7-5 合宿二日目、思い出してうずくまって


「昨日もやってたんなら呼べよなー」

「ごめん。個人的なことだったから」

「歩も言えよ」

「藤也の練習だからな。俺が誘うようなことじゃない」

「そうだけどさ……うん? 葵?」

「え? あ本当だ。あっちは屋内運動場だよね?」

「そういえばカラー野球してるんだったな。伊達も参加していたのか」

「……葵?」


「え――」



 廊下を歩いていると、野田先輩と小山先輩、そして直哉さんが玄関の方から歩いてきていた。


「ああ、お疲れ様です。練習終わったんですね」

「うん、明日で最後だし、あんまり遅くなるのも二人に悪かったから」

「気にしなくていいとは言ったんだがな。伊達はどうしたんだ?」

「お――れは」


 言葉に詰まる。

 できれば何も言わずに、そのまま立ち去りたかった。


「大丈夫か?顔色悪いぞ」


 直哉さんが俺の顔を覗き込んで言った。

 それに思わず、顔を背ける。


「ちょ、っと気分が悪くなっただけです。みんなに気を使わせても悪いと思って出てきただけですよ。すみません、ちょっと休んできます」


 思いついた言い訳を並べ、その場を後にする。

 今は、会話なんてしたくなかった。



「……大丈夫かな」

「怪我、というわけじゃなさそうだったが」

「……」


「およ、お三方どうしたの?」


☆☆☆


「はぁ………………」


 長めに、息を吐きだした。

 今は、昨日先輩と話したベンチに腰かけて下を向いている。

 ここに来たのは外に出たかったからと、昨日のことを思い出せば少し楽になるんじゃないかと思ったからだ。


 ……甘かった。

 考えも、行動も。

 だが逆に、さっきでよかったかもしれない。

 もし、もっと調子に乗っていたら――


「……っ」


 目を閉じたら、またあの日のことを思い出した。


 もうどこも痛くないのに。

 もう逃げないはずだったのに。

 もう前に進めるはずだったのに。


 さっき思い出した恐怖が、消えなかった。



◆ ◆ ◆



 投げたボールは打ち返された。

 そのボールは、真っすぐに飛んだ。


「葵!」


 俺の方に、飛んできた。

 軽いボールだから、スピードはそれなりだった。

 だから、手が間に合いはした。


 パンッ


 顔めがけて飛んできた打球は、咄嗟に出した右手ではじいた。


「伊達、ファースト間に合う……伊達?」


 宇崎先輩の声が聞こえた気がしたが、よく聞こえなかった。

 聞く余裕がなかった、という方が正しいか。


 俺はその場で少し固まった。

 足が、動かなかったから。



『――葵!』

『――大丈夫か!?』

『――おい!』



 脳裏に浮かぶ、あの日の記憶。


「はぁ……はぁ……」


 自分の息が荒くなるのがわかる。


「葵!」


 声がして、背中に手が置かれる感触があった。

 横を見ると里久がいた。


「大丈夫か、葵」

「あ、ああ」


 里久に支えられて立ち上がる。


「プレイは?」

「そんなのいいから。……思い出したんだな」

「……」

「伊達!」


 里久と小声で話していると、宇崎先輩も駆け寄ってきた。


「大丈夫か?顔に当たったのか?」

「いやその」


 里久が答えてくれようとしたが、手でそれを制す。


「すみません。手ではじいたんですけど、驚いたのと急に動いたせいで、胃の中の晩飯が上がってきただけです。すみません、ちょっと気持ち悪いんで交代お願いしてもいいですか?」


 こんな時だというのに、我ながらよくスラスラと誤魔化しの言葉が出たと思う。


「あ、ああ。大丈夫ならいいんだが……」

「すみません、ゲームの邪魔して。治まっても安静にしようと思うので、俺はこれで」


 きっと今日は、もう戻れないだろう。

 いても気を遣わせるだけだろうし、早めにいなくなった方が、空気をこれ以上壊すことはないはずだ。


「気にするな。明日もあるからな、ゆっくり休んでくれ」

「宇崎先輩、俺一応ついていきます」

「いいって。ガキじゃないんだから」

「うるせえ。言うこと聞け」


 そう言った里久に、半ば強引に連れられ、俺は室内練習場を後にした。


☆☆☆


「もういいよ。ここで」


 廊下を出たところで里久に言う。

 里久はわかったと言い、手を離した。


「……当たってはないんだよな?」

「ああ、手で庇ったからな」


 そういって右手を挙げたときに、ボールの当たった場所が少ししびれていることに気が付いた。


「……戻っていいよ。ありがとう、気にしてくれて」

「でも――」

「ちょっと、一人にさせてくれ」


 うつむいてそう言うと、里久はそれ以上何も言わなかった。


「……わかったよ。なんかあれば言えよ」

「ああ、悪い」


 今の顔は誰にも見せたくなかった。

 だから、一人になりたくて、外に向かった。



◆ ◆ ◆



 ベンチの上に、うずくまっていた。

 今日も昼間は暑かった。

 でも今の俺は冷や汗が出ていた。


 何年も前の話。

 もうずっと昔に感じる夏の話。


 知っている人はいても、自分から話すことはなかった話。


 でも今は、誰かに聞いてほしい気もした。


 誰かに、吐き出したかった。



 空が陰った気がした。

 空を意識したら、昨日見た月が見たくなった。

 だから、俺は顔をあげた。


 でも今日の月は見えなかった。


「おまたせ」


 その代わりに、昨日見た月を、隣で一緒に見上げていた人がいた。


「――加賀美、先輩」

「今日は……待ってなかったかな?」

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