、すみません! ⼤丈夫ですか!?」
慌てて私は、おじさんを抱き起こそうとするが、彼は⼿を払って、
「⼤丈夫、⼤丈夫。僕の⽅こそ、歩きスマホをしていましたので。すみませんでした!」
「歩きスマホ……て、スマホも⼤丈夫ですか?」
「はい。全く無傷っぽいですね。」
ほっ 。よかった。胸をなでおろした私は、おじさんの顔をよく⾒てみると……。
「あれっ! あなた、確か、作家の林⾳⽣(ねお)先⽣ではありませんか?!」
「そうですよ。よくご存じで。」
「はい! 私、先⽣のデビュー作を読んで、号泣したんです! だから、先⽣のことは、いっぱいネットで、調べさせていただきました!」
そう、このおじさんは、最近、有名になられた作家さん。調べた情報によると、この⼈も確か私と同じ、双極性障害を患っておられたはず。
「そうですかぁ。存じていただけて光栄です。
「あの、失礼ですが、先⽣って、確か双極性障害を患っておられますよね?」
「そうですよ。よくご存じで。」
「実は、私も同じなんです!」
「ほう、それは奇遇ですねぇ!」
そして、2⼈はしばらく、双極性障害の話題で盛り上がった。だが、初対⾯にも関わらず、あまりにも会話が弾み、私たちの会話は、なかなか終わりそうになかった。すると……。
「⽴ち話もなんですし、もしお時間、⼤丈夫でしたら、近くに僕のお気に⼊りのカフェがありますので、中でゆっくりお話ししませんか?」
と、林先⽣。
「はい! ぜひ!」
私は⼤はしゃぎして、快く承諾(しょうだく)した。
林先⽣のお気に⼊りのカフェ「エスペランサ(Esperanza)」は、さっきまでいた場所から、数分も歩かない距離にあった。外観は、ヨーロッパの街並みにありそうな、古風な雰囲気の漂(ただよ)うカフェだ。
店内に入ってみると、なかなかの賑(にぎ)わいを⾒せている。BGMはフランス風の、アコーデオン⾳楽が奏でられていた。へぇ、こんなお洒落な店がこの街に。
「まだ、お名前をおうかがいしていませんでしたね。」
「あ、はい、北川美⾹と申します。ラジオパーソナリティをやっています。よろしくお願いします!」
「こちらこそ。」
空いている席がないか、⾒まわしてみると、テーブル席は満席のようだ。店員たちがせかせかと動き回って、給仕に追われている。
「仕⽅がありませんね。カウンターに座りましょうか。」
と林先⽣。
「そうですね。そうしましょう。」
カウンター席は、目の前に、サイフォンやフレンチプレスがしつらえてあり、また、カウンター内の様⼦がよく⾒える。まるでイタリアのバールのようだ。物珍し気に、あちこち⾒まわしていた私に、林先⽣が、不意に話しかけてこられた。
「この店は、ある⼈たちが希望を持てるようにと、マスターがお開きになった場所なんですよ。《エスペランサ》とは、スペイン語で《希望》という意味です。」
「なるほど。でもある⼈たちって、どういう⼈たちなんですか?」
問われて林先⽣は、しばらく黙っておられた。何やら、理由(わけ)ありな感じを漂わせになったが、すぐに、
「障がいを持った⼈たちですよ。障がいを持った⼈たち、特に精神障がいの⼈たちは、社会で⾏き場を失って、困っている⼈が多いのです。そういう⼈たちのための《憩いの場・サロン》的な存在として、お開きなったのが、はじめらしいです。」
さらに、先⽣は、
「ここにちょこちょこ通っていた僕は、おかげで、実にたくさんの⼈たちと、知り合うことができました。僕のアシスタントたちのうち何⼈かも、もとは、ここでできた友達だったんですよ。」
「そうなんですね! ということは、デビュー作の執筆も、主にここで?」
「いえ、着想に関しては、ここでリラックスしているときに、浮かぶことが多かったのですが、実際の執筆は、ほとんど⾃宅自室のパソコンに向かってやっていました。パソコンを外に持ち歩くのは、僕はちょっと抵抗がありますので。」
「なるほど。」
その後も、私たちは会話を続けた。そしてここで、私のラジオパーソナリティとしての⾎が騒ぎ、私は林先⽣から、どんどん話を訊きだした。
あれから、もう何時間が経っただろうか。話はいつまで経っても尽きない。このままでは、⽇が暮れてしまいそうである。そこで、私は先⽣に、次のような提案をしたのである。
「林先⽣、よろしければ私の番組に、ご出演なさいませんか? まだまだお話がお聞きしたいですし、これも何かのご縁だと思いますので。」
「いいのですか? 僕のような者で? それに、僕は障がい者ですので、⼀般のリスナーさんを、満⾜させて差しあげることができるかどうかは、わかりませんよ。」
「⼤丈夫です。私の番組は、《こころ》のことを扱う番組ですので、先⽣のような方は、ゲストとしてピッタリなんです。ぜひお願いできませんか?」
「う~ん、わかりました。お引き受けしましょう!」
「ありがとうございます!」
こうして、林先⽣には、私の番組「こころのダイアローグ」に、ゲスト出演していただくことになった。林先⽣に、収録の⽇時と待ち合わせ場所をお伝えして、私たちはカフェトークをお開きにした。
「やったぁ! あこがれの林先⽣が、出演してくださるなんて! さあ、いったい何をお訊きしようかしら。」
おそらく、そんなことは考えるまでもなく、当⽇は⼤いに盛り上がることだろう。ただ、⼀応、「こころ」に関する番組なので、そこから逸れるようなことは、原則として、話題にはできない。でも、⼀つぐらい、私の個⼈的な悩み相談とか、してもいいかもね。
さて、林先⽣と衝撃の出会いをしてから、1週間が経ち、いよいよ、収録本番当⽇を迎えた。林先⽣とは、うちの局があるビルの、1階のロビーで待ち合わせだ。林先⽣はハットをかぶっておられるから、すぐにわかるはずだ……と思ったら……。
「やあ、北川さん。しばらくぶりです。今⽇はよろしくお願いします!」
えっ?!
林先⽣はすでに、目の前に現れておられた。ハットはかぶっておられず、代わりに、グリーンのワークキャップをかぶっておられたので、わからなかったのだ。
「林先⽣! 今⽇はキャップなんですね。全然わかりませんでした。先⽣は、帽⼦でお洒落をされるんですね!」
「いやいや、お洒落なんていうものからは程遠いですよ。」
「またまたぁ。ともかく、よろしくお願いします!」
私たちはエレベーターで、局のある5階へと上がっていく。途中、私は緊張で、⼼臓が⾶び出しそうなくらい、⿎動(こどう)が激しくなったが、あっという間に5階に到着。林先⽣には、楽屋でしばらく待機していただくことにした。
そして、その間に、私とほかのスタッフは、番組進⾏の最終チェックを⾏う。よし、特に問題はなさそうだ。あとは、林先⽣と思いっきりトークを楽しむだけだ。準備が整った私は、先⽣を楽屋へお迎えに⾏った。
「先⽣、お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
私たちはブース内に⼊り、それぞれ席に着く。マイク等の微調整を⾏ったあと、本番前のリラックスのために、軽く会話を交わした。
「先⽣、いよいよですね! 私、この時を、どれだけ楽しみにしていましたか。」
「僕も、⼈⽣初のラジオ出演ですので、楽しみにしていましたよ。本番でもこんな感じで話せるといいですね。」
「そうですね。カフェでの感じでいきましょう!」
そこに、スタッフの声が響く。
「本番10秒前!………3、2、1。」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「林先⽣、お疲れ様でした!」
「お疲れさまでした、北川さん!」
収録を終えた私たちは、打ち上げに⾏こう! ということになった。だが、収録後の今はまだ、⼣⽅になったばかりだった。だから、飲み屋というわけにはいかない。
「では、この前のあのカフェ《エスペランサ》に⾏きましょうか。」
と林先⽣。
「いいですね! そうしましょう。」
2⼈は、カフェ「エスペランサ」に向かうため、電⾞に乗った。最寄り駅に到着した私たちは、そのままカフェに向かい、歩を進めた。⻄⽇が、いい感じで差し込んでいて、この繁華街もきれいに映(は)えている。
「いやあ、この街は実に美しいですねぇ。北川さんはよくここには来られるんですか?」
「いえ、この前は、たまたま買い物をしに、遠出して来ていただけでして。来たのは初めてだったんですよ。」
「そうですか。僕は昔から、ここには何度も訪れているんです。⽥舎の⾃然も悪くないですが、僕はこういう都会の美しさの⽅が好きでしてね。」
「なるほど。」
たしかに、この街は⼈⼯的ではあるが、美を感じさせられる。特に、この⼣⽅の映え具合は、何とも⾔えない。たまには、こういう⼣⽅の散歩も悪くないものだ。
しかし、⼣映えを楽しんでいたのもつかの間、私たちは、あっという間にカフェ「エスペランサ」に到着し、中に⼊った。中に⼊ると、今⽇は⽐較的すいていて、テーブル席も空いていた。そのうちの1つに私たちは座る。林先⽣はアイスコーヒー、私はホットカフェラテを注⽂する。まもなく、店員が飲み物を持ってくる。
「林先⽣。お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした! 乾杯!」
「乾杯!」
仕事の後のラテは最⾼だ。私はお酒は、そんなに飲まないほうなので、かえってカフェでよかったなと思う。普段は私は、マイボトルにラテを詰めてきて、飲んでいるのだが、さすがにこういうお店のラテは、⼀味違うわね。ラテのうまみの余韻(よいん)に浸って、ぼーっとしている私に、林先⽣が、不意にお問いかけになる。
「どうでしたか、僕の応対は? ご満⾜いただけましたか?」
「はい! もう⼤満⾜です。リスナーのみなさんも、きっと⼤満⾜でしょう。そして、なんと言っても、最後に、私の個⼈的な悩みに、お答えいただけたのが最⾼でした!」
そう、私は、ずっと友達ができずに、困っていた。障がい者であるから、⼀般の⼈、例えば、職場の⼈とは⼀種の壁ができていて、お友達になることは、非常に難しいのが現状だ。だから、友達作りは、もうあきらめかけていたのだが、今⽇の林先⽣の⾔葉で、ちょっと勇気が出た。
「実は、私の家の近くに《地域⽣活⽀援センター》というのがありまして、そこでは障がい者同⼠が集まって語り合える《憩(いこ)いの場》があるって、聞いたことがあるんです。まずはそこに、顔を出してみようと思います。あとは、先⽣に教えていただいたこのカフェも、活⽤していきたいですね!」
「お、さっそく実⾏ですね! 感⼼です!」
そして、私たちは、そこから話をふくらませて、会話がどんどん弾んでいった。またまた話が尽きそうにない。これは、林先⽣にはもう⼀度、番組にご出演いただかなければ、いけないかもしれない。そして、そのうち、林先⽣は、レギュラーゲストになって、いつの間にか、2⼈の番組になってしまうのかもね。そんなことを思い浮かべながら、私はまた、ラテの後味に酔っていた。
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