9-1 休日その2、キャップ


 合宿の終わった翌日。今日もとてもいい天気だった。

 そんな日に家にいるのはもったいないからな。という名目で自転車にまたがった。

 日差しは暑い。

 建物のある街中は影になる部分もあったが、開けたこの辺りはとても日当たりがいい。

 水分補給は頻繁にすることになりそうだが、今日は大きめの水筒に麦茶を入れて持ってきたからなくなる心配はないだろう。


「あ、お~い!」


 そんなこんなで目的地に着いた。

 合宿の翌日だというのにわざわざ自転車を走らせて来たのはいつぞやの広場だ。

 自転車から降りて、俺の名前を呼んだわけではないだろう声の方を見ると、加賀美先輩が手を振っていた。

 昨日までも一緒にいたが、なぜか少し緊張する。

 私服のせいだろうか。


「すみませんお待たせしました」

「全然待ってないよ。来てくれてありがとね」


 首を振る先輩の後ろで結ばれた髪が揺れる。


「いえ、呼んでくれてありがとうございます」


 昨夜のことだ。

 風呂上がりにスマホを見ると先輩からメッセージがあり、もし暇なら明日例の広場に来ないかという誘いだった。

 悠君も会いたがっていると言われ、子供にそんなことを言われちゃしょうがないと、一切の下心なしに立ち上がったわけだ。

 本当だ。一切ない。

 ……いややっぱりある。多少は。ほんの7割くらい。


 そんなわけで今日も太陽の下に出てきたわけだ。


「疲れは残ってない?」

「はい。しっかり休みましたので。先輩も元気そうですね」

「もちろん。後輩にかっこ悪い姿は見せられないからね」

「かっこいいですね」

「でしょ?」


 キャップのツバを手で上げ、ふふんと誇ったようにこっちを見る先輩。

 得意げなその顔はいつも通りで、元気なのがよく伝わった。

 今日は部活のものではなく、依然被っていたのと同じキャップを被っている。

 と、いうは前回と共通だが、少しいつもと違う気がする……。


「……」


 じっと先輩を見る。


「……?」


 先輩は得意げなポーズのまま首をかしげる。

 なんというか、可愛い。

 いやその、可愛いのはいつも通りなのだが、いつもよりというか。


「……ああ」


 よく見たら納得した。

 デニムのキャップに横縞のシャツ。おまけに下はすねの辺りまで丈のあるスカート。

 前にここで見た服装よりもよりカジュアルというか、運動用の服装ではない余所行きの服になっている。


「何への『ああ』?」

「え、ああすみません。今日は服がスポーティーじゃないんだなと」

「ん? あ~まあ……今日は、ね」


 そう言ってキャップに添えていた手でツバを引き下げ顔を隠す先輩。


「どうかしました?」

「……」


 問いかけると、先輩は手とキャップの隙間から一瞬俺を見て顔を背けた。

 ……なにか変なことを言ったか、この後になにか言えないような用事があるのだろうか。


「あおいくん!」


 と考えていたら後ろから小さな影が現れた。

 先輩の弟の悠君だ。


「こんにちは。久しぶり。元気?」

「うん!」


 暑さにも負けない元気な少年の姿を見ると、昔の自分も思い出す。


☆☆☆


「葵! キャッチボールしよう!」

「や~だよあっちい。練習休みなんだからたまには中で遊ぼうぜ。最強のピッチャー作ったんだよ」

「え~、外行こうぜ外」

「里久何時間でもやろうとするから後でならな。帰る時間のギリギリになったら」


☆☆☆


 全然違ったわ。

 練習ない日は普通にゲームしてるタイプだったわ俺。ごめんな悠君。俺なんかと一緒にして。


「ギリギリおれたちのかち」

「遅くなってごめんね」


 少しかがんで、頭を下げる。


「だいじょうぶだよ。おれたちもついさっききたから」

「そうなんだ」


 顔を上げると、悠君が加賀美先輩を指さして言った。


「うん。おねーちゃんがおそくて」

「あ、こら悠」


 先輩が慌てて俺と悠君の間に入る。

 悠君はそれをひらりと躱して距離を取った。


「へやいったらふくだらけでさ、きるのもかたづけるのもおそかった」

「だ、黙れ~!」


 先輩は少し声を荒げて悠君を捕まえようとするが、悠君はきゃっきゃと走り回ってその手から逃げる。

 先輩、とても元気そうだ。

 スカートで走りにくそうだが。


「悠君、女の人は準備に時間かかるもんだからさ」


 走り回る悠君に声をかける。

 今立ち位置は俺の正面に悠君、(おそらく)背後に先輩がいて、俺を挟んでにらみ合いの状態だ。


「でもいつもじかんかかんないのに」

「悠!」


 先輩が俺の右から出てきて悠君が左を抜ける。

 俺の正面に先輩、(おそらく)背後に悠君。またにらみ合いだ。


「はなうたうたってたし」

「それ以上言うなぁ!」


 また追いかけて入れ替わる。


「そのあとふつうにうたってたし」

「やめろー!」


 先輩がまた叫んで、悠君も一緒に俺の周りをぐるぐると走る。

 カートゥーンアニメを見てる気分だ。もしくは某特撮。

 というか先輩、よくスカートなのにあんな動けるな。


「あ」


 と、思った矢先、先輩がスカートに引っかかって躓いた。


「わ――」


 そして俺の方へ倒れるようにバランスを崩した。


「先輩!」


 咄嗟に手をだし、先輩の上体を支えようと――するとよくないところを触りそうだったので、肩と手に添えるように手を伸ばす。


 手は間に合ったものの思考の分だけ反応が遅れ、先輩は顔から俺の胸あたりに突っ込んでくる。


 ……これは……このままだと先輩が俺に抱きついたような構図になる。

 これは最大のラッキーチャンスか……!


 先輩ごめんなさい。俺は下心に正直なバカな男です。

 心の中で謝罪を繰り返し、俺は先輩を受け止める態勢に――


「うぶっ」

「ぐふぅ!」


 先輩の頭が目の前に来て、揺れた髪からシャンプーの香りがした。

 ……したはしたのだが。


 同時に先輩の被っていたキャップのツバが俺の胸に突き立てられた。

 衝撃と痛み、ほんの少しの幸福感。


 ああ、下心の天罰か。

 そう思った。

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