6-8 合宿一日目、夜の約束


「ん? 伊達、もう皿洗いは終わったのか?」


 キッチンを出て玄関に向かうと小山先輩が部屋から出ていくところに会った。


「ああ、いえ、終わってはないです。でもかき……宇崎先輩があとはやってくれるみたいなので、外の手伝いに行く途中です」


 ……今言いかけて思ったが、もしかして俺さっきかき揚げ先輩って本人に対して言った?


「そうか。面倒見いいからな宇崎は」

「はい。皆さんよそ者の俺にも仲良くしてくれるのでありがたいです」

「たとえ合宿の間だけだとしても、伊達はちゃんと同じ部活の仲間だ。あんまり卑下する必要はないぞ」

「……ありがとうございます」

「入部届も出してあるなら書類上も気にすることはないし、もっと胸を張れ。カレーもとても美味かった」

「ありがとうございます。カレー、好評みたいでよかったです」


 小山先輩は優しく言った。

 こういうところがキャプテンに選ばれた所以なのだろう。


「ところで先輩、風呂は?」


 片づけをしない組は先に風呂に向かうことになっていた。

 スマホで時間を確認するが、風呂に浸かっていたにしては短い時間な気もする。


「既に終えたぞ。あんまり長湯はしない人間なんだ」

「そうなんですか。……ところでそれは?」


 小山先輩は確かによく見たら湯上りっぽい感じがした。

 ではなぜぱっと見でそう思えなかったのかといえば、グローブとバットを担いでいたからだ。


「ああ、これか。少しな。練習というほどでもないが、軽く運動だ」


 確かに先輩が向かおうとしていた方向には屋内練習場がある。

 こんな時間からも運動とはストイックだな。


「風呂上りによくやりますね。また入るから早めに上がったとか?」

「いや、さっきも言ったが長湯はしないタイプなだけだ。それに、汗をかくほどやるわけでもないしな。――俺は」

「そうなんですね」


 ――俺は?

 小山先輩がそう小さくつぶやいた気がした。


「それよりいいのか? 玄関に行かなくて」


 どういうことですかと聞こうとしたら、先にそう言われて自分の目的を思い出した。


「そうでした。すみませんこれで」

「ああ、頼む。もし人手が足りないようなら呼んでくれ」

「ありがとうございます。大丈夫だと思いますけど、その場合はお願いします」


 軽く頭を下げてから、俺は再び玄関に向かった。



「おまたせ。伊達君となにか話してたのか?」

「まあそんなところだ。……藤也から見て伊達はどうだ?」

「伊達君? いやびっくりしたよ。あんなにカレーをおいしく作るなんてね」

「そういうことではないが……というか四人で作ったんじゃないのか?」

「そりゃ僕たちも米炊いたり野菜切ったりはしたけど、味に関わる部分は全部彼がやってくれたからね。脱帽だよ」

「そうだったのか」

「ああ、あとね――」

「うん?」

「ライバル、かも?」


☆☆☆


 あの後滞りなく片づけがすべて終わった。

 風呂先発組は全員入り終わったので、現在は後発組の番だ。

 既に俺以外は風呂に入っていることだろう。


 俺は学校より広くはない廊下を歩いている。

 電機はついているが、山間部で回りが静かなのもあってか、少し不気味な感じもある。


「およ。伊達君」


 不意に女子部屋の戸が開き、加賀美先輩が出てきた。

 急な遭遇で少し驚く。


「こ……こんばんは」


 料理中はそっちに集中していたので気にならなかったが、今は周りに他の人もいないのもあって変に緊張する。


「どうしたのこんなところで。練習場行ってきたの?」

「……まあ、そんな感じです。散歩というか」

「そうなんだ。もう散歩は終わりなのかな?」

「そのつもりです。風呂も入らないといけないですし」

「そっか。私も結愛が戻ってきたから交代してシャワー浴びようかなって思ってさ」


 加賀美先輩が抱えているバッグを強調する。

 あの中には着替えが入っているんだろう。

 ……いや、想像していない。どうせスポブラだ。それも全然ありだが。


「外にはいかなかったんだ」

「散歩ですか? ……まあ散歩は方便なので実際していたわけじゃなかったんですよね。だから出る予定はなかったです。風呂もありますし、どのみち時間的にもですけど」

「そう……だよね」


 先輩は結んだ髪を手で持って顔を隠した。

 前も似たようなことしてたな。癖だろうか。


「あのぉ……さ」


 手から髪がするりと離れ、揺れる。


「? はい」

「……ぁ……ん…………えー……ぇと、ね……?」


 口を開け、何かを言い淀んだようだった。

 小さな唇が、一度硬く結ばれる。

 蛍光灯の音が聞こえそうな一瞬の静寂の後、先輩は持っていたバッグを抱えてその口元をうずめ、俺を見上げた。


「お――風呂あがったら、さ。一緒に……涼みにいかない?」


 そして上目遣いのまま、そう言った。


「……へ?」


 思わず変な声が出た。

 思いがけない提案だったのと、破壊力しかない今の先輩の表情のせいだ。

 バッグのせいで少し声が聞き取りにくかったが、要するに先輩から夜の逢引き――いやまだ密会の段階か?――を提案されているということらしい。

 ……まじ?


「予定なかったらでいいんだけど……だめ?」


 予定なんてものはもちろんないが……これ即答したらがっついていると思われそうじゃないか?

 頭を掻いたり、耳たぶをつまんだりして、ほんの少し間を開ける。


「……俺でよければ」


 照れもあってスカした言い方をしてしまった。

 先輩の方を見るとやはり口元は見えなかったが、目はにっこりと笑っていた。


「やった」


 やはり少し聞き取りにくかったが、その声のトーンはいつもより高かった気がした。

 心臓から強い拍動が一回。痛み。でも不快じゃない。


「……じゃあ、すぐ入ってきます」


 照れを隠すように言う。

 顔が熱い。

 早く冷たいシャワーを浴びたい。


「ゆっくりでいいよ。私も髪乾かしたりあるし」

「わかりました。じゃあ、また後で」

「うん。……あ、どこに集合しようか」

「あー、じゃあ外の……玄関出たとこで待ってます。ベンチありましたよね。そこで」

「わかった。じゃあ……うん、また後で」

「はい。……」


 合宿一日目も終わりに差し掛かった間際、新しいイベントが発生した。

 夜はまだ終わらないらしい。


「……」

「……」

「……後でって言ったんだけど」

「そりゃ風呂場とシャワールーム隣ですからね……」

「……そうだったね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る